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【純愛BL】俺だけのナイト様 3話

3.秘密


 翌日から如月先生の態度が変貌した。
 昨日は気さくに話しかけてきたくせに、ほぼ無視。ま、如月先生の周りには常に女生徒達が集まっているし、こちらから話を切り出す切欠なんてない。それに、ネカマがバレる心配もしなくていい。
 マサとは多分、今までと変わらないし。そう自分の心に言い聞かせるが、何故か胸がチクチクするのを感じた。

 如月先生の態度は変わったが、マサからの毎日のスカイプとネトゲの対応はいつもと変わりなかった。
 固定グループメンバーで魔物を狩りに行き、終了した後に恒例となっているマサとの雑談タイム。そして、寝る前に必ず囁かれる愛の言葉。

『おやすみ、シノ。愛してる』

「バッカじゃねーのこいつ……」

 うちのクラスの副担任で、毎日授業でも顔合わせてるってのに、シノブと俺が一緒だって全く気付いていない。
 勿論、気付かれない方が楽でいい。でも、どうして自分だけ気さくに声をかけなくなったのだろう。初めて会った時は何となく探し物を見つけたような笑顔を見せて、本当に嬉しそうに声をかけてくれたのに。

「おやすみなさい、っと」

 ネトゲ相棒になって3年間。マサから愛を囁かれても、俺は今まで一度も彼に愛情を返したことがない。当たり前だ。キャラは女性だけど自分は男だし、マサに対して愛とか、そういう気持ちは全くないのだから。
 いつものように、お決まりの素っ気ない返事を返し、俺はパソコンを閉じた。







 4限目の数学終了と同時に、教科担当の鳩山に呼び出された。多分、こないだのテストの赤点の話だろうか。
 数学だけじゃない。中間テストは散々だった。
あの日はゲームで誕生日イベントがあって殆ど勉強する暇なんてなかった。勿論そんなことはただの言い訳だけど、将来進むべき道が決められなくて最近、ますます勉強が手につかない。

「ハトコーの話って何だろうね。呼ばれたの志信ちんだけ?」
「わっかんねぇ。俺んトコ、親いないから説教かもな。まぁ行ってくるよ。あのオヤジ待たせると怖えし」

 いってらーとニコニコ手を振る加奈子を後目に、俺は死地に赴く心境で大きなため息をついて数学準備室へと足を向けた。

 日当たりの悪い数学準備室は湿気も多く、ここを使っている鳩山もあまり好きなタイプの教師じゃなかったので、さっさと話しを終わらせて昼休み少しでも寝たい。そう思う……。
 2回ノックをして中から返答があったので、ガラガラと重い木のドアを開けた。

「失礼します……」

 何が悲しくて自由時間を使って説教されなきゃいけないのか。書類とテストの結果を見ている鳩山が椅子をくるりとこちらに向けて小さなため息をついた。
 そこに座りなさいと目で促されて準備室の手前にある小さな椅子に腰かける。

「杉崎君、こないだの中間テストのことなんだがね、ご両親から君をお願いされている我々としては、このままではいけないと思ってるんだ」
「はぁ……」

 それは分かっている。両親は俺をこの学校に居れる為に教師達に何かしら要望を出したと聞いている。もしかしたら、金で校長や一部の教師を買収してんじゃないかってくらい。
 これでも、学力で正面から入った後に親が後から勝手に色々と手を回したのだから俺には関係ない。
 高校生になり、義務教育ではないので大体は自由が認められるものの、成績が明らかに下がった時は今みたいに各教科の先生から小言を言われることも度々あった。
 両親が海外生活ということもあり、三者面談というものがない。どうやら国際電話で定期的に担任の長谷川先生が近況報告をしてくれているらしい。

「杉崎君は、時々授業中にも寝ていることが増えたようだねぇ。まさかとは思うけど、バイトとかしていないだろうね?」

 このオヤジは人間観察が趣味なせいか、生徒の行動をよく見ている。こっそり授業中に携帯いじってた半田もこないだ呼び出しくらってたっけ。
 高校生のバイトは一切禁止となっている。見つかったら退学か停学。けれども、俺は実際にやっていないから鳩山相手にびくびくする必要もない。

「バイトはしてません。ちょっと寝付けなくて時々夜更かし気味ではありますけど」

 それは、嘘ではない。
 勝手に変な誤解をされて親に関係のないことを言われたら、この自由生活が奪われてしまう。
父さんき余計なことを知られたら、すぐにロスの学校へ来いと言うだろう。
 実際、今も父さんは俺だけを日本に残す生活を快く思っていないのだから。
 鳩山は俺の目を見て嘘ではないと理解してくれたのか書類を一度引き下げた。それにほっと胸をなでおろす。

「数学と英語……せめてこの2教科の赤点をどうにかしないとね……」

 手に持っていた書類を机に置くと大きな革椅子から立ち上がり、鳩山は脂ぎった顔をにやつかせながらパイプ椅子に座っている俺を見下ろしてきた。でかい図体で近くまで迫られると気持ち悪さに吐き気がする。

「あの、センセー。俺、昼休み終わるのでもういいですか? 次のテストまでには勉強を……」
「ふむ、特別に家庭教師としてきみの家に行っても構わないよ」
「結構です。俺、腹減ったから……あ」

 椅子から立ち上がり鳩山先生を避けた瞬間、パイプ椅子の脚に引っかかり転んでしまう。それを見計らったかのように間髪入れず重い巨体が圧し掛かってきた。

「くそ、重い……退けろよハト野郎!」
「ふふふ……取引としては、悪くないと思うよ。この点数だと内定にも響くし、次のテストまで特別授業を開催しようか。勿論この身体を──」
「余計なお世話だっ……!」

 鼻息荒く俺の首筋の匂いを嗅ぐ気持ち悪い巨体オヤジを退けようと両手に力を込めるが、びくりともしない。数学準備室は旧校舎側の離れにある為、この時間に人が通ることは殆どない。助けを呼んだところで誰にも聞こえないだろう。
 ハトコーを訴えるのは簡単だけど、それと同時に俺のネトゲ自由と日本での生活を失うことになる。こんな事が露見したら間違いなく父さんが動くだろう。

「杉崎君、きみは本当に可愛い。その顔が歪み私に哀願する姿が……」
「や、やめ……」

 俺の制服はあっさりとはだけさせられ、露わになったワイシャツのボタンがひとつ床を転がる。もうだめだ、こんな気持ち悪いオヤジに俺は──。

「鳩山先生」

 ノックもなく、怒りを押し殺した静かな声と共に準備室のドアがバシッと勢いよく開けられた。突然の来客とその音に驚いて二人同時にその人物に視線を向ける。

「お、おお、如月先生。どうしたのかね? 数学の準備室に……」
「着任してから生徒と面談をしているので杉崎君を探していたのですが……先生のお話はお済みでしょうか」
「あ、ああ。前回のテストの赤点について話をしていたんだよ。そう言えば如月先生は臨時講師だったね。生徒達の成績についての相談があればいつでも言ってくれ」
「かしこまりました。ありがとうございます」

 鳩山は先ほど俺を押し倒したことについて一切詫びる事なく、むしろ平然としていた。如月先生に軽く動揺した声音ではあったものの、そそくさと逃げていく彼を俺も如月先生も追いかける事は無かった。

「……」

 助かった……このまま如月先生がこなければ俺はきっとあのオヤジに身体を弄られていただろう。前々からあいつは俺の母に興味を持っていたし、年々母に似てきた俺にセクハラめいた行為が増えた。まさか本気でここまでするとは想像していなかったけれども。

「杉崎君、大丈夫かい?」

 マサと同じトーンで先生は俺に穏やかな笑みを返してくれた。震える俺の指ではボタンの飛んだシャツをぎゅっと握りしめることしか出来なかった。
 俯く俺の頭上に黒いパーカーが被せられる。驚いて顔を上げると、如月先生は白い歯を見せて少年のように微笑んだ。

「──そんな魅力的な格好で午後の授業を過ごすのは良く無い。長谷川先生には私から上手く言っておくからそれを上から羽織るといい」
「えっ……でもこれ、先生の……」
「いいから。あー、でも煙草臭いとか言わないで欲しいな。一応消したつもりだけど」

 むしろ、パーカーからは煙草どころか、頭がクラクラするような大人の香水の香りがした。──まるで如月先生に抱きしめられているみたいだ。

「……助けてくれて、ありがとうございます。先生は、赤点の話で来てくれたんですよね?」

 あの時数学だけではなく、英語も赤点だったからこのタイミングで如月先生が助けてくれたんだ。よくは無い事だが、両方赤点で良かったと思う。
 点数のことを切り出すと如月先生は突然面を引き締めた。

「実は、杉崎君のお父上からメールがあってね」

 如月先生の両親はL Aの語学学校で教師をしているが、俺の父とは日本の大学で先輩、後輩の関係で一緒のサークル仲間だったという。互いに違う道を選んだ今でも親同士の交流は続いている。
 元々日本の大学を卒業していた先生は、家庭の事情で一度L Aへ飛んだものの、将来的には日本で教師をしたい希望もあり、「日本で教師をするなら息子の頭を助けて欲しい」と頼まれたそうだ。
 家に帰って来ないくせに、平気で他人に自分の面倒を押し付ける。そんな父さんの話を聞かされた俺は少しだけ機嫌を損ねた。
 知らないところで勝手に親があちこち介入することが一番イライラする。もう義務教育の歳じゃない。17歳にもなればある程度自分で道くらい決められる。
 別に中間テストの時は楽しいイベントがあったから、多少羽目を外して遅くまでネトゲをやってただけなのだ。次のテスト週間の時はおとなしく勉強に集中すりゃ成績だってそう下がらないはず。

「まあ、これも何かの縁だと思って、私で良ければ杉崎君の苦手な英語と数学を教えてあげようか?」
「はぁ?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。いくらここが旧校舎側とは言え、また鳩山先生が戻ってくるとも限らない。俺は慌てて口を押さえた。

「あー、大丈夫。私はあの人と違って生徒に手を出したりしないから安心して」
「そこの心配じゃねーよ! 何で俺だけ特別扱いされないといけないんだよ」

 感情に任せて怒りをぶちまけても如月先生は気にする素振りもなく、胸ポケットに入っている手帳のメモを一枚破き、それにペンを走らせた。

「はい」
「……え」

 さっと渡されたそれには如月先生のフルネーム、電話番号とメールアドレス、マンションの住所が記載されていた。

「困ったことがあったら、いつでもいいから相談して。私は家での仕事が多いからいつでも捕まるから」
「あ、りがとう……ございます」

──知ってる。
メールも、電話も。
そんなことは言えない。当たり前だけど……。

 メモを大切にズボンのポケットに入れると、先生に一礼してその場を後にした。
 俺はシノブだよ、と喉の手前まで出かかったが、それを伝えたからと言って何かが変わる訳では無い。
 自分という存在を隠していることが、優しさを見せてくれる如月先生にまるで嘘をついているような気持ちになり、ずしりと胸が重くなるのを感じた。


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