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【純愛BL】俺だけのナイト様 4話

4.疑惑


 ハトコーの一件で、如月先生から電話とメールアドレスを教えてもらったが、別に彼の態度が変わることはなかった。
 副担任とは言え、正直授業以外で関わることが殆どないし、親衛隊のように常に纏わりついている女生徒達がいるから、個人的な話をするタイミングなんてない。

「ねぇ~如月先生ぇ。こないだの範囲わかんないんだけどぉ」
「あ、ずるーい! あたしも。如月先生に教えてほしくて」

 彼女達は如月先生の取り巻きでD組の積極的女子達だ。授業のことが分からないと言いつつ、その流れでプライベートなことを聞き出そうとしている。
 まさかとは思うが、「先生の趣味は何ですか」とか訊かれて、ネトゲのことや相棒の「シノブちゃん」のことまで言われたら大変だ。
 仮にネトゲの話に花が咲いて、如月先生に俺の素性がばれても問題ないが、あの口の軽そうな女子達にまで知られてしまったら、面倒な教師連中から両親に何を吹聴されるかわかったもんじゃない。
 何とか如月先生の趣味についての話は口止めしなくては。今日ログインしたらその話でも振ってみようか。








『珍しいなぁ、シノの方から呼び出しなんて』

 如月先生が学校の仕事を終えて帰ったのを見計らってメッセージを送り、二人でチャットの待ち合わせをすることにした。
 一緒にネトゲをしてきたこの3年間、こちらから二人きりの会話を持ちかけたことは一度もない。俺から話しかけたのが相当嬉しかったのか、いつもより機嫌の良いマサの声を聴いていると罪悪感を感じる。そして呼び出したまではいいが、俺はキーボードの前で項垂れながらコメントに詰まっていた。

「何て書いたらいいんだろう……バラしちゃった方がいいのか……それとも」

 学校ではネットゲームの話をしないで、とでも言うべきだろうか。それともストレートにシノブの話題は出さないで欲しいとか。
 出来るだけ穏便に事を済ませられる言葉を探してチャットを戸惑っていると、如月が痺れを切らしたのか、煙草に火をつけて吸っている音が聞こえてきた。心地よいそのブレス音と、ゆっくり煙を吐き出す音。

『シノ、俺は学校で君と“他人のフリ”をしているはず。だから、気にしないでいい』

 ああそうだ。よく考えたら、如月先生は教師なのだから、熱中すると勉強が手につかなくなるゲームの話題など、生徒の前でわざわざ出すわけがない。心配するだけ無駄だったか。

『……シノとゲームだけじゃなくて本当の相棒になりたいんだけどね……』
「え……?」

 煙を吐き出す音と共に、切なく呟かれたその言葉に返答する間もなく、いつものメンバーからの呼び出しであるスカイプコールが鳴る。相棒の意味を確認する間もなく、無情にも二人だけの時間はそこでぷつりと途切れた。








 今日のゲームは珍しくミスが続いて仲間のキャラがばたばたと敵にやられて倒れてしまった。
魔物に倒されてしまうと強制的に街に戻されるシステムとなっており、全員街の中央に戻って来たところで笑いながら今日はここまで、とお開きとなった。
 集中できないのは、マサの呟きが気になっていたからなのだがそれだけではない。仲間達が敵にやられたことで持っているゲーム通貨や経験値が減ってしまったことに対して詫びていると、『シノちゃんだって人間だもの、たまにはそんな日もあるでしょ』と笑ってくれた。

「何、やってんだか」

 目頭を押さえ、パソコン前ではぁ、と小さなため息をつく。
 ゲームだけじゃなくて、本当の相棒って?
 一体マサは何をしたいと言うのか。学校では他人のフリをしているという発言から、いつも傍にいる女子達は”シノブ”ではないと気付いているのだろう。
 このまま一人で悩んでも、本人に聞かない限りあの発言の意図は分からない。寝ようと思い、椅子から立ち上がるとベッドに放り投げていた携帯が鳴った。

「こんな遅い時間に誰だよ……」

 時計を見ると時刻は0時を回っていた。
 今日は早めにメンバーとゲーム解散となったから既にパソコンを落としていたが、この時間はいつもマサとの雑談タイムであり、ボイスチャットをしている。
 発信の相手はマサ──如月先生からだった。
 出るべきか、出ないべきか……携帯を持ったままベッドの周りをうろうろしている間に着信は切れた。
 もし如月先生に明日何か言われたらこの時間だし、寝てたことにしておこう……
 言い訳を考えることが、どうしてこんなに後ろめたい気持ちになるのか。いっそのこと、マサやみんなに「今までごめん」って言って男として通してしまった方が楽なのかもしれない。

「失礼しまーす……」

 翌日、機材室に呼び出された志信は恐る恐るドアを開けた。狭い機材室の奥で書類をまとめていた如月先生はにこにこ笑みを浮かべたまま「こっち」と俺を手招きした。

「如月センセー、何ですか?」
「昨日は遅い時間に電話してごめんね」

 如月先生はくすりと微笑みを浮かべたまま、いつもと変わらない態度で接してくるが、電話という言葉に思わず俺の顔が強張った。──落ち着け俺、昨日考えた言い訳を言えばいい話なんだから。冷静になるよう自分のこころを諭す。

「……すいません、着信に気付いたんですけど寝ちゃったんで」
「あはは、あんな時間だし、そりゃあ寝てるよね。悪かった」

 良かった、それ以上何も触れられなくて……
 ほっとしたのも束の間で、開いた両手の上に大量の英語テキストを持たされた。

「はい、日直さんはこれ持って」
「くっそ重い……」
「そうか、今日は杉崎君ひとり日直なんだね。こっちで半分持つよ」

 ひょいと資料の半分以上を抱え、如月先生はさらに小脇に英語のカセットテープとプレイヤーを持っていた。
 ネトゲのことや、昨日の電話の要件について何も言ってこなかったのに拍子抜けしそうになる。

「先生は……」
「んー?」

 ネットゲームをやっていますか?
 でも、そんなことを聞いて一体何になると言うのだ。それに、その話をするなら自分が「シノブ」であることも暴露することになる。
 騙すつもりはなかったけど、女キャラがネカマになっていましたと白状しなくてはならない。

「──杉崎君?」

 マサの声は穏やかで落ち着く。3年前から彼は俺の相棒だ。今ここで余計なことを言って、ゲームでの大切な関係を失いたくは無い。

「あっ、あの……昨日お借りしたパーカー、まだ洗濯してなくて……その……」
「いいよ、もしも気に入ったならそのままあげるよ。サイズは大丈夫だった?」

 少し大きいパーカーは抱きしめると如月先生のつけている香水の匂いがした。一体どこのブランドだろう。

「あのパーカー、有名ブランドじゃん。本当にいいの?」
「勿論。俺のお古で悪いけどね」

 お古、と聞くとついついゲームでの口癖を思い出す。マサは仲間の戦士に『俺のお古で悪いけど、使う?』とよく装備を渡していた。つい思い出し笑いをしてしまい、隣に並ぶ如月先生にふふっと笑われた。

「何だよ、俺の顔に何かついてる?」
「いえ……ただの思い出し笑いです。気にしないでください」

 やっぱりマサだ。学校でもこの声を聞けて、おまけに副担任。直接的な関わりが例え無かろうとこれから先、いつでもリアルな相談ができるんだ。

「さて、授業だからここからはいつも通りだよ」

 軽くウインクをされ、俺は不覚にもどきっとした。何でこの人はひとつひとつの仕草が格好いいんだろう。
 如月先生の英語の授業は開始とともに全て英語での会話になる。日常会話、質問、授業全てだ。何故日本人が英語を苦手とするのかと理由を突き詰めていったところ、如月先生はこの方式に行き着いたらしい。
 教科書をなぞるだけでは何も頭に残らない。失敗しても言葉を調べつつ、耳から英語の音を取り入れていくスタイル。
 これは、ハセコーのジャパニーズイングリッシュではとても出来ないことだ。LAに長く住んでいた如月先生だからこそ、生徒もついていけるのだろう。

「Good morning, everyone. Let's begin our English class.」
「Stand up. Good morning, Mr.Kisaragi  We look forward to learning with you.」
「Sit down.」

 始業の鐘と共に、本場のような英語の授業が始まった。








「……で、これがマサに惚れ込んでついてきた女達ってわけか」

 帰宅していつものようにスカイプを起動すると、何やら嬉しそうな仲間達の声が聞こえてきた。そしてその背後からは聞き覚えのない黄色い声が聞こえる。
 最初は仲間の誰かが連れ込んだ彼女の声かと思ったがどうやら違うようだ。よく見ると、いつものグループメンバーに新しく3人の女性が増えていた。
 確か隣のD組の中核的存在で、いつも如月先生の周囲にくっついている女子だ。

『喜べシノちゃん! ついに女の子の仲間が増えたぞ!』
『勧誘した俺っちちょー偉いじゃん。マサの学校の生徒さんなんだってよ?』

 あぁ、なるほど。この子達はマサがMMORPGをやっているという情報を聞き出したのだろう。
 全体チャットや街の中でアピールすりゃ大体人の目に止まる。同じ名前を作ることは出来ないから学校の名前や、マサの名前を出せば誰かは反応するだろう。
 固定メンバーがマサの名前に反応して、この子達をスカイプのグループにスカウトしたというわけだ。

『シノちゃんってー、マイクないのぉ? 話しながら遊ぶ方がチョー楽しいじゃん?』
『家庭の事情じゃない? しょーがないよ』

「俺はお前らみたいに男漁りにゲームしてんじゃねーんだよ……」

 ネットの世界なのだから、少しくらい言葉を気を付けるべきだと思う。いきなり「はじめまして」もなく参加してきた上、人のプライベートに無遠慮に介入してくる。
 仲間達のトークにケラケラ笑う女達の声を面倒だと思い、おまけに忙しいヒーラーとしての仕事をしてスカイプにいちいちタイピングするのはストレスだった。
 しかも新しく入ったメンバーは俺と同じプリースト。
 女が入ると途端に面倒くさい。このグループから出たいことを告げるが、『シノちゃんが居ないとダメだ』と脱退は即却下された。
 1時間程近場で狩りしていたところでスカイプのオンラインが光る。

『あ、雅臣先生きたー』
『お待ちしてましたぁ~』

 ログインしてきたマサに対し、女達はきゃあきゃあと盛り上がり、ゲーム内のマサのキャラに纏わりついてハートマークのエモーションを出している。
 自分の言葉で参加出来ないグループチャットに、もはやこれでさ居場所がないような気がした。

『マサ仕事お疲れさーん』
『こんばんは。今日は人数多いね』
『こんばんは、お帰り~! 狩り行こうぜ』
『あ、あぁ……』

 俺からの反応が無いことが気がかりだったのか、マサのテンションはいつもより相当低かった。
 女子達の会話に適当に相槌を打っているものの、その話もあまり聞いていなさそうな印象を受ける。
 無言で仲間キャラの回復に専念している俺の横にぴたりとくっつき、個別チャットメッセージが送られてきた。

(ただいま、シノ。元気ないのか?)

 わざわざ気を使わなくていいのに、変わらないマサの優しさに思わず涙が出そうになった。どんな時でも、こいつは相棒のシノブちゃんを第一に考えているのだ。
 三年間ずっと変わりない愛を囁いてきた対象の「シノブ」が中身男でしたなんて今更言えるわけがない。
 俺は「おかえり。何ともない、大丈夫だよ」と個別チャットを送り、もやもやした気持ちを切り替えた。


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