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終末夜話 33

森の中は不思議な場所だった。
空はずっと青く、太陽などどこにも見当たらないのにとても明るい。
だから、夜も来ない。
雨の日は青い空から雨粒が落ちてきて、どこに乱反射するのかまぶしいほどの雨だし、その青さは見たこともない美しいブルーだった。

「夜は来ないの?」
    時期にならないと夜は来ない。
「時期?」
               そう。
           あなたの場所に
         季節があったように
            この場所には
           夜のシーズンと
        朝のシーズンがある。
小さな声たちと、毎日話をしていた。
今は、朝のシーズン。
絶対に暗くなったりしない。
毎日何本かのたんぽぽが生まれて、毎日巣立っていく。不思議なたんぽぽ。
地面を押し上げ葉っぱが出てくると、ほんの何分かのうちに茎が生え花も咲かないのに綿毛になってキラキラと青空に吸い込まれるように飛んでいく。

望んで飛んでいくものもあれば、残る綿毛もいる。声たちはその、残ったたんぽぽの綿毛達だった。
               うふふ
       途中でバレちゃったけど
あちらに居るときはとても小さな声だったが、今は憚ることなくふつうに陸に聞こえている。
               ねえ。
            何がしたい?
「何?」
      なにかしたいことがない?
「ぼく?」
陸は自分を指差した。
ここへ来てどのくらいの日付が過ぎたのか陸にはわからなくなっていた。
あまりに明るいのと、全く眠くならないから。
     あなたの前にここにいた人は
「え?ぼくの前?」
               ええ。
「居たの?」
     あの方のお気に入りだった。
       それでも、願いを叶えて
              この前。
        あなたが来る少し前に
          たんぽぽになって                       
           飛んでいったわ
        私達はそう、信じてる
楠の香りが辺り一面に漂い出すと、綿毛達の言う「あの方」が出てくる時だ。
詮索されるのが嫌だっのか、楠の香りが陸の周りに広がった。

昔、ほんの少し昔。
浦島という男がこの場所で、陸のように毎日綿毛たちの声を聞き歌を歌い静かに静かに暮らしていた。
浦島はあちらに居たとき、海辺で大きな亀を捕って食おうとしている大人達の間に入りそれを止めた。その年はひどい夏の日照りと秋の大雨でなんの穀物も育たず、秋になっても魚が海岸まで寄って来ることはなく皆、腹を空かせていた。狩りをする体力もなく、のんびり歩く亀ならば捕まえられると大人達は海岸で亀が上がってくるのを待っていた。
一人が亀の上に上り押さえつけ、暴れないように手足を押さえるものが三人、もう一人が草刈り用の鎌を持ち亀の首を引っ張り出すと鎌を振り上げたその時

「やめれで!」

浦島は止めた。
自分ももう4、5日ろくに食べていなかったが亀を殺してまで飯を食いたいとは思わなかった。
だから止めた。

「太郎、おめさ、腹減らねえんか!」

「減っとる!」

「ならば手伝え、手伝ったら食わせてやる!分けてやるから。手伝え!」

「なんね!亀まで殺して、なんとするんじゃ!」

必死で亀を守った。
あまりにうるさく浦島が言うので、5人の男たちはその場を諦め立ち去った。
亀は涙を流して浦島に礼を言った。

亀は、ここからたんぽぽの綿毛になって飛んでいった命だった。
それから浦島は村人達に
イイコぶりとか、
偽善者とか、
いろいろと言われ、その暮らしは精神的に辛いものとなってきて気を病んでいたところをあの方に声をかけられた。

「亀を助けたその褒美に
 食うに困らないここまで来るといい。」

楠の風に導かれ浦島は自ら海に入り、そのままあちらに何年も、何年も戻らなかった。
森のセカイは自由で、なにもかもが思い通りになっていたが、浦島はある時何を思ったが帰ると言い出して綿毛たちに止められたがここに暮らした思いを歌に残すと恐れず元のあちらのセカイに帰って行った。

嗚呼、
晴れた日に
こうして生きていられるということは
おまえに
覚えていてほしいことが
あるからだ
何故に忘れた
あの厳しさを
何故に忘れた
あのキオクを

嗚呼
雨の日に
死に絶えて
流されてきたということは
おまえが
悪いと誰かが責める
ためなのだ
忘れてしまった
あのキオクを
忘れてしまった
あのキオクを

空を行く鳥が鳴くように
地を生きる獣が吠えるように
おまえも共に泣くがいい
死んでしまったあの子のために
おまえも共に泣くがいい
もう戻れない
あの頃のおまえのために

綿毛たちはさやさやと風にのり、ささやくように皆で歌って聞かせてくれた。
           ウラシマの歌よ
             素敵な歌よ
         私たちは毎日歌うの

「浦島は、死にに行ったのだ。」

森がざわざわと揺れた。
楠の香りが辺り一面に漂い "あの方"の気配がすると綿毛たちは静かになった。

「生きているのも辛い時がある。」

陸は立ち上がり、声のする方向を見た。
何かが見えるわけでもないけれど声は静かに語りかけてくる。

「おまえもそうだな。陸よ。
 浦島のように辛い生活であった。
 我には
 全て見えていた。

 陸よ。
 ここにとどまるか、
 それとも、新しく綿毛になって
 あちらへ戻るか
 それはおまえが決めればいい。
 陸よ。
 おまえがやりたいことを
 やればいい。
 我はおまえを愛している。」

ざわざわと綿毛たちに囲まれてとてもあたたかな気持ちになった陸の目から涙とおぼしき金色のきれいな雫が、ぽたり、ぽたりとふた粒落ちた。


            終末夜話 33
               つづく

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