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終末夜話 34

「ウラシマは死にに戻ったのだ。」
ニンゲンは必ず死ぬ。
死なぬ者は居ない。
それに気がついただけだ。

あの方はそう言った。
ぼくは、死にたくないとは思わない。
でも、死にたいとも思わない。
あっちに居るときは、なんの感情も持ってはいけないと思っていたから森に来て笑ったり怒ったりすることはとても楽しいということに気がついた。
ウラシマはあっちに居た時そういうことをたくさん経験しただろうし、ぼくよりもずっと年齢が上のはずだ。
               違うわ
      ウラシマはここに来たとき
           まだ15歳だった
                まだ
              15年しか
          生きていなかった
ぼくと、そんなに変わらない。
それからどれくらいここにいたんだろう。
              そうねえ
               ざっと
              数百年。
   数千年。あちらの年数に直すと。
数百年。数千年。
               そう。
こちらでは年数の数え方も、時間の流れも植物の育つ時期も時間もなにもかもあちらの世界とは違う。
綿毛たちは自由で、しゃべっていても飛んでいっても、一生綿毛のままでも何をしててもかまわない。
さやさやと揺れる樹々の下に、1日綿毛たちと居ても誰も文句を言わない。

「ウラシマと、たくさん話をした?」
            ええ。毎日。
        わたしたちが揺れると
       かわいい、かわいいって
           言ってくれたわ「ぼくも言うよ。」
            ありがとう。
「綿毛、ありがとう。
 ぼくを呼んでくれて。」

     気にして居たのはみんなよ。
           ここのみんなが
           あなたのこと。
          気にしているわ。


数百年もの間、ウラシマはここにいて今のぼくのように静かに暮らしてた。
ぼくもきっとここに居られる。
飽きもせず、歌を歌い、空を仰ぎ、風に吹かれて。

もう、日付や時間の感覚は失くなっていた。朝のシーズンは皆が朗らかで綿毛も樹々たちも全てが生き生きとしていて、あちらの世界で感じていた辛い感情は何一つなく、失われている時間の感覚にも不安や恐れはまるでなかった。
陸がこちらにやって来て、一度だけ夜のシーズンがあった。
朝のシーズンが終わりを告げるそのときは、揺れる地面のその下からいつもは1本、2本なのに一斉にたんぽぽの葉っぱが生えてきてどれもこれも一瞬のうちに茎が生え綿毛の毬が出来、「生え揃った」と思った瞬間に楠の香りの風に運ばれあっという間に飛んでいく。
全部の綿毛が茎から剥がれた時、泉と同じ大きさの丸い月が泉からじわじわと上がると明るかったブルーの空が漆黒の闇へと変わる。
あの本の表紙のような、
なにもかもを見抜いていく漆黒。
        あなたの右の眼もよ。
               そうよ
           あなたの右眼も
          真実を見抜ける。
           深い、深い緑。月はまっすぐ上にあがり夜のシーズンの間、欠けたり傾いたりしないでずっとそこにある。泉にその姿がそのまま映り、まるでふたつの月があるようだ。
それ以外には光源はなく静かで深い夜がつづく。
夜のシーズンが終わりを告げるときは風だ。
乾いた風が森の外から吹いて来て木の葉を全て吹き飛ばし渦を巻いて、泉の真上で輝く月を中に引き摺り込んでいく。
月がなくなった途端、空は朝のシーズンのブルーに変わる。
朝から夜に変わっても
夜から朝に変わっても
どちらも美しく、あっという間の時間だった。

真実の右目と、つながる左目。
陸の目に宿った不思議なチカラはその能力を生かされることなく森の中で暮らし、それでも誰にもなにも言われないことに陸は不安を感じはじめていた。

「ぼくはわがままかな。」
              いいえ。
       ウラシマもそうだった。
        何も言われないことを
       いつも不安に感じてた。
「なんでなにも言わないの?」
             それは……。

風が吹いた。

綿毛たちが黙り込み、楠の香りが辺りに漂い出す。そよそよと綿毛が揺れる。

綿毛たちはあちらのセカイのいのちだ。
何度も何度も生まれ変わり何度も何度も生きている。
花も虫も獣もニンゲンも全てのいのちが綿毛に乗ってあちらのセカイへ帰って行く。
生まれ変わるのも、花からニンゲンに変わる綿毛もいれば何度も同じ虫に生まれ変わる綿毛もある。
それは綿毛自身が決めることだ。
残ることを選んだ綿毛はなにもしていないわけではない。ときどきあちらのセカイへ行っては陸のような子どもを励まし整え導いて行く。
「なにかやりたい。」
                え?
「たまに励ましに行くんでしょ?
 ぼくは行っちゃダメなのかな。」
            戻りたいの?
「違う!」
            ここに戻る?
「あちらに戻りたいんじゃないよ!」
陸は声を荒らげた。
戻りたいんじゃない。
なにかしたいんだ。
綿毛たちがしてくれたことを、ぼくが誰かにしてあげたい。
キラキラと青い光を浴びて雨粒が落ちてきた。それと共に楠の香りがした。

「おまえのその声を聞きたかった。
ウラシマはやさしい男だったが、勇気がなかった。
我はウラシマを心の底から愛していたが、あの男はいつも緊張していて長いことこちらにいたが我と話したことなど数えるほどだった。」

死にに戻ると言い出したウラシマにあの方は言った。

「最後に選ぶのだ。綿毛になるかならないか。綿毛になってあちらに帰るのなら何度も生まれ変われる。綿毛にならずに帰るなら消滅するしかない。」

ウラシマは消滅を選んだ。
だからもうどのセカイにも居ない。
玉手箱の煙を浴びてウラシマは消滅した。
ウラシマは死にに帰ったのだ。

「おまえもそれを望むのか。」

陸は静かに首を振った。
あちらに戻って、
死にたいわけじゃない。
お母さんに会いたいわけじゃない。
陸は自分が綿毛たちにしてもらったことを自分のような子どもにしてやりたいと考えていた。


            終末夜話 34
               つづく

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