終末夜話 23
「うちの穂香と同じくらいだと思うけどその制服、慶森附属よね?」
お嫁さんに聞かれ陸はうなづいた。
「試験休みなんやて。せやかてあんた、穂香に聞かしてやってえな。この子、学校休みなんやのにこれから学校行くつもりやったって言うねんで。」
あらまあ。
と言いながら冷蔵庫を開け「今日お義母さん来るって言うからこれからおつかいに行くつもりでいたのよ。冷蔵庫の中お父さんのおつまみの笹かましかないわ。」
居間のソファーに座って居たおばあちゃんが陸を呼ぶと自分の隣に座らせて、おちびの壮くんも陸の隣に座った。
「ええのよ。なんでも。
おなか減ってる時はなんだってご馳走なんだから。」
小さめな鍋に水と顆粒出汁を入れ刻んだ油揚げを放り込み沸くまでの間におにぎりを2個握る。ふりかけをかけてお皿に並べ、沸いた鍋の中に細かく切った豆腐を入れた。味噌を解く手が手早い。
乾燥ワカメを少し入れて火を止めた。
フライパンに笹かまを2枚のせると温まるまで少しの間待ち、裏側も焼いてるうちにお椀に味噌汁をよそい、おにぎりと共に出してくれた。
「ごめんね。いつもはもう少しあるんだけど、壮ちゃんがこの前まて具合が悪くておつかいに行けなかったの。」
あたたかい食事が陸の前で湯気を立てていた。
前にバスの中で会った時のことを聞いているのだろう、お嫁さんは何も言わず、何も聞かないでおばあちゃんに言われた通り陸をもてなし、また陸も「ありがとう。」と言いながら中学生らしく振る舞った。いろいろ話す中でこのあたたかい家を、陸は心底好きになった。
「ねえ、試験休み中ってどうやって学校に行くの?」
「スクールバスが駅に来るんどけど。」
「何時に?」
「んー。7時、7時半、7時45分、8時5分だったかな?いつもぼくは45分の乗ってたけど。」
「のんびりさせちゃったわねえ。」
「あかん、遅刻や。」
「あ、学校ないので。遅刻ではないです。」
それなら、もう少しゆっくりお茶でも飲んでお買い物のついでに学校に乗せて行く。とお嫁さんが言い出した。
それは申し訳ない。
申し訳なさすぎる。
陸が言うと
「あかんねん。あんた、子どもはオトナの好意を受けとらなあかん!」
うふふ、
あはは、
と笑うと、壮ちゃんも笑う。
「あんた、あんた、言うてあんた名前は?」
ごはんまでご馳走になり、こんなに楽しい時間を過ごしたのに名前も言ってなかったことに気がついて陸は笑った。
「半井陸です。半分の井戸に陸地の陸。」
「あんた、半井いうんか。
半井言うたら、関西の名門ですがな。
せやからなんだか品があんねんなあ。」
おばあちゃんの名前は本多穂積といい、倅さんは本多穂高という名前。穂高さんの奥さんは美保さん。中学生のお姉さんは穂香さん。おちびちゃんは壮馬くん。
本多家の全員の名前を聞いて「穂」の字を受け継いだのだなと陸は思った。
いいなあ。
みんな仲が良さそう。
「うそうそ、ケンカばっかりよ。」
美保さんが笑う。
「ね、ほら8時になっちゃうわ。
行きましょ、学校に。」
玄関まで穂積おばあちゃんが壮ちゃんと見送りに出てくれた。
「またな、陸。また、会おな。」
陸はうなづきながら美保の運転する車の助手席にちゃっかり乗り込み、手を振った。
「帰りにおつかいしてくるので、お昼までには戻ります。壮ちゃんいいこにしててね。」
「ぼくはイイコですねん。ほら手ぇ振り。ほら、陸兄ちゃんまた来てなぁ。って手ぇ振り。」
壮ちゃんが車に向かって手を振った。
車の中で美保さんとたくさん話をした。
穂積さんが大阪から来たときのこと。
壮ちゃんが生まれたときのこと。
穂香さんがあわてんぼなこと。
穂積さんと穂高さんのマジ切れの言い合いのこと。
本当にいろいろ話してくれた。
どれもニンゲンの家族のニンゲンの暮らしだった。うちには絶対にない家族団欒。
中等部前で車を降りて陸は心底頭を下げた。
「ありがとうございました。あの。ごはん美味しかったです。」と言うと
「やだわあ、いつもはもっと作れるのよ?私だって。」
と、美保さんが苦笑いした。
「またいらっしゃいな。
今度はもう少し豪華なもの作るから。」
陸を下ろし少し先を行った林道の入り口で車をUターンさせて戻って来たとき、窓を開け声をかけてくれた。
「いってらっしゃい。
帰りはまっすぐ帰るのよ。わかった?」
陸もうなづき車が見えなくなるまで見送った。今日は部活動も休みで学校は静まりかえっていた。
学校は創始者の持っていた森を切り崩し手前に中等部、奥に高等部が建っている。学校の裏手は完全な山の中で鬱蒼とした雑木林が連なり林道は少し薄暗い。
校舎は南向きに建てられていて校門は正面にぎりぎりあるが、校庭は少し狭く体育館のほうが使いやすい。高等部も同じ感じだが中等部より校庭が広く取られ運動部がとても盛んだ。
部活動をしていない学生もたくさんではないが居るには居る。
高等部の生徒のアルバイトは禁止され、先生に知れると停学、退学の憂き目にあうのでアルバイトをしている生徒は居ないと思われる。
また、アルバイトをしなければならないほどの暮らしをこの学校の生徒はしていない。比較的裕福な、金に余裕のある家の子ども達がほとんどのはずだ。
学年は初等科から大学まで。
もちろん陸のように初等科から入学した生徒は苦労もなく大学までストレートだ。よほどのことをしない限りは上の学年に上がれるし、「慶森を出た。」というだけで世間からはいいイメージを持たれ就職やさらに上の学校で勉強するのに便利なことこの上ない。
慶森のブランドはどこにでも行ける切符だと思っていいくらいだ。
悪いこともないではない。
途中から入ってくる子どもと初等科からあがってきた子どもが交わることがなく、そもそも生徒同士あの子は高校から、あの子は中学からと区切られ生徒間にミゾがある。クラスは特にそういった内容で分けられたりはしないが、そのミゾは決して埋まることはない。
それでも皆自由に、そして大いに勉強して、笑って、泣いて、学生生活を送るのだ。
陸は4階にある図書室に、向かった。
終末夜話 23
つづく
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