終末夜話 31
陸が居なくなったことで、慶森付属のブランドは安全面で評判が落ちた。上の学校に上がるタイミングで転校した生徒も何人かいた。警備員を配置し、子供達を安全に見届けて帰すように徹底されたが親の心配を他所に子供達はわりと自由に学生生活を送っていた。
陸が居なくなって丸三年以上。同級生はすでに高校二年生。来春には三年生になる。18歳という年齢をその体から発散させ青春を謳歌している。
だが、そこに陸の姿はないのだ。
あれから、中等部ではまことしやかな学校の怪談的な半分真実、半分虚実の噂が流れている。
『そぼ降る雨の日、学校のそばにある森からカッコウの鳴く声が聞こえたら子供がひとり居なくなる。』
教師が何度言って聞かせても、その噂は独り歩きをして中等部全体はおろか今や慶森の初等科の生徒までもが知っている噂になった。
誰が話始めたのかあの日、由紀子が雨の中で聞いたカッコウの声を別の生徒も聞いていたということだろうか。
まことしやかに語られるその話はとても詩的で美しい話だった。
その日は大雨でザアザアとあちらこちらに水溜まりが出来、少年は立ち止まり林道の前で森を見つめていた。
あまりの雨の量に立ち止まったのだが、森の奥が騒がしく、傘を手から離してその原因を探ろうとした。
森の奥でカッコウが美しい声で鳴いている。
「カッコウ、カッコウ」
百舌鳥が黄色い声で
「きぃーーーーっ」と叫び
小鳥達の声がざわめいていた。
「カッコウ、カッコウ」
ホトトギスが美しい声で自分の名前を名乗り、カッコウは静かに鳴いた。
「カッコウ、カッコウ」
ずぶ濡れの少年は、一歩森の中に入った。「こちらだよ。」「こちらに来て」と知らない声に導かれ森の奥に入っていくとそこだけ雨が降っておらずきれいに晴れ渡っていた。
少年はそのまま、戻って来なかった。
森の奥に、少年の名前の書いてある分度器がひとつ落ちていた。
あの日確かにカッコウは鳴いたのだ。
由紀子は確かに聞いたのだ。
きっと雨の中、餌を探しに出掛けた百舌鳥の小さな巣の中に自分のたまごを混ぜ込むために狙っていたのに違いない。
親百舌鳥が出ていったタイミングで巣の中に入り込み1個、また1個と自分のたまごを生んでいく。粗方巣の中がいっぱいになったら、自分のたまごを温めさせるように百舌鳥のたまごを省いておくことも忘れず行い、離れた場所で親百舌鳥が帰ってくるのを待つ。
親百舌鳥が帰って来てたまごを温め始めたとき「カッコウ、カッコウ」してやったりと静かに鳴く。
遠く、どこまでも聞こえるように
勝利の歌を歌うのだ。
「カッコウ、カッコウ」
生まれたカッコウの雛は自分よりも小さな百舌鳥の雛を巣から蹴り落とし、大きな赤い口を広げ親百舌鳥から餌をもらう。親百舌鳥よりもずっと大きく育つと跡形もなく大きく羽ばたき、ある日突然巣から居なくなる。
「カッコウ、カッコウ」
育った百舌鳥の巣のずっと上の方で
「ぼくはやりとげました。
ぼくはきちんと育ちました。
おかあさん、元気ですか。
カッコウ、カッコウ」
と鳴くのだ。
きっとその声だったのだ。
あの日のカッコウの声を由紀子は覚えている。森の奥が騒がしかったのを覚えている。
もちろん警察の捜査が開始されたときこの事は刑事さん達にしっかり伝えた。
それを聞き刑事達も森の奥に入って山狩りをしたのだ。でも手がかりひとつ探せなかった。
雨のせいで警察犬も匂いをたどることが出来ず、足跡や髪の毛やその他手がかりになるものは全て流され何も残っていなかった。
中等部の図書室司書の女性が唯一、最後に陸と会話した人だった。
図書室に誰かが忘れて行った本を陸が見つけ全編英語で書かれたその本を訳してみたいと言い出して、持ち主がもし現れたならすぐに返すと約束して持って帰るのを許可した。
漆黒の美しい表紙で、金彩でタイトルが刻印されていた。
『ノストラダムスの大予言』
居なくなったあの日に
「訳したんです。ひとつ。」
と言われ暗唱してもらった。
空から
大王が降りてきて
以前なし得なかったことを
今度は必ず成し遂げるだろう。
そして
七月最後の雨の夕方
私を求めるおまえのもとに
私は必ず行くだろう。
由紀子はその詩の内容を聞いて「あの日が七月最後の雨の日だった。」そう思った。司書のいうようにその本が部屋にあればと思い、探しては見たが何も残ってはいなかった。
なんの手がかりもない。
なんの知らせもない。
楠は由紀子を突き放し、全てにおいて陸の行方は暗礁に乗り上げそれきりとなった。
テレビのニュースで知ったのか、犯罪被害者の会や、全国行方不明者の家族の集いなどの集まりからたくさんの誘いを受けたが由紀子は一度たりとも参加しなかった。
きっと帰って来ると信じている。
誰も、たとえ世界中の誰もが陸は死んだと言ったとしても自分だけはそんなことはない。あるわけがない。と思っている。
ある日突然、こう言いながら帰ってくる。
「お母さん。遅くなりました。
ただいま戻しました。」
そう言って帰ってくると信じているのだ。だから毎日待っている。
そして、時間があれば森を探しに行く。
どこの森でも。
どこかの森に居るはずだから。
終末夜話 31
つづく
第32話へ
第1話に戻る
#私立中学
#学校の伝説
#カッコウ
#ノストラダムス
#森
