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Hameln 8


テレビから流れてくる音声を聞きながら、新は新聞を広げた。


テーブルの周りを子供達が走り回ってもなんら動じる事はなく時折新聞から目を離し子供達を見つめて「しょうがないなあ」と笑う。

テレビではアナウンサーが、
「詳しく、事件のあらましをまとめましたのでまずこちら。ご覧ください。」
とVTR を振る。
重々しいナレーションと共にVTRが始まりその事件のあらましが、「まことしやかに」「見てきたように」語られていく。


新の座っている食卓の椅子の周りを走っていた一番チビの幼稚園児が勢いあまって新にぶつかった。
「ほらほら、危ないから。
追いかけっ子は園庭でやってください。」と、笑いながら立ち上がり下から
幼稚園児一人
小一男子、二人
小三女子
小五男子
中二女子

の六人をまとめて玄関のクツ箱のところまで押し繰って靴を履かせた。

「はいはい、かけっこはオモテでね。」

「はあい。」

六人のこどもは新のこどもではない。
親の都合で一緒に暮らせない子供達を預かる児童養護施設「ともに愛育園」で暮らす子供達だ。
新はここの卒業生。
養護施設は「こども」と言われる就学年齢の18歳を過ぎると強制的に園を出されて一人暮らしが始まる。
新は小三、九歳になったばかりの頃「愛育園」で暮らすようになった。
実父からの虐待で新は自ら施設に入ることを決断し、ある朝「保護してください」とあちこちアザの出来た顔で助けを求めてきた。
けれど、どれだけひどいことをされたのか新はガンとして言わなかった。それから八年以上経った17歳の誕生日、当時の高城園長に呼び出され園長室で長々話をした。

「大丈夫ね。新。
来年、卒業と共にここを出るのよ。
お父さんのとこ戻る?
それともどこか仕事を探す?
上の学校に行く?」

新は児童養護施設で九年過ごしたが曲がったところのないまっすぐな少年だった。

「先生、俺やりたいことがあるんだ。」

園長は驚き聞いた。

「ほんと?」

「俺、刑事になりたいんだ。」

「んまっ」

高校を出たら警察学校に入る。
研修を受けて、勉強して、
派出所勤務から頑張って刑事になる。
警察学校を卒業すれば皆巡査だ。どこかの交番に配属されて町の安全を見守る所からスタートだ。
皆一斉にスタートラインに並びそこから這い上がって、俺は刑事になる。

新の宣言だった。


「しーんー!」
炊事場で琉衣が呼んでいる。
こども達をオモテに出して新は琉衣の元に走った。

「なに?」

「萌々香を起こして来てよ。
もう!いつまでも寝てるんだもの。
洗濯できないじゃないの。って!」

初めて琉衣に会ったのはちょうどその頃。話をしたことはなかったが琉衣は琉衣の育ての親と子供の頃からの園に遊びに来ていた。高校に上がり、愛育園でアルバイトを始めた。
それからずっと、なんとなくずっと、琉衣のそばにいた。
あれから15年経った。
俺は33歳
琉衣は30歳。
今年四歳になる萌々香という娘も生まれた。
派出所勤務の時、こそ泥を現行犯で二度捕まえ引ったくり犯を取っ捕まえて所轄の署長に刑事になりたいと希望を出したら
「必ず推薦するから、もう少し待て。」
と、言われた。
いったいどれだけ待てばいいんだか。
やっぱり昇進試験を受けなきゃダメなのか。

琉衣は、先代の園長から全ての事業を去年受け継ぎ「ともに愛育園」の現園長となった。
預かっているこどもは六人。
昔より少ないが、昔より問題の多いこどもが増えている。園の運営も厳しいしスタッフも長い時間拘束出来ない。
だから結婚してすぐ二人で愛育園に住むようになった。
それでいいと俺は言った。
それがいいと言ったのだ。
琉衣のやりたいことをすればいい。
琉衣には琉衣のやり方がある。

萌々香をやさしく起こした。

「ほら、ねぼすけ。
早く起きないと、琉衣が走って来るぞ。」

萌々香がむにゃむにゃと文句を言いながらベッドから出てきて

「みんな起きて、もうオモテで遊んでる。」

「友ちゃんも?」

「友ちゃんも!」

「萌々香起きる。」

「ほら、早くごはん食べないと。」


毎週繰り返される日曜日の光景。


萌々香を伴い、食卓へ急いだ。
食事、風呂、生活の基盤となることは全て他の子供達と萌々香を隔てない。
萌々香もそれを望み、この頃は他の子供達と一緒の部屋で寝起きするようになった。
それは押し付けではなく、「その方が楽しいから」と我々の寝室を自分で出て行ったのだ。預かっている六人のこどもは全て自分のこともだと琉衣は言う。
責任持って社会に送り出す。
それが自分の使命だと。


「萌々香!
なんでみんなとおんなじに起きられないの!早く寝なさいって言ったでしょ?」

「ごめーん。」

「ごめーん。じゃないでしょ!もうっ!」

これも毎朝の光景。
琉衣は萌々香に一番厳しい。

お味噌汁、目玉焼き、それに食パン。
変な取り合わせだが琉衣が園長になって朝の定番メニューになった。
ジャムやバターを付けたいという子供はなく、カリカリに焼いたやつがいい子供がいれば、焼かないでそのまま食べる子供もいる。
琉衣がうっかり寝坊した時などにちょいちょい出てくる。

「萌々香!食べたらすぐに着替えてね。」

「わかった!」

カリカリに焼いた食パンを三角に切り萌々香に渡す。

「ねえねえ、新ちゃん。
琉衣ちゃんはおこりんぼだよね?」

新聞に目を落とした振りをしながら、上目遣いで我が娘を見た。
ウインクして、右手の人差し指を口の前に立てニヤッと笑った。


Hameln 8
つづく


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