終末夜話 30
ほんの10分足らずの間に、中等部から校長と陸の担任が雨に濡れて高等部の校務室へやって来た。
終了式が終わり、天気のせいもあって保護者達が車で学校の前に列を成していたのもあり、うるさいことは言わず成績表を渡し早々に帰宅させたと担任は言った。
「半井君は真面目でおとなしい生徒でして。」
校長に説明している。
高等部の校長が「ここではなく、校長室へ参りましょう」と2階の奥の校長室へと3人を引き連れて行く。
陸の家族構成や家庭環境を含め、万が一のことを考え警察に届けを出したほうがいいのではないかということになり、由紀子はガタガタと震え出した。
「万が一って、警察って。」
「なんでもなかったらそれでいいじゃないですか、万が一です。万が一の時困るでしょ?半井さん。」
陸は有名企業の跡取りだと、内申書にでも書いてあったか。
「楠」の名前はそんなに強いのか。
家族構成の欄には、
父 楠貴仁
母 半井由紀子(内)
本人 半井(楠)陸
と、書いてあった。
陸は生まれた時から「楠」の子供だった。貴仁にはもちろん、楠の家の人間には名前も陸の成長も写真で毎年報告していたではないか。
貴仁が言っていた
「おまえは楠の子供なんだ。
自覚を持て。」
その理由がはっきりわかった。
今更ながら、自分はただ雇われただけの人間なのだと思い知らされた。
守らなければならないのは「陸」だけ。
探さなければ。
陸を。
由紀子はふらりと立ち上がり校長室を出ると自分が入ってきた昇降口から車に向かって走った。
探さなければ。
探さなければ。
なんとしてでも。
あの子はもう「半井陸」で、なくなるのだから。
私の陸は半井陸でなくなるのだから。
思いもしなかった。
あんなに辛い思いをして生んだ子どもが自分の元を離れるときに、巣立ちではなくまるっきり違うものになって出ていくなんて。
聞こえるはずのないカッコウの声が、林の中から聞こえた気がした。
してやられた。
私は私の子供ではない陸を
大事に、大事に育ててきた。
その子は由紀子のなにもかもを地面に落とし、今、家を出て行った。
「陸!」
車の中で叫んだ。
取り戻さなければ。
なにもかも。
私のあの子を。
陸も、貴仁も、あの生活も、なにもかも。私はニンゲンなのだから。
陸の担任が車まで追いかけてきて、車の窓を叩いた。
第7章 ~消えたこども
あれからすでに三年の時を経た。
あのあとすぐに警察は捜査を始めた。
最初のうちは営利目的の誘拐ではないかと非公開の捜査となり、犯人が居るとすればなんの連絡も来ないまま一週間が過ぎた頃公開捜査に切り替えられた。
陸の素性が世間にさらされ「楠」の家は連日のマスコミの対応と、会社関係者や取り引き先から大々的なバッシングを受け会社の機能も信用も失った。
三年経つ今でも以前の状態に戻っていない。
由紀子はマンションを出て篠津のところに一度は身を寄せたが、だんだんに関係が悪くなるのを感じ、そこを出て今では小さなアパートにひとりで暮らしている。
もちろん楠からの金の援助などなくひとり、暮らしていけるだけのパート仕事をしながら陸を探し続けている。
警察の捜査でわかったことが何点かあった。
雨に打たれてずぶ濡れになった陸の鞄が山へ入るための林道の前に置かれていたこと。
そしてその前の時間、図書室にいた。ということ。司書に早く帰ったほうがいいと声をかけられて、しばらく独り言などを言っていたらしいが「やっぱり帰ります。」と部屋を出たらしい。
校門の前でスクールバスが通り過ぎたとき、運転手は「いつも乗る子だ」と気を利かし車を止めて待ったが陸は乗らなかった。その15分後にもバスはあったのでそちらに乗るのだろうと思い発車させた。
そして、15分後のバスの運転手は陸の姿はバス停にも途中の林道にもなかったと言う。
15分あまりの間に、陸にいったい何があったのか。
もうなにもかもが雨に流され跡形もなく消え去っていた。
捜査は暗礁に乗り上げ公開捜査になった時も何人かのバスの乗客や、バスの中で友だちになったと言うおばあさんが名乗り出てくれたが未だなんの手がかりもない。
目撃者や知り合いやクラスメイトが口々に語ったことがある。陸が「独り言を言っていた。」とか「ふわりとどこかへ消えそうだった。」とか「この世のものではないような気がしていた。」などの共通点があったのと、最近家の中がうまくいってなかったことなどを加味して捜査は少人数で進めていたが、内々では家出の線が強いのではないかと判断され二年を過ぎた頃捜査班は解散となり今やたったひとりの刑事さんが由紀子を訪ねてやって来るだけとなった。
はじめの頃、貴仁も貴之も血眼になって陸を探していた。厳しいことを言ったかもしれないと反省もした。それでも「楠」は続いていく名家の宿命だ。陸のことは諦めたのか沙織の生んだ長女に婿を取り結婚して、半年ほど前に跡継ぎとなり得る男の子を生んだ。
しかしその事でまた「楠」はバッシングを受けている。
「子は家のものではない。」
「子の人権侵害だ。」
「あの家はおかしい。」
「同じ親として考えるのもおぞましい。」
「またきっと居なくなるに違いない。」
等、他にもたくさんの嫌がらせや言葉を投げ掛けられ沙織は表に出るどころか気を病んでノイローゼのようになっているらしい。
そういう由紀子も毎日を暮らしていけているのが不思議なくらいふわふわと地に足の着かない生活を送っていた。
三年の月日はあっという間だったが、陸はもちろん帰って来ていない。
なんの知らせもなく、もちろんなんの連絡もない。
陸は死んだわけではない。
きっとどこかで生きている。
きっと帰って来ると信じている。
終末夜話 30
つづく
今、現在
京都南丹市において行方不明中の児童がいる中で、投稿するのは
フィクションといえど内容を鑑み、自粛しようかと思いましたが
作品自体は2月下旬に書き上げたものですのでなんの他意もございません。
児童のご家族、関係者様には
ご心配、ご心痛の中にあると思われます。お見舞い申し上げます。無事保護されることをお祈りいたします。
aoirononote
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