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終末夜話 6

第2章 ~家族の秘密


初等科の合格発表のあった夜、陸は母親の由紀子にこの上ない賛辞を貰った。
六年間、たった六年しかまだ生きていない自分をこんなに褒めてしまっていいのだろうか。と逆に不安になるほどだった。

発表は金曜日だった。

家に帰ってもお父さんはいない。
「お父さんにも褒めて欲しかった。」
陸は手をつないで帰る由紀子の顔を見上げて言った。由紀子は陸の顔を見もしないで駅までの道を歩きながら短く言った。「無理よ。金曜日だから。」さっき褒めてくれた時とは対極線の冷たい言い方だった。

陸が、はじめてうちのお父さんは他所のお父さんと少し違うということに気がついたのは幼稚園の頃。
受験が決まり、お母さんと毎日勉強をしていた頃のことだ。お受験のための塾があると聞きつけ二人で通うようになり、そこで出来た友だちに言われたのだ。

「陸くんチのお父さん
 お休みの日何してるの?
 うちのお父さん釣りが大好きなんだ。」

陸はお父さんの趣味がなんなのか知らなかった。

「あのね。お受験で
 おうちのこと聞かれるンだって
 練習しておいたほうがいいよ?」

その時他所のお父さんは日曜日に家族と一緒に居るのだと気がついて、帰りのお母さんの運転で家に帰るまでの間に、その子に言われたことを伝えるとやはり冷たい顔で
「平気よ、あなたのお父さんが
 日曜日に家に居なくても
 あなたは必ず、合格するから。」
と言い放った。
それからずっと、うちのお父さんは金曜日の夜から月曜日の昼間の間家に居ないということを他所でしゃべってはいけないのだと、陸は思った。
お受験の面接の時はお父さんもお母さんも紺のお揃いのスーツを着込んで出掛けた。
通り一辺の質問の中で、やはり休日の過ごし方がありその時言った両親の話を陸は今でもソラで言える。

「あまり、出掛けるのは好きではないので親子でよくDVD を見ます。子どもにあわせてアニメばかり見ているのではなく、ミュージカル映画や時折、恋愛映画も見たりします。」

「そうなんですか。」

面接官は笑顔になって陸に向き直り

「最近見たのはなんですか?」

と、聞かれた。
おとといの夜、お母さんと『オズの魔法使い』を見たがその時お父さんはいなかった。だって土曜日だったから。

「ほら、聞かれているよ。
 何を見たっけ?」

お父さんに背中をとんとんとされ、その横顔を見つめた。

「お、オズのま、魔法使い。」

そしてつけ加えた。

「を見ました。」

「そう。おもしろかった?」

陸はうなづきながら「はい。」と静かに答えた。
週末は映画を見た。嘘ではない。
家族で見た。お母さんは家族、嘘ではない。
おもしろかった。嘘ではない。
嘘ではない。
嘘ではない。
嘘はついてない。

合格発表から二日明けて月曜日の夜、帰ってきたお父さんに報告をした。
お父さんは頭をぐりぐりとしてくれて、そして言った。
「陸は私の子供だ。」
当たり前だろう。
合格出来るのは。
俺の子供なんだから。
むしろ合格出来ないほうが厄介だ。
俺の子供なのに。

初等科にあがって四年になった頃、きれいな女の人がひとりうちに来たことがある。お父さんは仕事でお母さんが相手をしていた。
何か揉めているような、喧嘩しているようなそんな感じだったけれど、女の人は帰って行った。その日は水曜日だったのにお父さんは帰って来なかった。
揉めているような話をしていたとき、女の人が言っていた「合格されたンですってねえ。やっぱり貴仁の子供なのねえ。他の男じゃなかなかこれっぱかりの勉強で慶森には受からないわ。」お母さんは小さな声で少し不服そうに「ありがとうございます。」と言っていた。

ぼくンちは他所と少し違う。

女の人が帰ったあと、少し怖かったが由紀子に「あの人誰?」と聞いた。
女の人が出ていった玄関のドアを静かに見ていた由紀子は陸の声にはっとして、呼び寄せるとギュッと抱き締めた。

「陸はあたしの子。
 陸はあたしの大事な子。
 なにがあっても
 手放したりしない。」

その事情がだんだんにわかってきたのはその頃からだった。

お父さんの名前は「楠貴仁」。
お母さんの名前は「半井由紀子」。
ぼくの名前は「半井陸」。

お父さんの名前が違うことにそれまでなんで気がつかなかったのか、ぼくにはわからない。ぼくのお父さんは、ぼくとお母さんの他にもうひとつ「家族」があるらしい。ぼくにはたったひとりのお父さんだけれども、お父さんにはぼく以外に子供がいて、ぼくのお母さん以外に奥さんがいる。
だから、週末は帰ってこない。

その事に気がついてから、それまで大好きだったお父さんはどこか他所のおじさんとあまり変わらなくなった。
お父さんはぼくとぼくのお母さんの他に週末を楽しく過ごすホンモノノカゾクがあるのだから、ぼくたちと週末を楽しく過ごすことは考えていない。
ぼくが男の子だから、
ぼくが男の子だから、お父さんの子どもになれたのだということに気がついたんだ。


             終末夜話 6
               つづく

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