夜のブランコ 24
「先生。」
基子は紘子が立ち上がったのに気がついて、紘子のテーブルまで頭を下げながらやってきた。
「遅くなってしまって。ついさっき主人と孝太郎が出掛けたので。」
座って下さい。と手で示すと
「私も休みで、少し早く着いてしまったので甘いモノ食べてました。」
基子もテーブルの上にあるシナモンティと、空のお皿を見てうなづきながら腰掛けた。
マスターがそっと近づいて来て注文を聞こうとしている。基子はカバンを置いて腰掛けると、アイスコーヒーを注文した。
「さっそくなんですけど。」
紘子は祖父のファイルを取り出し、気になるところに貼ってある付箋を目印に開いた。自分のノートも出し付箋も新しく貼れるように準備した。
基子は嬉しかった。
電話をもらった時も、早く手を打たなければと言ってくれたことも、こんな風に時間を割いてくれたことも。
だから、聞かれたことにはなんでも答えられるようにと母子手帳や前の学校で言われたことをメモしたノートを持って来ていた。
「私の祖父は中学校の教師でした。これは祖父が遺してくれたファイルです。吃音の生徒のために少しずつ調べて手を貸してやれたならと思っていたようです。それを調べているうちにディスレクシアにたどり着き一緒に調べたのだと思います。」
まず、孝太郎が文字が読めないことに気がついたのはいつなのか。
前の学校でなんと言われたのか。
どうやって勉強しているのか。
最初にこの三つを聞きたかった。
基子は長い話になって申し訳ないと謝りながら話出した。
幼稚園の時に「読めない」ことに気がついた基子は、直ぐに夫に相談した。
夫は「まだ幼稚園だから読めなくてもおかしくはない。」と言い、そんなに声高に言っていると孝太郎が畏縮するからそっとしておくように言われ、基子もそれに同調した。
認めたくなかったのもあったし、夫の言うことも一理あると思ったからだった。
小学生になり、はじめての授業参観の帰り担任の女性教師に呼び止められた。
「先生、お母さんと少し話があるから、ちょっと校庭で遊んでいてね。」
そう言って、孝太郎の遊ぶ姿をみながら学校での孝太郎を逐一語られた。
授業中は非常に大人しくしていて、まるで自分を見つけないでほしいとバリアを張っているように見えてしまう。
手も上げないし、あまり授業に参加したくない様子でもあるが、他の子どもの邪魔をするわけでもなく、うろうろして困るということもない。
「お母さん、孝太郎君のテストの結果を見せてもらったことがありますか?」
基子は逆に聞きたかった。
そのテストはいつやったのか、どういったテストだったのか。
「10問テストといって各教科の小テストのようなものです。」
問題を見せてもらった。
確かに算数ならばかんたんな足し算引き算の問題が、国語ならば習ったであろう漢字の問題が10問ずつならんでいる。
授業をきちんと受けていれば、答えが間違っていたとしても答えられる問題だろう。
基子はこのテストの答案を孝太郎から見せてもらっていなかった。
「ご覧になってないですよね?」
担任はそう言って孝太郎の答案をコピーしたものを見せてくれた。
名前の欄には何も書いて居らず、算数は全問正解。国語の漢字は一問も答えていない。
「これ、これが孝太郎の答案ですか?」
担任はうなづいた。
名前を書き忘れなようにと最初に説明し、皆が書き終わるのを待ちスタートした10問テスト。
まる付けを終えて返却する際、名前を書いてなかったのは孝太郎一人だったという。
「ただ、算数に関しては全問正解しているのは孝太郎君だけでした。わかって答えたのか、偶然なのか聞いてみなければわかりません。」
名前は書けないのか、書かないのかそれもわからない。
とにかく今日の授業参観を待って基子の話を聞いてから対応しようと決めていたのだ。
と担任は言った。
「その時、言ったんです。もしかしたら字が書けないのでは。読めないのでは。って。」
紘子はうなづいた。
中には、行動障害や自閉的傾向などてそれらができない子どもがいることを基子も知っていた。基子もそれを疑って図書館で調べたりもした。けれどどれにも当てはまらず残っているのはディスレクシアしかなかった。
つづく
第25話へ
第1話へ戻る
