移民になって感じた世界②|「移民」という言葉の向こう側
私は昨年1年間、デンマーク第二の都市オーフスで、「移民・難民のための教育準備コース(FIF kursus)」に通っていた。
このコースでは、デンマークに住む外国人が、現地の専門学校や大学へ進学するために必要な言語や文化を学ぶことができる。
年齢も文化も異なる私たちの教室
クラスメートは年齢も国籍もバラバラの28人。
本当に世界各国から来た人々が集まっていた。
結婚やパートナーとの同棲を機にデンマークに移住された方、ウクライナからの難民の方、デンマーク人にルーツのある若者たちはデンマーク語が堪能で、いつも我々年配者のお世話係になっていた。
世代も背景も異なる人々と同じ教室で学ぶのは、なかなか面白い。
子育て中のママさんたちの悩みにティーンエイジャーの子が“子どもからの目線”でアドバイスしていたり、朝の出席確認の時間にラテン文化圏出身者たちが間に合わないことが暗黙の了解になっていたり。
授業以外で一緒に出かけたりする人がたくさんいたわけではないけれど、毎日顔を合わせる仲間という以上に、異国で生きていこうとしている同志のような、そんな感覚もあった。
それぞれが自分の母国の料理を持ち寄って食べるイベントでは、ウェールズのケーキと中国の餃子が最高に美味しかった。
あとでこっそり聞いたら、ウェールズケーキのレシピをゲット。美味しさの秘密は丸ごと2ケースも使われたバターだったという背徳感。
中国の餃子は、まさかのスーパー購入品だった。
経験が想像力を広げる
授業や試験は大変だったけれど、このコースでの1年間はなんだかんだでとても楽しかった。
けれど、クラスメートたちの背景を知るにつれて、移民として生きることの現実も知った。
今でも母国が恋しいけれど、家族のためにデンマークで暮らしている人。
戦争によって故郷を離れざるを得なかった人。
幸福度1位の国に住めるなんて最高では?と思う人もいるかもしれないけれど、実際には多くの人が、それぞれの事情や葛藤を抱えながら生きていた。
移住してきたばかりの頃、薄暗くどんよりとしたデンマークの冬に憂鬱になった人も多い。
交友関係や仕事のない中、パートナーの帰りを待つ生活がその孤独を深めたという人もいた。
そうした経験をされてきたからだろうか、単身移住してきたばかりの私をとても気にかけてくれる人も。
経験は、人の想像力を広げると思う。
「移民」という言葉の向こう側
私たちは、国籍も年齢も育ってきた環境も違ったけれど、全員が「異国で暮らしていく」という共通の課題の中にいた。
特にデンマークは、ヨーロッパの中でも移民政策が厳しい国の一つと言われている。
ここ数年、特にそうなってきた。
戦争が終わったらどうなるのだろう。
もしパートナーとの関係に変化があったら。
子どもはデンマークで育っているのに、自分はどこに属するのだろう。
「私はここにいていいのだろうか?」
そんな問いを抱えながら暮らしている人たちもいた。
移民の暮らしは、いつだって不安と隣り合わせ。
ただ、私が通っていたコースのように、外国人が同じような境遇の仲間と共に、社会に出ていくために言語や文化を学ぶことができる場所があるのは救いだ。
今は誰かの配偶者としてここに住んでいる人たちも、コース卒業後に進学し、専門スキルを身につければ、「自分の意思でこの国に住み続ける選択肢」を持つことができる。
それは単に仕事の話ではなく、異国に生きる人々の権利やアイデンティティにも大きく関わることだと思う。
私はあの教室で、「移民」という言葉の向こう側にいる人たちと出会った。
ニュースや政策の中で語られる「移民」ではなく、遠くの家族を想い、故郷を恋しがり、将来に不安を抱えながら、それでも今日を生きている一人ひとりの人たちと。
そしてその時、私自身もその一人だった。
▶︎このコースでの1年間や、デンマークで移民として暮らして感じたことは、以下のnoteにもまとめています。
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