少し、ほどけた夏|デンマーク・ボーンホルム島に暮らして
数年前、デンマークのボーンホルム島で一夏を過ごした時のこと。
音楽と、街と、長い夏の日が運んだ、小さな、でも忘れられない出来事について残しておきたい。
バルト海の宝石に暮らした夏
太陽の島、ボーンホルム(Bornholm)は、私が世界で最も好きな場所の一つ。
海や地形に富んだ谷、ダンジョンのような遺跡や教会。輝きに溢れたその島は、“バルト海の宝石”と呼ばれることも。

私はその島のフォルケホイスコーレに半年暮らした後、2か月ほど同じ島のパーマカルチャーファームで住み込みボランティアをしていた。
農場は、船着場のある街レネ(Rønne)から少し離れた場所にある。
仕事は朝8時から午後2時まで。
はじめての仕事としての農業は新鮮で、野菜の成長の早さに驚いたり、雨上がりの農地の澄んだ空気に癒されたり。
季節や天気を肌で感じる時間は、室内でしか働いたことがなかった私には、とてもありがたいものだった。
あたたかく個性的な仲間たちにも恵まれ、平和で穏やかな毎日を過ごしていた。

今思うとなかなかワイルドに暮らしていた。
レネ・チャレンジ
仕事終わりは仲間たちと自転車を飛ばして海へ行ったり、パーティーへ出掛けたり。
けれどある時期の1週間は、“Rønne Challenge(レネ・チャレンジ)”と名付けて、毎日レネまで片道1時間、自転車を走らせていた。
農場からレネまで往復30キロのサイクリング。
この1週間のチャレンジを成功できたら、最終日に自分へのご褒美としてアイスクリームを食べることを決めていた。
その道のりは坂道も多く、最初は自転車を漕ぐだけでも精一杯。
けれど最終的には、一度も自転車を降りずに街まで行けるようになった。
なんだかんだでアイスはほぼ毎日食べていたけれど、チャレンジは無事成功。
それに、ご褒美はアイスだけではなかった。
広場で偶然開かれていたコンサートが、街での時間を彩ってくれたのだ。

街の人々も観光客も、レネの広場に集まってきた。
新聞売りのおじいさん
ある晴れた日の主役は、カントリーミュージックを奏でるベテラン音楽家3人組。
いつもよりお客さんも多く、会場は賑わっていた。
そこへ突然やって来たのは、顔を赤らめたおじいさん。
どうやらかなり酔っ払っている様子だったけれど、両手には新聞を抱えている。
おじいさんは、人が集まっているこのチャンスに新聞を売ろうと、舞台の前で踊り始めた。
私は、それを見て「誰かに怒られるんじゃないか」と心配になった。
もっと新聞を売ろうと、おじいさんが踊りながら客席へ向かう。
すると、前の方に座っていた中年の女性が立ち上がり、おじいさんを追いかけた。
「いよいよ注意されてしまう」
そう思った。
けれど女性は、おじいさんから新聞を一部買っただけだった。
そのあとも、おじいさんは楽しそうに踊り続けた。
そして終盤になって、自分の売り物である新聞を、舞台の上へそっと投げた。
コンサートが終わると、おじいさんと音楽家たちはグータッチで互いを称え合った。
観客の拍手が響く。
ちょっと、ほどける
デンマークの人々がこの話を聞いて何を感じるかはわからない。
でも、日本人の友達に話すと、多くの人が私と同じように「歌手の前で踊り始めたおじいさんが誰かに怒られる」結末を想像する。
人目を気にして考えることが、いつの間にかクセになっていたのだろうか。
日本では、人と違うことをしたり、誰かの人気や努力を借りて目立って利益を得たりする人は、批判されてしまうことも少なくない。
ただ、あの日、あのコンサートは、おじいさんの踊りを受け入れたあの空気感があったからこそ、街と人とが音楽でつながり合っていた・・・そんな気がする。
人々の他人に対する視線のおおらかさに心を動かされたと同時に、今までの自分の心と世界の狭さにショックを受けた。
私は、ちょっと人目を気にしすぎていたのかもしれない。
異文化に触れると、こうして自分の中の何かが、少しほどけることがある。
デンマークを好きな理由はいくつもある。
でも、この日、私はこの国をもっと知りたいと思った。
少し、ほどけたままで
当時の私は、この出来事に大きな衝撃を受けた。
けれど今振り返ってみると、どうしてそこまで驚いたのだろう、と不思議に思う。
いろんな人がいること、いろんな受け止め方があることが、いつの間にか当たり前になっていたのかもしれない。
あの日から、少しずつほどけたものが私の中に積み重なっていったのだろうか。
夏は恋しい。
けれど、あの宝石の輝きはまだ目の奥にあって、私は前より少しだけ、深く呼吸している。
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