芸術的な余りにも芸術的な
『芸術その他』
初出は「新潮」[1919(大正8)年]。随筆集「點心」[金星堂、1922(大正11)年]に収録。芸術家は何よりも作品を完成させねばならないとし、表現に始まって表現に終ると述べる。芥川の芸術観がアフォリズム風に綴られており、芥川文学の方法を知る上で欠かすことのできない随筆とされている。
芥川の芸術論。高尚すぎてわからないことばかりなのだが、表現についてやっぱそれなりに方法論は必要かと。天性の素質で芸術が成り立つものでもない。そのために失敗を重ねるし、自分にも失敗作はあると。惰性でやっていると自己模倣のようなものになってしまいそれは芸術ではないというような。職人技みたいなものを嫌うというか芸術は問題意識を持ってこそなんだと思う。そのための確認。
その次の年から芥川の中期から後期への転換点となったのはその前に中国に行って病となって帰ってくる。
『龍村平蔵氏の芸術』
『芸術その他』の後に書かれた随筆。帯職人だが工芸品というよりも芸術品と評価するのは、当時の倹約ムードの日本国内にあって高価な帯を作る姿勢は、明日の米さえ心配せねばならない世間にあっては芸術至上主義と言われるのかもしれない。そのぐらいの気迫を持って文芸せよということなのだろう。時流に乗って書くよりも。そのことが後の谷崎潤一郎との文学論争になっていくのだろう。
