ジオラマ展覧会のような『葬送のフリーレン』
ジオラマ展覧会のような『葬送のフリーレン』
『葬送のフリーレン』の世界の成り立ちに関する神話についてinkstone氏は語っています。面白いのはその神話にミスリードを誘う偽りを見ている事です。
レーヴェの言っていることが正しいとすれば、女神様はギリシア神話におけるプロメテウスのような役割になります。勝手に人類に魔法(火)を与えたことで創造神から罰を受けて天界に閉じ込められてしまい、神話の時代が終わったわけです。これはかなり素直に飲み込める神話の時代のストーリーです。
inkstoneさんの面白いエッセイの返信に即興的に以下のショートショートを書いてしまいました。
「魔術師リエーゼの壺」
魔術師マコーリは話好きである。少なくとも弟子筋の私が訪問する時にはお茶ぐらい出してくれる。私が焼いて持っていく白砂糖のたっぷりかかったフルーツケーキが好みなのかも知れないが。
お茶を飲みながらマコーリは言った。彼女の先輩リエーゼは一つの世界を壺の中に作ってしまったと。その中では人々が暮らし、魔法があり魔物がいて、人々は働き愛し学び戦い、そして老いて死んでいくという。
そしてリエーゼは自らその世界の中に飛び込んでしまった。マコーリはその壺を彼女の研究室に大事に保管していて、リエーゼが帰る日を待っている。
「リエーゼはどのような面白い話をしてくれるのだろうね。」
そう言ってマコーリは笑うのである。
『葬送のフリーレン』に僕はある人工的な感触を感じていました。
一見すると王道ファンタジーなのですが、どこか「作られた感じ」が意図的に残されている。でもそれは未熟さではなくて、むしろ設計思想としての人工性の印象なのです。
『葬送のフリーレン』は、「物語として完成しきった後」の世界を描きます。
魔王はもう倒されていますし、勇者一行は神話として固定されています。冒険は反復可能なクエストになっていますし、魔法は研究・蒐集・分類の対象となっています。
これらは「歴史的」な少し風変わりなテイストとして受容されることが多いようです。しかし自然発生した世界というより、「物語が一度終わったあとも稼働し続けているジオラマ」に近い感触もあります。たくさんの名場面を並列に並べて、フリーレンと言う視点が平等にそれを見ていくような感じです。
『葬送のフリーレン』には「歴史的」以上の驚くべき仕掛けが施されているように思われます。それが何であるかは本稿では敢えて書きません。ただ、この作品がジオラマのように並べられた世界であるという感触を示すのに留めます。
[終わり]
2026年2月22日記す
いいなと思ったら応援しよう!
応援どうもありがとうございました。チップは勉強のため大事に使わせていただきます。