ポテサラが、過ぎる【チャレがや企画/おとしもの】
今日もまた、すべる。
びっくりするほど、毎日滑り倒す。こんなんじゃ、お笑いの天下には程遠いじゃないか。
「オチがないんだよ、お前の話には」
全く笑わない、小さなホールのまばらな観客。舞台から降りたところで、先輩芸人が背中を叩いてきた。自分だって大して受けてないくせに。
劇場からは、一時間の道のりを徒歩で帰る。だって金はないし、予定もない。
オチってなんなんだよと口をとがらせながら歩いていると、暗闇のなかに白い布切れが落ちていた。
ゴミだろうか。恐る恐る近づくと、それは小さな爺さんだった。アスファルトの道路に突っ伏してぴくりとも動かない。
「おい、大丈夫かよっ!」
慌ててじいさんの背中に触れる。ほんのりと温かい。良かった、死んでないみたいだ。その頬がピクリと動き、眉間にしわが寄った。
「……腹、減った」
しわがれた声と同時に、盛大な腹の音が真っ暗な街の中に響き渡った。
はあ? と手を引っ込めようとしたが、爺さんの眉間に更に深くしわが寄り、苦痛にゆがむ。仕方ない。俺はそばにあったコンビニに駆け込んだ。
オレンジジュースに、30%引のシールが貼られた、おにぎりとポテトサラダ。今日のギャラ500円が飛んでしまった。
おにぎりを差し出すと、じいさんは跳ね起きてアスファルトの道路の上に座り込み、おにぎりをむさぼり食い始めた。
いやいや、起き上がれるのかよ。
俺の懐具合など全く無視して、じいさんはオレンジジュースも飲み干し、ポテトサラダにも手をつける。
「若いの、すまなかったな」
ようやく落ち着いたのか、ポテトサラダを半分ほど食べたところで、じいさんが俺を見上げた。
「いや、さすがに放っておけないだろ」
当然のことをしたまでだが、じいさんはいやいやと神妙な顔をして首を振った。
「昨今はな、自分のことしか考えない若者ばかりよ。おぬしは心の綺麗なやつよのう」
綺麗ねえ。ちょっと褒め言葉が過ぎやしないか。後頭部をかきむしると、座り込んでいたじいさんが立ち上がった。その格好に目を丸くする。
白い布切れは、シャツなのではなく、ワンピースみたいな──白く長いひげ、つるんと街灯の光に輝く頭。この格好はなんだか……。
「おぬしの願いをひとつ、叶えてしんぜよう」
ええっと俺は腰を抜かしそうになる。
「神様っ?」
「まあ、そんな類のものじゃ」
まじで、神なんて……そんなこと。
「……売れたいです」
神がいるなんて、信じられない。しかし気がついたら、願いごとが口をついていた。
「俺、芸人なんです。でも全然売れなくて、その、すべってばっかりで。今日も先輩にオチがないって言われて、そのっ」
早口でまくし立てる俺に、じいさんは「ほうほう」と長いあごひげを触りながらゆっくりとうなずいた。
「じゃあな、落ちるひと言を授けよう」
「落ちるひと言?」
「鉄板のギャグじゃ。今からおぬしの言う言葉で、みんな大爆笑する」
神様も「鉄板のギャグ」なんて言うんだ、などとぼんやり思う。
しかし、大爆笑のひと言って。そんなもの、今まで思い浮かばないのだから、こうして売れないのに。
夜空を見上げる。さっきのコンビニの明かりを見る。何も浮かばない。
困ってじいさんの顔を見つめる。しわしわの厚い瞼に覆われて、表情がよく分からない。あごひげに、何かついている。じっと見つめると、さっき食べたポテトサラダの欠片だった。神様なのに、食べ方汚かったな。
「──ポテサラが、過ぎる」
ぼんやりと呟いた途端、じいさんがさっと俺に手を振りかざした。なに、と思った瞬間、まばゆい光が俺を包んだ。
「じいさ──」
じいさんを呼んだところで、光が消える。目を見開き、慌てて辺りを見回すが、もうじいさんも食べかけのポテトサラダもそこにはなかった。
夢、だったんだろうか。
ぼんやりと立ち尽くしていると、チリンチリンとベルの音が聞こえた。
「こんばんは。ちょっといいですか? 今、何をされてたんですか?」
ちっと舌打ちしたくなる。自転車に乗った警察官だった。別に何も悪いことをしてないが、1時間歩いて帰ろうとする所持金ゼロの芸人なんて、話が長くなるに決まってる。
「家に帰るところですよ」
「鞄のなか、見せていただけますか?」
言葉は穏やかだが、逃げは許さないという威圧感に苛立ちが募る。なんで何もしていないのに、衣装が突っ込まれた鞄を見せないといけないのだ。
──おぬしが言う言葉で、みんな大爆笑する。
さっきの爺さんの言葉が、ふいに脳裏をよぎる。あれは本当だろうか。
俺は鞄に手を当てて、じっと警官を見つめた。おかしな動きを見逃すまいとする鋭い眼光。ごくんと息を飲む。手が、震える。
「……ポテサラが、過ぎる」
俺の言葉に、警官の目が点になる。はっ、と小さな声が彼の口から漏れた。
お前、なにふざけてるんだ! そんな言葉を予測した瞬間。
警官が手を叩いて、大笑いを始めた。夜の住宅街に響き渡る、大きな笑い声。
「なんだよそれー!」
警官の目からにじみ出る涙を、俺は呆然として眺めていた。
翌日から、俺の世界が変わった。
「ポテサラが、過ぎる」
舞台の上でそう言った途端、どんなギャグを言っても笑わなかった8人の観客が、崩れ落ちるほど大笑いをした。次の舞台も、その次の舞台も。
大きな劇場に移った。そこでも100人近い観客が、揃って笑い転げた。そのうちに、なんとテレビのオファーが来た。
夢にまで見た、全国ネット。昼の生番組だ。
用意された和菓子を、みんなと一緒に食べていると、突然大御所のMCに急に味の感想を振られた。ぱんと俺を捉えるカメラ。頭が真っ白になった。
どうしよう、どうしよう──
「……ポテサラが、過ぎる」
震える声で、呟く。静まり返る、スタジオ。
「マジかよ、やっべえ!」
次の瞬間、MCが机を叩いた。
「今の、今年一番面白いよ!」
同時に、出演者全員が笑い崩れた。
まだ何が起こったのか理解できない俺を残して、みんな大笑いをしていた。
色んな番組に引っ張りだこになった。どの番組でも「ポテサラが、過ぎる」のひと言で、スタジオも画面の向こうも大爆笑の渦だった。
なぜかニュース番組に、コメンテーターとして出演したこともあった。
中継画面で、突然ハリウッド俳優と話すよう指示された。困り果てた俺は仕方なしに呟いた。
「ポテサラが、過ぎる」
「ソークレイジー!」
俳優は金髪を振り乱し、映画では決して見せない表情で笑い転げた。
その年の流行語大賞を取った。年末年始は息をするより「ポテサラが、過ぎる」と言っていたと思う。
陰りが見え始めたのは、モデルの彩花と結婚した頃からだ。当然業界の合コンでも「ポテサラが、過ぎる」は鉄板だった。大笑いしてくれた女の子のなかで、一番可愛くて綺麗で、俺より背の高くない子が彩花だったのだ。
陰りが見え始めたと言っても、大爆笑が起きるのは変わらない。出演のオファーも絶えない。
ただ、俺が嫌になってきたのだ。「ポテサラが、過ぎる」しか言えないことに。他のネタもギャグも求められない。ただのポテサラ男。
試しに他のギャグをさらりと言ってみた。静まり返ったスタジオに、血の気がさあっと引いた。
「ちょっと、出演依頼を断ってるって聞いたけど」
彩花が苛立ちの声を上げる。俺は頬杖を付き、顔をそらした。
「なんで? 仕事がなくなったらどうするの。あなたにはポテサラしかないっていうのに」
彩花の手のひらがテーブルに、ばんと置かれる。長い指にはめられた、指輪のダイヤが光る。手首にはブランドの時計。ポテサラで稼いだ金で、買ってあげたものだった。
彩花には、分かるまい。
「ポテサラだけじゃ嫌なんだ」
売れればいいわけじゃない。俺は、お笑いをやりたいんだ。
「なに言ってんの。あんたが笑いを取れるのなんて、ポテサラしかないじゃないのっ」
ヒステリックな声を上げる彩花を、にらみつける。長い髪をかき上げて、彩花が負けじと俺をにらみつけた。
家を飛び出した。あんな冷たい女だと思わなかった。
──あなた、本当に売れっ子ね。そんな人と結婚できるなんて夢みたい。
結婚前の、あの言葉はなんだったんだ。あれからまだ1年も経ってないじゃないか。
行く当てもなく飛び込んだファミレスで、スマホを手にする。Xを開くと彩花の呟きが流れてきた。
「あいつ腹立つ、まじ腹立つ」
明らかに俺のことだった。公の場でこんなこと言いやがって。唇をかみしめる。何か言い換えしてやろうかと彩花のページに飛ぶと、他にも呟いていた。
「もうメルカリにでも出してやろうか、あのポテサラが過ぎる男!」
すぐさま返信がついていた。
「買う!」
スマホが震える。アプリの通知が来ていた。
──あなたは、売れました。
了
🥔🥔🥔🥔🥔🥔🥔🥔🥔🥔🥔🥔🥔🥔
こちらはチャレがやさんの企画に初めて参加させていただきました。
こんな感じで良かったのでしょうか? どきどき
先日半径100m+さんの面白い小説を読みまして。天才か! ってなったら
「チャレがやという企画があるから、参加してみたらー」と言ってくださって──
お調子者なので参加しました。
テーマが「おとしもの」だから「オチ」・・・・・・ですよ?
こんな感じで合ってます? 合ってますか?
飛び込み参加のような形ですが、とにかくとても楽しかったです。
素敵な企画をありがとうございましたー✨️
