俺のコレ
#チャレがや企画 参加作品。お題『怨念』
「ねぇ、もうちょっとお行儀良く、食べられない?」
声がした。
女の声だった。
俺は食っていた炒飯の皿から顔をあげ、テレビ画面を観た。
つけっぱなしのテレビではニュース番組をやっていて、アメリカがどーたらこーたら、と眼鏡をかけた男が喋っていた。テレビの中に女はいない。
部屋を見回す。俺の部屋。ひとり暮らしの小汚いワンルームには、もちろん俺しかいない。
さっき自分で作った、ハムと卵とネギの入った炒飯に視線を戻す。気のせいか、と思いまたスプーンを持った。
「足よ、足。その立膝。お行儀が悪いわね」
ぎょっとして、また部屋を見まわした。
確かに俺は、立膝で飯を食っていた。パンツ一丁の上半身裸で、フローリングの床に座って、右足の膝を立てていた。
声は、ものすごく近くから聞こえた。ローテーブルの下を覗く。もちろん誰もいなかった。
俺は、テレビをつけっぱなしにして、目の前のホルダーに立てたスマホでTikTokのダンス動画を観ながら、飯を食っていた。
テレビとTikTokを消した。
部屋の中がしんとする。隣の部屋から微かに音楽が聞こえる。
それだけだ。
空耳か? 俺、疲れてんのかな?
またスプーンを持ち、炒飯を口に入れ、ビールを飲んだ。
「ちゃんと噛みなさい。ビールで流し込まないの」
うわっああ。
口からビールと炒飯を吹き出した。スプーンをテーブルに投げ出した。
「やだ、汚い」
女の声。
「誰だ。どこにいる?」
俺は、訊いた。小さな声で、恐る恐る訊いた。
「どこって……ここよ」
すぐ近くから聞こえる。
女の、楽しそうな声。
炒飯が入っている皿の下を念のために見ようと、手を伸ばして……
自分の右手が目に入った。
俺の右手、小指の腹に、小さな目と口がある。口が動く。
「わ、た、し」
「ぎゃああああ」
俺はまた叫んで、小指を放り投げ……たかったけど、小指はもちろん俺にくっついてるから。
「ぎゃああああ」
右腕を出来るだけ伸ばして、振り回して、叫んだ。
テーブルから皿が落ちて、炒飯が床に散らばった。俺は、尻で床をこするようにして後ろに逃げた。部屋の壁に背中がぶつかった。右腕を伸ばす。手が震えている。
「だ、誰だ」
自分の小指に向かって訊いた。
「やだぁ、忘れたの? わたしよ、わたし。ミナミ」
ミナミ? あのミナミ?
「あんたさぁ、わたしのことを人に話すとき、小指立ててたでしょ? 昭和のおやじみたいに」
小指イコール女、って意味。俺のじいちゃんがやっていたしぐさを、確かに俺はよくやる。
「小指立ててさぁ、俺のコレの金、俺のコレがうるさくって、俺のコレがバカだから……とか」
ミナミは半年前に捨てた。ミナミの貯めていた金を全部引き出して、俺は姿を消した。
「あんたがさぁ、わたしのお金を全部持ち逃げしたからさぁ、わたしもう生きる気力がなくなってさぁ」
死んだのか? 俺は小指を見つめる。
「高いビルから飛び降りたら、天使なのか悪魔なのか知らないけどが、お前の怨念を晴らして来いって、助言?チャンス? くれたのよ」
そうだ、ミナミは、よくしゃべる女だった。銀行口座の暗証番号も、訊いたら教えてくれる女だった。
「あんたを殺すって道も提案?されたんだけどね、ほら、わたし、あんたに惚れてたから……だから……ね、あんたのコレに返り咲きたいって思ってね……あんたの小指に」
いやいやいや。
「すまない。本当にすまなかった。許してくれ」
「やだぁ、許してあげない」
いやいやいや。
「たのむ、俺の小指は、やめてくれ」
「えぇー、中指が良かった?」
いやいやいや、ファックユー。
「わたしバカだから、怨念?って言葉も知らなかったの。うらめしやぁ、ってことなんだね。天使だか悪魔だかに、漢字も教えてもらった。怖い言葉だねぇ、うらめしやぁって流行らないよね、だから、コレ、小指にしたんだよ」
いやいやいや、お前が一番、怖いって。
俺は、伸ばしていた右手を左手で支えて、自分の顔の正面に持ってきた。手が震えている。いや、全身ぶるぶる。
どうする、俺?
この状況をどうすればいいんだ。
「ミナミ、本当にすまなかった」
小指の目と口に向かって、誠心誠意、言う。
「うふ、久しぶりだね。見つめ合うの」
いやいやいや、見つめ合いたくないんだ。たのむ、消えてくれ。
「今度、わたしを捨てるにはね、あんた、小指を切り落とさないとダメなんだよ」
え? あ!
「スパッと切り落としたら、本当に、わたしを捨てられるよ」
俺は、自分の小指を、ミナミを、見つめる。
「もぉ、そんなに見つめないで。照れちゃう」
俺は、俺は……。小指を、コレを、ミナミを。
「うふ、あんたのこと、やっぱり大好き」
切り落とすか?
こちらの企画に初めて参加させていただきます。東海noterじゃなくて、遠く離れた場所からですが、いいのかな。どきどき。
コッシーさん、みくまゆたんさん、よろしくお願いします。
↓ お二人は、精力的に活動をする人気noterさんです。
