老化を制御する「指揮者」NADと「演奏者」FADのメカニズム(NAD-FADシリーズ3/4)
(アイキャッチは神戸大学の公式Xヘッダー画像より引用)
第1回は、NADとFADがどちらも電子を運ぶ補酵素でありながら、その性質や役割が大きく異なることを解説しました。
NAD(エヌエーディー)=ナイアシンアミド・アデニン・ジヌクレオチド
FAD(エフエーディー)=フラビン・アデニン・ジヌクレオチド
第2回は、NADとFADがミトコンドリアの電子伝達系へ電子を供給し、ATPというエネルギーを産生する仕組みを解説しました。
(電子を運ぶ際にはNADHとFADH₂という形になります)
しかし、近年の老化研究では、NADやFADは単なる「エネルギー代謝の補酵素」としてだけでは語られなくなっています。
現在では、NADはエネルギー代謝だけでなく、細胞内の多様な反応をつなぐ重要な代謝基盤として……
FADはミトコンドリアを含む多くの酸化還元反応を助ける重要な補酵素として……
それぞれ異なる角度から老化に深く関与することが明らかになってきました。
オーケストラに例えると、次のような役割分担を担っていると考えることができます。
NADは「細胞全体の多様な反応をつなぐ指揮者」。
FADは「エネルギー産生の現場で働く重要な演奏者」。
ただし、実際の細胞では、NADとFADは単純な上下関係でないのです。
それぞれが異なるパートを担当しながら、互いに連携することで、細胞の恒常性を維持しています。
今回は、これらの補酵素が老化をどのように制御しているのかを、最新の研究成果を紹介しながら解説します。
1.NADは消費される補酵素
NADがFADと最も異なる特徴の一つは、電子の受け渡しを担う補酵素として再利用されるだけでなく、一部の酵素反応ではNADそのものが材料として消費される点です。
NADとNADHは、エネルギー代謝において酸化還元反応を繰り返しながら利用されます。
一方、ある酵素は、NADを材料として利用し、NADを別の分子へ変換します。
つまり、この時のNADは単なる電子の運搬役でないのです。
そのため、NADは細胞内で消費と再合成を繰り返しています。
代表的なのが、次の3つの酵素です。
サーチュイン
PARP
CD38
これらは、老化研究において極めて重要な酵素として知られています。
つまり、NADはエネルギー代謝だけではなく、細胞の修復、代謝調節、ストレス応答などにも使われているのです。
そのため、加齢によってNAD量が低下すると、ATP産生だけでなく、細胞の修復などにも影響が及ぶ可能性があります。
① サーチュインは細胞の恒常性を維持する酵素
サーチュインは「長寿酵素」や「長寿遺伝子」と紹介されることがありますが、正確にはNADに依存する脱アセチル化酵素です。
脱アセチル化酵素とは、タンパク質のアセチル基を除去し、タンパク質の働き方を調整する酵素です。
サーチュインはアセチル基を取り除く反応にNADを利用するため、NADはサーチュインが働くために欠かせない材料の一つとなります。
人には7種類のサーチュイン(SIRT1~7)が存在し、それぞれ異なる細胞内区画で働いています。
特にSIRT1は、転写因子や代謝関連タンパク質などのアセチル化状態を調節することで、炎症応答、代謝、ストレス耐性など幅広い生理機能に関与しています。
また、ミトコンドリアに存在するSIRT3は、ミトコンドリア内の多様なタンパク質の脱アセチル化を通じて、エネルギー代謝や抗酸化防御などの調節に関与しています。
これらのサーチュイン反応では、NADが材料として利用されます。
そのため、細胞内のNAD量が低下すると、NAD依存性のサーチュイン反応にも影響が及ぶ可能性があります。
このことから、NADの代謝状態は、細胞の恒常性を維持する仕組みと密接に関係していると考えられています。
② PARPはDNAを修復する酵素
DNAは、紫外線、活性酸素、化学物質、さらには細胞内の代謝反応などによって、日常的に多くの損傷を受けています。
こうしたDNA損傷の修復に重要な役割を果たしている酵素の一つがPARPです。
PARPはパープと呼び、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼの略です。
ポリはたくさんの・重合という意味なので重合(ADP-リボース)を作る重合酵素です。
DNA損傷を感知すると、PARPはNADを材料として利用し、ADPリボースをタンパク質に付加します。
さらに、ADPリボースを連結したポリADPリボースを形成することで、DNA修復に関わるタンパク質を損傷部位へ集めるなど、DNA修復反応を促進します。
NADはナイアシンアミドとアデニンが2つのリン酸基を介して結合したジヌクレオチドです。
NADからナイアシンアミドを除くとADPリボースになります。
NAD=ナイアシンアミド・アデニン・ジヌクレオチド=ナイアシンアミド+アデニン+2ヌクレオチド(リン酸+リボース)
ADPリボース=アデノシン二リン酸リボース=(アデニン+リボース)+2リン酸+リボース
DNA損傷が過剰になると、PARPが過剰に活性化され、大量のNADが消費される可能性があります。
その結果、細胞内のNAD量が低下し、サーチュインなどのNAD依存性反応や、エネルギー代謝にも影響が及ぶ可能性があります。
このように、DNA修復とエネルギー代謝の関係は、NADという共通の代謝基盤を介して密接につながっているのです。
③ CD38は加齢で増加するNAD消費酵素
近年、老化研究で特に注目されているのがCD38です。
CDは分化クラスター(クラスター・オブ・ディファレンシエーション)です。
CD分類は、細胞の表面などに存在する分子を識別・分類するための国際的な命名体系です。
CD38は、その分類番号38にあたる分子で、免疫細胞などに発現し、細胞の分化や活性化などに関与するとともに、NADを消費する酵素としても働きます。
CD38はNADを分解して、ナイアシンアミドとADPリボースの代謝産物を生み出します。
加齢や慢性炎症が進むと、CD38を高発現する免疫細胞が脂肪組織などの組織に蓄積することが報告されています。
その結果、NADの消費が増加し、細胞内のNAD代謝に影響を及ぼす可能性があります。
このようなCD38を介したNAD消費の増加は、加齢に伴うNAD低下の重要な要因の一つと考えられています。
つまり、加齢によるNAD低下は、単純に「NADを作る能力が落ちる」だけではありません。
NADを再利用・再合成する仕組みの変化や、NADを消費する酵素の活性化など、複数の要因が複雑に関係しているのです。
2.FADはミトコンドリア機能と酸化還元反応を助ける補酵素
一方、FADの役割はNADとは異なります。
FADは電子伝達系複合体Ⅱや脂肪酸の酸化などに関与し、ミトコンドリアが効率よくエネルギーを産生するために重要な補酵素です。
さらに、FADは多様な酸化還元反応を支えています。
そのため、FADの代謝が乱れると、脂肪酸代謝やエネルギー産生だけでなく、細胞内の酸化還元バランスにも影響が及ぶ可能性があります。
NADもミトコンドリアでエネルギー産生に直接関与しているため、単純に「NADは細胞全体、FADはミトコンドリア」と分けることはできません。
しかし、あえて役割を対比するなら、NADは細胞内の多様な代謝反応やストレス応答をつなぐ基盤の重要な補酵素であり、FADはエネルギー代謝や酸化還元反応を助ける重要な補酵素と言えるでしょう。
① 神戸大学の研究が示したFADと細胞老化
2021年、神戸大学の研究グループは、細胞が老化ストレスにさらされた際に、リボフラビン(ビタミンB2)の取り込みやFAD代謝が変化することを報告しました。
この研究では、FADの恒常性を維持することが、細胞のミトコンドリア機能や老化対応に重要であることが示されました。
言い換えれば、FAD代謝が乱れた状態では、ミトコンドリア機能の低下とともに細胞老化が促進されます。
細胞が老化ストレスに適応する過程で、FAD代謝の維持・調節が重要な役割を果たす可能性を示した研究として注目されました。
つまり、FADは単なるビタミンB2の活性型でないのです。
細胞がストレスに適応し、エネルギー代謝や酸化還元バランスを維持するために必要な重要な代謝因子の一つなのです。
② FADとグルタチオン還元酵素による酸化ストレス防御
電子伝達系でATPを産生する過程では、わずかに電子が漏れ出し、活性酸素が発生します。
活性酸素は細胞内のシグナル伝達にも利用される重要な分子ですが、過剰になるとDNA、脂質、タンパク質などを損傷し、細胞機能の低下や老化に関連する変化の一因となる可能性があります。
この酸化ストレス防御に重要な役割を果たしているのが、グルタチオンです。
グルタチオンは、還元型グルタチオンとして抗酸化反応に利用されると、酸化型グルタチオンになります。
この酸化型グルタチオンを再び還元型グルタチオンとへ戻す役割を担っているのが、グルタチオン還元酵素です。
そして、このグルタチオン還元酵素が働くために必要な補酵素の一つがFADです。
グルタチオン還元酵素はFADを補酵素として利用し、NADPHから受け取った還元力を利用して、酸化型グルタチオンを還元型グルタチオンへ戻します。
NADにリン酸Pが追加されたのがNADPで、還元されたものがNADPHです。
NADHと同じく電子を運ぶ能力を持ちますが、NADPHは主に抗酸化など細胞を維持するための電子を運ぶのに利用されます。
つまり、この反応にはFADだけでなく、NADPHも必要です。
FADはグルタチオン還元酵素の補酵素として機能し、NADPHは還元力を供給します。
こうして再生された還元型グルタチオンは、細胞内の多様な抗酸化反応に利用されます。
このことから、FADは電子伝達系でエネルギー産生だけでなく、グルタチオン還元酵素を介した酸化ストレス防御にも関与していることが分かります。
ここでも、NADとFADは完全に別々に働いているわけではありません。
NADとNADH、そしてNADPHは、それぞれ異なる役割を持ちながら、細胞の酸化還元状態や代謝を支えています。
FADもまた、多様な酵素の補酵素として働きます。
つまり、細胞の恒常性を維持するためには、NAD系とFAD系の両方が必要なのです。
3.NADワールドから見たNADとFAD
これまでのシリーズで紹介した今井眞一郎教授のNADワールドは、NAD代謝を中心に、視床下部、脂肪、筋肉(骨格筋)などの臓器間ネットワークが互いに情報を交換しながら、全身の老化や恒常性に関わるという概念です。
NADワールドでは、eNAMPT(イーナムピーティー)やNMNなどを介した臓器間コミュニケーションが重要な役割を果たします。
一方、FADはNADワールドそのものを直接制御する分子ではありません。
しかし、各臓器の細胞内では、NAD代謝によって支えられるな細胞機能と、FADを含むミトコンドリアのエネルギー代謝が密接に関係しています。
細胞が生命活動を維持するためには、エネルギーをATPという形で供給する必要があります。
そのATP産生には、NADHとFADH₂が電子伝達系へ電子を供給する仕組みが関わっています。
さらに、FADはグルタチオン還元酵素などの働きにも関与し、酸化ストレス防御を支えています。
つまり、NADワールドという「全身のネットワーク」と、FADを含むミトコンドリアの「細胞内エネルギーシステム」は、別々に存在しているのではありません。
NADとFADは、それぞれ異なる役割を担いながら、エネルギー代謝、酸化還元反応、ストレス応答などを通じて、細胞の恒常性を支えています。
さらに視点を広げれば、視床下部や脂肪、筋肉(骨格筋)などの臓器間ネットワークと、細胞内のミトコンドリア代謝は、完全に独立したシステムではありません。
全身レベルの臓器間コミュニケーションと、細胞レベルのエネルギー代謝や酸化還元反応が重なり合うことで、私たちの身体は恒常性を維持しています。
この視点から見ると、NADとFADは「どちらが重要か」という関係ではありません。
NADとFADは、それぞれ異なる場所、異なる反応で働きながら、生命活動を支える一つの大きなネットワークの中で協力しているのです。
まとめ
老化を制御することにおいてNADとFADは異なる役割を担っています。
NADは、サーチュイン、PARP、CD38などのNAD依存性酵素を介して、DNA修復、代謝調節、ストレス応答など、細胞の恒常性維持に関わっています。
一方、FADは電子伝達系や脂肪酸代謝を助けるだけでなく、グルタチオン還元酵素などのFAD依存性酵素を介して、細胞の酸化ストレス防御にも関与しています。
近年の研究から見えてきたのは、「老化はNADだけで説明できる現象ではない」ということです。
NADは細胞内の多様な代謝反応やストレス応答をつなぐ基盤の重要な補酵素であり、FADはエネルギー代謝や酸化還元反応を助ける重要な補酵素です。
そして重要なのは、NADとFADが別々に働いているわけではないということです。
NADとFADは、それぞれ異なる反応を担いながら、エネルギー代謝、酸化還元バランス、DNA修復、ストレス応答などを通じて、細胞の恒常性を支えています。
オーケストラに例えるなら、NADは「指揮者」でFADは「演奏者」ですが、単純な上下関係でないのです。
それぞれが異なるパートを担当しながら、互いに連携することで、一つの音楽を奏でています。
NADとFADの二つの補酵素の関係を理解することは、エネルギー代謝を理解するだけでなく、老化という複雑な現象を理解するための重要な手がかりになるのです。
今回もFADの前駆体のビタミンB2とNADの前駆体のナイアシンアミドのリンクをしておきます。
本記事は健康に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の疾病の診断、治療、予防を目的とするものではありません。
体調に不安がある場合は、医師等の専門家にご相談ください。
次回はシリーズ第4回目の最終回です。
通常通り月曜日と木曜日に戻って7月27日(月)午前10時です。
これまで解説してきた内容を統合し、「なぜNADとFADは競合ではなく協調して働くのか」、そして今後の老化研究や健康寿命延伸の研究が目指す方向について総括します。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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