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スチームおじさんの大学院編  第1話:極限の世界へようこそ ――伏魔殿の幕開け、Grad Schoolの洗礼――

30代半ば、スーツケースひとつ抱えて、
アメリカの見知らぬ土地に降り立った男がいた。

名は「スチームおじさん」。
社会人経験を経て、英語もろくに話せぬまま、
その男は、無謀とも言える「大学院留学」に挑んだ。

そこは、ただの勉強では済まされない、
**人間の本質と、生き残りをかけた戦場(Grad School)**だった。

襲いかかる“想像を超えた勉強量”と、
交錯する価値観、すれ違う協力関係。
そして、突きつけられる現実。

彼には、IBS(過敏性腸症候群)と痔という持病もあった。
身体も心も追い詰められながら、それでも彼は前を向く。

これは、笑って泣ける“もうひとつのアメリカン・ドリーム”。
そして、君の中の「まだ終わっていない夢」に火を灯す物語である。

スチームおじさんは、社会人としてのキャリアを経て、アメリカに渡った。
とうに三十路を越えてからの挑戦――それは世間から見れば、少し遅咲きの船出だったかもしれない。
周囲の留学生たちは、10代から20代前半。
希望とエネルギーに満ちた若者たちの中で、
スチームおじさんはひとり、社会の“酸いも甘いも”を噛みしめてきた身として、
少し違う視点で、この新天地を見つめていた。
学士課程も終盤に差しかかったある日、彼は悩み始める。
アメリカで働くか? それとも、日本に帰るか?
どちらも容易ではなかった。
そして彼は、もうひとつの選択肢に目を向ける。
「……大学院に進もう」
だが、そう決めたのは卒業が目前に迫ったタイミング。
十分なリサーチをする時間もなく、選択肢は限られていた。
アメリカの大学院への進学には、通常、**GRE(Graduate Record Examination)**という試験のスコアが必要になる。
だが、スチームおじさんの通う大学には、GRE不要の大学院プログラムが存在していた。
「滑り込み」だったかもしれない。
それでも、彼にはもう迷う理由などなかった。
彼はすぐに、かねてより信頼を寄せていた恩師――**Dr.H(通称:お師匠)**の元を訪ねる。
「大学院に進みたいんです」
そう告げたスチームおじさんに、Dr.Hはうなずき、静かにアプリケーションの手順を教えてくれた。
**Statement of Purpose(志望動機書)**の草案を書き、
何度も添削を受けては書き直す日々。
内容が整うと、提出に向けての準備が一気に進んでいった。
そして、ある日——
「Congratulations. You’re in.」
その一言をもって、スチームおじさんの新たな戦いの扉が、静かに、しかし確かに開かれた。
1月上旬。
雪が深々と降り積もる朝、スチームおじさんは一張羅のスーツに身を包み、凍える手を胸に抱きしめながら大学のキャンパスに立っていた。
30を過ぎての挑戦。
社会を経験した者としての覚悟と、消えない不安が胸の奥で静かに交錯する。
そんな彼の前に現れたのは、大学院プログラムの主任講師(Dr.W)だった。
教授は教壇に立つと、まるで法廷の判事のように静かに、しかし明確にこう言い放った。
“Welcome to the grad school.”
“Grad school is not for everybody.”
——その瞬間、空気が変わった。
まるで、戦場に足を踏み入れた兵士のような緊張が、教室に流れ込む。
教授は続ける。
“Undergraduates are knowledge consumers.”
“Graduates must be knowledge builders.”
“This is a State University. That means your education is funded by American taxpayers.”
“You must study hard and give back to the country.”
「学部生は“知識の消費者”だ。
だが、大学院生は“知識を生み出す者”でなければならない。
ここは州立大学だ。つまり君たちの教育はアメリカ納税者の税金で賄われている。
だからこそ、必死で学び、社会に貢献しなければならない。」
※アメリカの大学院は、日本とは違い“知識を創造する存在”としての責任を問われます。
このセリフは、その覚悟を突きつける“洗礼”のようなものでした。
スチームおじさんは思った。
「これ、もはや“授業”じゃねぇ、“覚悟”の世界だ……」
やがて手渡されたGraduate Handbookに目を通し、彼の顔がこわばる。
“If your GPA falls below 3.0 even once, you will be immediately dismissed from the program.”
“If you receive two C grades, your academic performance will be reviewed for potential dismissal.”
“Any violation of Educational Honesty will result in instant expulsion from the university.”
“Once expelled, you may be barred from reapplying to any U.S. graduate program for several years.
Attempting to do so without disclosure will result in severe penalties.”
「GPAが一度でも3.0を下回った場合、即・強制退学とする。」
「C評価を2科目以上取得した場合、アカデミックパフォーマンスに関する協議対象とし、状況に応じて退学措置を検討する。」
「教育的誠実性(Educational Honesty)を違反した場合、即・除籍処分とする。」
※GPA──Grade Point Average。
日本でいう“成績の平均点”のようなもの。
A=4点、B=3点、C=2点……という採点方式で評価され、平均3.0未満になると「即・退学」というルールだ。
つまり、常に「平均B以上」をキープしなければならない
**一切の油断も許されない「地獄の平均点システム」**である。
「これ、"気合い入れろ"ってレベルじゃねぇぞ……」
スチームおじさんは、思わずペンを落としそうになった。
スチームおじさんは、とんでもない世界――そう、伏魔殿に足を踏み入れたことを、少しだけ後悔し始めていたが学費も振り込んだし後悔するには遅すぎた。そして、まだ、何も始まっていなかったのだ。
流石に、これはやばいと思い、グループで乗り切るしかないと思った。大学編入直後はグループワークに苦戦したが、あの時の俺じゃない、きっとうまくやれるはずだと自分を奮い立たせていた。
その時隣にいた、タオ(ベトナム出身の女性)がこちらを見てつぶやいた。教室の隅で、タオが小さくつぶやく。
“Now you know... why some don’t survive.”
ようこそ、大学院へ。
ここは「極限の世界」――Dead or Survive.
登場人物紹介:伏魔殿に集いし者たち
オリエンテーションが終わると、教室は一気に静まりかえった。
だが、あの重たい空気を拭いたかったのか、スチームおじさんは真っ先に手を挙げた。
「Hi, I’m Steam. From Japan. I used to work in healthcare, and... well, I’m a little older than most of you. Nice to meet you.」
笑いが起きるでもなく、かといって無視されるでもなく、微妙な空気が流れた。
それでも、自分の存在を一番に刻んだことに、少しだけ安堵する。
続いて、前列の女性が名乗った。
「I’m Thảo from Vietnam. I just graduated from National University back home.」
鋭い眼差しと冷静な声のトーン。
彼女の名はタオ。後に“戦友”と呼ぶことになる存在だ。
その横で、ニコリと笑った青年が口を開く。
「I’m Hưng. Also from Vietnam. Same university. I majored in accounting.」
ハン君――タオとは対照的で、穏やかで柔らかい雰囲気。会計のプロで、数字にめっぽう強い。
次に名乗ったのは、凛としたオーラをまとうアメリカ人女性。
「I’m Connie. I’m running my own business, and pursuing grad school to expand my vision.」
コニー。実業家としての顔を持つキャリアウーマン。彼女の意見は常に筋が通っており、クラスの中で一目置かれる存在。
その後も、次々と仲間たちが名乗りを上げていく。
「I’m Johnny. I work here at the university, in administration. Glad to join you all.」
──ジョニー。大学職員として働きながら学ぶ、静かな努力家。
「I’m Nora. From… well, Kenya. My father owns some companies.」
──ノラ。金持ちの娘でプライドが高く、課題には消極的。正直、扱いが難しい。
「I’m Michael. Originally from Africa, but I’m a U.S. citizen now. I work at Walmart to support my family.」
──マイケル。寡黙な苦労人。家庭と学業を両立するその姿勢は、皆の尊敬を集めた。
だが、彼の物語には、思わぬ落とし穴があった……。
「I’m Erik, from Norway. I play ice hockey. That’s actually why I’m here.」
──エリック。ノルウェーからの交換留学生。控えめだが、誠実な青年。
「I’m Chuka. From Nigeria. I have a master’s degree from the UK already.」
──チュカ。年齢不詳のナイジェリア人。イギリスで修士を持つと言うが、詳細は一切語らない。全てが謎に包まれた男。
「I’m Emeka. From Nigeria. Good to be here, y’all! Let’s make this a great semester!!」
──エメカ。同郷のチュカとは対照的に、陽気で豪快。笑い声がよく響き、場を明るくする存在。
そして──教室の空気が、一瞬で変わった。
「I’m Sofia, from Latvia.」
その瞬間、スチームおじさんの時間が止まった。
ソフィア。まるでファッション雑誌からそのまま抜け出してきたかのような、神がかった存在感。
小さな顔、圧倒的なスタイル、透き通るような白い肌。
その姿は、まるで別世界の生き物のようだった。
「…………。」
言葉を返すこともできず、ただ、見惚れてしまっていた。
──こうして、この教室に集まったのは、
それぞれの事情、過去、夢を背負った者たち。
まさに、多国籍チームの開幕である。
だが、この伏魔殿のような大学院において、
“全員が生き残れる”保証など、どこにもなかった。
シラバス、そして絶望の書
教室での自己紹介が終わると、講師からシラバスが配られた。
スチームおじさんは、ふと目を落とす。
「……え、今なんて……?」
講義第1回のリーディング範囲に書かれていたのは――
“Read: pp. 1–215”
「……215ページ……?」
目をこすってもう一度見たが、数字は変わらなかった。
「え? いやいや、これは……ミスプリントだろ? ページの区切り、間違ってないか?」
小さな期待を胸に、本屋へ向かう。
シラバスに記載されていた教科書を探し、棚から引き抜いた瞬間、手首にずっしりとした重みがのしかかる。
「な、なんだこれ……辞書か……? 六法全書か……?」
分厚い。とにかく分厚い。
ページ数は優に800ページ超え。しかも英語。しかも字が小さい。
「これ、週に読めって言ってるの? いや、マジで? てか、俺、アメリカ来て3年で英語慣れたつもりだったけど……これは、無理があるだろ……」
脳内に警報が鳴り響く。
“This is not undergrad anymore.”
“You’re in the jungle now.”
これが“大学院”か。
「Grad school is not for everybody」――あの教授の言葉が、脳内で何度もリピート再生される。
スチームおじさんは、重い教科書を抱えながら、
キャンパスの片隅でそっとつぶやいた。
「……ちょっと、泣いていいかな……?」
だが、まだ何も始まっていなかった。
スチームおじさんは、震える手で教科書を抱え、重い足取りで図書館の自習スペースへと向かった。
「まじで……これ、ほんとにやるのか……」
まだ、課題も、試験も、グループワークも始まっていない。
だが、すでに精神と肛門にはじわじわと“あの違和感”が――
そう、奴は静かに、だが確かに──
再び眠りから覚めようとしていた。
IBS:Irritable Bowel Syndrome
それは、極限環境で真の姿を現す。
スチームおじさんは、まだ知らない。
この先に待つ、地獄のレポート群。
崩壊するグループワーク。
そして、KFCの夜を──
──いや、それだけじゃない。
あの夜、**起こる最悪の“事件”**を。

後書き:ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

この物語は、実話をもとにしたフィクションです。
実際にアメリカの大学院に進学し、IBS(過敏性腸症候群)や痔と闘いながらも、
なんとか生き抜いた“スチームおじさん”の記録です。

社会人からの挑戦。
留学という名の“伏魔殿”に飛び込んだ男の、不器用で、情けなくて、でもどこか愛おしい戦いの日々。

笑ってもらってかまいません。
「こんな人もいるんだな」と、ふと心が軽くなってもらえたら、
それだけで、この作品は存在する意味があります。

📚 「スチームおじさん」シリーズは3部構成になっています!

1️⃣ OTA外伝(全4話)
→ 社会人から社会人受験への挑戦とIBS発症のルーツ

2️⃣ 本編(全6話)
→ この物語の“核”がここにある。
本編6話、魂の記録を一気見したい方はこちらから。

3️⃣ 大学院編(現在連載中・全13話)
→ 社会人大学院生として“伏魔殿”に挑む怒涛の日々←今ココ!

次回――
課題地獄と、静かに再発するIBSの恐怖がスチームおじさんを襲う。

お楽しみに。

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