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OTA外伝スピンオフ前編: 「避けられなかった出会い」Episode 0-A ― あれは、IBSとの運命のプロローグ ―

前書き:※この作品は【NOTE創作大賞2025】エントリー作品です。

あの頃、僕らはまだ「人生の正解」を探そうとしていた。

OTA外伝スピンオフ前編「避けられなかった出会い」は、
スチームおじさんが“あの日”初めてIBS(過敏性腸症候群)と出会った、すべての始まりの物語です。

舞台は就職氷河期の日本。
不景気と不安、プレッシャーと孤独、そして“奴”の静かな襲来。

これは、ちょっと恥ずかしくて、でもどうしようもなく切実だった、
「誰にも言えなかった闘い」と、それを見守ってくれた人たちの話。

“笑い”ながら、“少し泣けて”、“明日を生きる勇気”になる、
そんな物語になればと思いながら書きました。

誰かの心に届きますように――。

1990年代後半から2000年代初頭、日本はバブル崩壊後の不景気で長いトンネルから抜け出すことが出来ずにいた。この長い不景気はその時代の多くの若者たちの人生設計を狂わせていた。就職氷河期と呼ばれ、当時は大学を出ても自分が満足できる仕事に就くことが至難であった。今の人手不足の時代からは、にわかに信じがたい話かもしれないが、あの時代は本当に“出口のない迷路”のようだった。
 スチームおじさんも、その迷路の中でもがいていた一人だった。就職活動には苦戦し、母親の病気も重なって、医療系の資格に自然と興味を持つようになっていった。しかし、経済状況と就職難のため、当時の学校の入学試験の倍率は10倍を超えていた。希望する道に進むには、もはや“賭け”のような気持ちが必要だった。
 スチームおじさんも受験勉強を頑張ったが、入学試験の高い壁を独学では超えることが出来なかった。そこで、なけなしの貯金をはたいて「看護医療の専門でやっている面接・実技・学科…全科目に対応する特化型の受験予備校」の門を叩くことになる。そう、この選択が後に奴との「避けられない出会い」につながることになるとは、このときは夢にも思っていなかった。
 予備校の通学が始まると、スチームおじさんはすぐにクラスメートと打ち解け、徐々に仲間が増えていった。有名大学を卒業したが就職活動に納得できずこちらの道へ来た者、10年OLをやって看護の道を目指している女性、兄弟が医療系で働いている者など、皆がそれぞれの事情と夢を抱えていた。最初は「戦友」のような空気があり、お互いに夢を語り合うような温かさがあった。
 しかし、授業が始まるとその空気は一変する。受験できる学校の数が限られていたこともあり、次第に「仲間」は「ライバル」へと姿を変えていった。「あいつは、今回の模試でA判定が出た」「あの子は前の職場から推薦状を貰えるから楽勝じゃん」――そんな声がちらほら聞こえ始め、笑顔の裏に競争意識がにじみ出てくるようになった。
 スチームおじさんの家庭は決して裕福ではなかったが、ありがたいことに両親は応援してくれていて、世間では一人前の年齢であったにもかかわらず浪人生として挑戦する姿勢を尊重してくれていた。だからこそ、「1年で結果を出す。それでダメなら次を考える」と、心の中で自分に誓っていた。その覚悟は、自分自身に想像以上のプレッシャーをかけることになる。
 そんな気持ちの揺れを、周囲は敏感に感じ取っていたのかもしれない。クラスメートの中には「悲壮感が漂ってるよね」と陰でささやく者もいた。その言葉に傷つきながらも、スチームおじさんは「絶対に結果を出して見返してやる」と、ますます自分を追い込んでいった。
 夏の暑さが残る9月のある朝、スチームおじさんは通学のために満員電車に乗っていた。車内はむせ返るような熱気と人いきれに包まれ、額にはじっとりと汗が滲んでいた。そんな中、突然お腹に異様な張りと圧迫感が走った。「ん?なんか変だぞ……」最初は違和感程度だったが、次第に腹部の膨張感が増していく。そう、それがすべての始まりだったんだ。
 「まずい……駅まであと2駅……」
 冷や汗が流れる中、吊り革にしがみつきながら、スチームおじさんは車内でじっと堪えていた。だが、次の瞬間、不意にお腹がゴロゴロと鳴り、車内にいたサラリーマンがちらりと視線を向けてきた。その視線が突き刺さるように感じ、「お願いだから何も起きないでくれ……」と必死に祈った。
 ようやく到着した駅で下車し、トイレに駆け込んだ時には、背中まで汗びっしょりだった。便座に座ると、おならがただ抜けるだけ。何度も、それだけ。「え?これだけ?」「え?今のなんだったの?」そんな拍子抜けとともに、得体の知れない恐怖がじわじわと腹の底からこみ上げてきた。
 それは、奴がすでに彼の生活に忍び込み、存在を主張し始めていた最初の決定的な兆候だった。
 こうした張りつめた空気の中、予備校への通学を続けていたある日、スチームおじさんは明確なお腹の異変に気付く。そう、“奴”はそーっと、しかし確実に、スチームおじさんの人生に登場したのであった。
 ある日の講義中、異常なまでのお腹の張りに見舞われ、苦しさに顔をしかめた。「あれ、コーラ飲みすぎたかな?」と自分に言い聞かせながらも、授業中に2、3度とトイレに立った。それでも授業には出続けた。現代文を担当していた優しい女性講師――どら焼き先生は「お腹が冷えてるんじゃない?冷房も強いし、腹巻きをして白湯を飲んでごらんなさい」と気遣ってくれた。
 だが、事態はそんな単純な話ではなかった。翌日から、奴は講義中も容赦なく襲いかかってくるようになった。2度、3度と講義の途中でトイレに立つのが当たり前になり、クラスメートの視線も徐々に冷たくなっていった。
 ある日、クラスの中心的な存在だった男子が「どうした?最近、様子が変だな?大丈夫か?」と、心配そうな素振りで声をかけてきた。スチームおじさんは勇気を振り絞って、「お腹の調子が悪くて……ガスが止まらないんだ」と打ち明けた。
 彼は「気にしすぎじゃね?少し休んで気晴らししたほうがいいよ」と言ったが、その表情は「もうこいつはダメだな」と言っているように見えた。
 数日後には、スチームおじさんの「お腹の異変」はクラス中の噂になり、受験ストレスで張りつめた空気の中では、恰好の噂のネタと化していた。
 ある日、スチームおじさんはこんな声を耳にする。「一人目の脱落者が出たらしいよ」――それを、どこか嬉しそうにささやいた女子の声を、彼は決して聞き逃さなかった。
 そうして予備校は、彼にとって居場所のない窮屈な場所へと変貌していった。
 やむなく自習室を避け、地元の図書館へと場所を移したが、奴はそこでも容赦なく猛威を振るった。さらには、通学電車、外食のレストラン、ドライブ中の車の中……どこにいても安心できる場所はなくなっていた。
 とにかく、正体不明の病魔に体が蝕まれているという恐怖と、体の中で何が起きているのかという不安から、スチームおじさんは胃腸科、内科、神経内科、心療内科と次々に病院を回り、気がつけば診察券の山ができていた。
 処方された薬はガス止めや整腸剤などがほとんどで、気休め程度の効果しかなかった。絶望と喪失感は、計り知れないものがあった。
 ここから、奴との付き合いは、気の遠くなるほど長いものになるとは――この時のスチームおじさんには、知る由もなかった。
 「絶対に自分から降参はしない。俺がこいつらにやられるわけにはいかない」――そう意地だけで、予備校通いを続けていた。
 だが講義中、症状が出ていないにも関わらず(いや、出ていたのかもしれないが)、心ない言葉が耳に届く。「臭い」「人として最低」――それは、刺さるように彼を打った。
 そんな中でも、彼を支えてくれた人たちがいた。どら焼き先生は「スチームおじさん君は小論文でいい文章を書くようになったから、大丈夫、このまま頑張ってね」と背中を押してくれた。
 そして、担当の女性チューター――四つ葉さんは、真剣な目でこう言った。「スチームおじさん君はまじめだから、絶対に患者さんから慕われるよ。だから、自信を持ってね」。
 もし、彼女たちがいなかったら、あの“戦場”に立ち続けることは、到底できなかっただろう。
 季節は移り、肌寒さを感じるようになった頃。現役高校生の一人が、学校推薦で第一志望に合格したとの報せが入った。
 表向きは祝福ムードだったが、その瞬間から教室の空気はさらに緊張感を増した。「次は私だ」「今度は俺の番だ」――そんな目をして、皆が静かに闘志を燃やし始めていた。
 こうして、冬。そして本番の受験シーズンが、幕を開けようとしていた。

後書き:最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

IBS(過敏性腸症候群)という言葉すら、当時の僕には知らなかった。
ただ、苦しくて、怖くて、恥ずかしくて、
「なぜ自分だけがこんな目に…」と、何度も思ったのを覚えています。

でも、あの予備校の教室で、あの電車の中で、
笑われたり、傷ついたりしながらも、
それでも諦めずに立ち続けていた自分がいたこと。

今では、それが小さな誇りになっています。

IBSで悩んでいる人、生きづらさを感じている人へ。
誰にも言えない苦しみがあっても、
あなたの物語も、きっと誰かの希望になります。

📝 本作は #NOTE創作大賞2025 エントリー作品です。

『スチームおじさんシリーズ』OTA外伝 Episode 0-A
過敏性腸症候群(IBS)との出会いと、人生の原点を描いた物語です。

……次回、Episode 0-B では、
いよいよ冬期講習、受験本番、そして“あの一言”が登場します。
お楽しみに!

🟨 2025年6月21日 代ゼミ教育総研さまへ
このたびは拙作に「スキ」をいただき、心よりありがとうございます。

IBSという、見えにくく語られにくい症状に苦しみながら予備校生活を送った当時の記憶を、言葉にして届けたい──
そんな想いから、この物語を綴りました。

教育に関わる方々に読んでいただけたこと、驚きとともに深い感謝の気持ちでいっぱいです。

この物語を読んで、もし
「あの生徒が同じような症状で苦しんでいるかもしれない」
そう感じて、そっと手を差し伸べていただけたなら──

作者として、これ以上の喜びはありません。

あの頃の自分と、今まさに教室で闘っているかもしれない誰かに、
「大丈夫だよ」と静かに伝えられるような──
そんな作品でありたいと、心から願っています。

本当にありがとうございました。

そして、Noteでそっと応援の「スキ」を送ってくださった皆さんへ──。
orasiorannkaさんをはじめ、優しい感性を持つ読者の方に届いたこと、心から感謝しています。

📘 OTA外伝スピンオフ後編
Episode 0-B 第1話「そして、炎は託された」

社会人から進学を目指す、孤独と希望の物語が、今ここから始まる。

📘 OTA外伝スピンオフ後編
Episode 0-B 第2話 「冬期講習、追い込み、受験当日まで」
~孤独と祈りを力に変えて~

スチームおじさんシリーズは、全編で「笑いと痛みと、再生の物語」を描いています。
📚**スチームおじさん シリーズ一覧はこちらから!**👇

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