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スチームおじさん第五編 アメリカ留学記~自由な国で不自由な肛門~

【前書き】
『自由の国で、不自由な肛門』を旅する君へ
アメリカに留学する──って聞くと、キラキラしたイメージを持つ人が多いと思う。
でも実際はそんなに甘くない。言葉も文化も違うし、孤独もプレッシャーも、静かにボディブローみたいに効いてくる。
そして、まさかの“肛門”にまで異文化の洗礼がくるとは、行く前のスチームおじさんには想像すらできなかった。
この第五編は、ちょっと変な角度から留学を描いてるけど、
スチームおじさんにとってはリアルな記録であり、魂のこもった旅路のひとつ。
もし今、どこかで「なんで自分ばっかり、こんな目に」って踏ん張ってる君がいたら、
この物語がちょっとでも笑えて、ちょっとでも元気になれたらいいなと思ってる。
そう願いながら、スチームおじさんの留学記を届けます。
──スチームおじさん

スチームおじさんは、いわゆる「就職氷河期世代」のひとりだった。
人口の多さに加えて、日本経済は長く冷えきったまま。
就職活動は“自己PR”じゃなくて、ほぼ“運試し”だった。
それでもなんとか資格を取り、社会に出ることはできた。
だが、現実はそう甘くなかった。
「資格さえあれば一生安泰」なんて時代は、とっくに終わっていた。
目の前の仕事をこなすだけでは、給料も生活も頭打ち。
ましてや将来に希望なんて――持てるはずもない。
だから、スチームおじさんは決めたのだ。
「語学」と「ビジネス」という新たな武器を手に入れに行く、と。
その舞台は、自由の国・アメリカ。
だが、肛門には過酷な“文化的洗礼”が待っていた。

渡米してしばらくの間、スチームおじさんは自由の国・アメリカを心から堪能していた。
誰に気兼ねすることもなく、自分の思うように生きられるその風土は、この上なく心地よかった。
フレンドリーな人々。いくつになっても自由に生きられる社会。
周囲の目を気にする必要はなく、「これが私」「これが俺だ」と胸を張って言える環境。
そのすべてが、スチームおじさんの心を深く酔わせた。
約半年の語学学校を卒業し、いよいよ大学生活が始まると、スチームおじさんの生活は一変した。
そう――語学学校を終えた程度の英語力で、アメリカの大学の授業についていけるほど、甘い世界ではなかった。
本当の意味での“生存危機”が、ここから始まったのである。
授業に出ても、教授が何を話しているのか分からない。
クラスメートの言葉も、まるで異次元の音声に聞こえる。
圧倒的な英語力不足を補うため、スチームおじさんは毎日、教科書とにらめっこの日々を送ることになった。
そのうえ、毎週のレポート課題、グループワーク、そして翌日の予習――やるべきことは山のようにあった。
クラスのない休日ですら、図書館にこもって過ごす日々。
自由の国・アメリカでは、グループに貢献しない者は容赦なく排除される。
それが外国人であろうと、年上であろうと関係ない。
グループ分けの際には、面と向かってこう言われたこともあった。
「お前とは組みたくない。教授、この人、私たちのチームに要りません。」
運よくチームに入れてもらえたとしても、知らぬ間に課題が終わっていたこともあった。
話し合いの輪に入れず、スチームおじさんだけが“蚊帳の外”にされることも……。
こうしてスチームおじさんは、静かに追い詰められていった。
娯楽の時間は激減し、代わりに勉強時間とストレスが爆発的に増えていった。
——そして、この極限の環境が、“奴”を再び長い眠りから呼び覚ますことになるとは、
スチームおじさんは、まだ知る由もなかった。
アメリカに渡ってから、スチームおじさんの食生活は大きく変わった。
日本では野菜・肉・魚をバランスよく摂っていたが、アメリカでは“肉”が主食になり、圧倒的に食物繊維が不足していった。
学食にはサラダもあるにはあった。
だが、授業と課題に追われ、時間に余裕がなくなると、どうしても早く済ませられるファストフードに頼る日々が増えていった。
さらに、留学生にとって大学生活を“生き抜く”には、横のつながりが欠かせない。
同じ時期に語学学校で学んでいた仲間たちは、次々と大学に進学し、同じように授業を取り始めていた。
共通科目で一緒になることが多く、自然と助け合う関係が生まれていった。
彼らとの連携によって、クラスの課題やテストをなんとか乗り越えることはできた。
しかし、その代償は大きかった。
若い彼らは、とにかく飲みに誘ってくる
「今日は疲れたし、ちょっと一杯行こうぜ」
「明日テストだけど、まあ1杯だけ!」
スチームおじさんも“後の人間関係”を考えると、断ることができなかった。
こうして、肛門にとってはダメージの蓄積となる日々が始まった。
さらに追い打ちをかけたのは、ルームメイトの韓国人青年。
本国にいる母親から、ダンボールいっぱいの本格韓国料理が定期的に送られてくるのだ。
キムチ、辛ラーメン、ヤンニョムチキン、辛味スープ……
「良かったら一緒に食べる?」
彼はとても優しく、スチームおじさんにも惜しみなく分けてくれた。
和食から遠ざかっていたスチームおじさんは、その心遣いが嬉しくて、遠慮せずにバクバク食べた。
——だが、その“刺激”が、着実にスチームおじさんの肛門を追い詰めていくことになるとは、このときまだ気づいていなかった。
アメリカのトイレ事情もまた、スチームおじさんの肛門にとっては過酷な戦場であった。
まず、ウォシュレットが存在しない。どこの施設にも、家庭にも、見つからない。
肛門の衛生環境は、日本にいた頃よりも確実に悪化していった。
さらに、トイレットペーパーの質も悪い。
紙質はゴワゴワで、柔らかさなど微塵もない。
肛門のコンディションが悪い日などは、
「これは紙やすりか…?」と、本気で疑うほどの摩擦だった。
紙で拭くたびに、ヒリつき、時には出血。
そのたびにスチームおじさんは、唾液をトイレットペーパーに垂らして湿らせるという、自己流ウォシュレットを開発した。
しかし、それも気休め程度で、あまり効果はなかった。
さらにアメリカでは、湯船に浸かる文化がほとんどない。
ほとんどの家庭がシャワーのみで済ませる生活。
**肛門にとって唯一のオアシス=「お風呂タイム」**が奪われたことも、地味に致命的だった。
ストレス、食生活、トイレ環境、そして生活文化――
それらすべてが、ボディブローのように少しずつスチームおじさんの肛門を追い詰めていく。
そしてついに――
眠っていた“奴”が、再び目を覚ます日がやってくることになるのだった。
ある朝、目覚めと同時に、肛門に鋭い痛みが走った。
寝返りを打つたびに、じんわりとした熱の感覚すらある。
「まさか…」
嫌な予感に駆られ、鏡を手にトイレへ向かったスチームおじさん。
そして、そこで――“奴”がいた。
そう、「痔」だった。
再発。それも、アメリカという異国の地で。
鏡越しに見つけた“奴”の姿に、スチームおじさんは思わず動揺した。
また、お前か。
また、ここでも、邪魔をするのか。
次々に不安が押し寄せる。
「手術になるのか?」
「保険はカバーされるのか?」
「授業はどうする?出席日数は?課題は?誰が代わりに……」
頭の中で、疑問と不安が浮かんでは消え、また浮かぶ。
まるで、止まらない腹のガスのように。
その繰り返しは、静かに、しかし確実にスチームおじさんを追い詰めていった。
スチームおじさんは、大学のキャンパスに常駐している看護師の部屋を勇気を出して訪ねた。
「どうしたの?」と優しく聞いてくれた看護師に、拙い英語でこう伝えた。
「I have a pain in my anus.(肛門が痛いんです)」
すると、30代くらいのやわらかな笑顔のナースは、こう返してきた。
「You don’t have to be embarrassed. Love comes in many forms.」
(恥ずかしがらなくていいの。愛の形はひとつじゃないから)
スチームおじさんは、一瞬何のことか分からなかった。
やがて、その言葉の意味を理解し、そっと目を伏せた。
「……違うんだ。欲しかったのは“関係の相談”じゃなくて、“炎症を抑える薬”だった。」
ただ、うまく説明する語彙も勇気もなく、
彼は「Thank you」とだけ言い残して、その場を後にした。
その日の午後。
同じ学生寮のフロアに住んでいた、**RA(Resident Assistant)**の青年に声をかけてみた。
彼はアメリカ人の25〜26歳くらいで、頼れる兄貴分のような存在だった。
最初はやや驚いた様子だったが、
スチームおじさんが勇気を振り絞って状況を説明すると、
「Ahh... got it. You need some hemorrhoid cream, man.」と理解してくれた。
すぐに車を出してくれ、近くのドラッグストアに連れていってくれた。
彼の案内で軟膏タイプの薬を手に入れ、スチームおじさんはなんとか自力で処置を始めた。
こうして、奴──痔は再び静かな眠りについた。
異国の地で、奴――痔との戦いはようやく幕を閉じた。
英語も少しずつ身につき、孤独な戦場だった大学生活も、
やがて“日常”として穏やかに流れるようになった。
多くの人の助け、さりげない優しさに支えられて、
スチームおじさんは無事に卒業の日を迎える。
偏見やすれ違い、時に涙もあったけれど、
この留学が、スチームおじさんという人間の幅と深さを、
間違いなく育ててくれたのだと思う。
卒業式の日。
あのR.Aの好青年と再会し、言葉はいらず、固く抱き合った。
「おめでとう」――その一言に、すべてが詰まっていた。
その夜は、仲間たちとバーをはしごした。
最後の1杯をその青年と交わしながら、
スチームおじさんは心のどこかでこうつぶやいた。
「さようなら、アメリカ。
そして、ありがとう。不自由だった俺の肛門にも。」
こうして、スチームおじさんの留学は、静かに幕を下ろした。
でも、彼の物語は、まだまだ続いていくのだった──。

あとがき
この物語は、スチームおじさん自身が実際に経験した出来事をもとに綴った、ちょっと笑えて、ちょっと切ない実録エッセイです。
異国での生活には、言葉の壁、文化の違い、孤独、誤解、身体的な不調……
そのどれもが「自分」という人間の輪郭を問い直す試練となります。
けれど、どんな苦しみの中にも、人の優しさは存在します。
予想外の場面で差し伸べられる手、見返りを求めない親切、心に残る一言。
それがあるから、スチームおじさんは前を向いて歩いてこられました。
そして今、これを読んでくれている誰かに――
かつて苦しんでいた“あの頃の自分”と同じように、不安や痛みに耐えている誰かに、伝えたい。
大丈夫、君もきっと大丈夫だ。
大丈夫、君もどこへだって行ける。俺がそうだったように。
生きるって、ちょっと面倒で、たまに痛くて、でも…意外と悪くない。
そんな気持ちが、いつか君の心にも、そっと届きますように。

※追記
元ソニーで海外法人経営をご経験された 大槻裕三さん、フォローありがとうございます。
異国での生きづらさや、それでも前を向こうとする姿に、何か通じるものを感じていただけたとしたら、
作者としてこれほど嬉しいことはありません。

── スチームおじさん

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