スチームおじさん第六編 IBS:屈辱と悲しみを超えてBeyond the humiliation and sadness〜さよならじゃない、でも支配はさせない〜
前書き
はじめに──「さよならじゃない、でも支配はさせない」
これは、IBS(過敏性腸症候群)という、
一見すると見えにくい“戦い”を描いたスチームおじさんの最終章です。
初めてこの物語に触れる方もいるかもしれません。
これまでのシリーズでは、IBSによって失った青春、悔しさ、笑い、涙、そして手術など──
様々な出来事を、時にユーモアを交えながら描いてきました。
今作は、そんな過去をふまえて、
**「IBSと共にどう生きるか」**に焦点をあてた“静かな対話”です。
IBSを経験してきたすべての人に、
そして、かつての自分自身に向けた、ささやかな手紙のような一編です。
読み終えたあと、
あなたの中に、ほんの少しでも“笑える時間”が増えたなら──
書き手として、それ以上の幸せはありません。
IIBSとの付き合いは、もう四半世紀になる。
現在の俺は、薬をやめて15年以上が経つ。
けれど、「治ったのか?」と聞かれれば──もう自信はないし、正直、わからない。
ときどき、ふとした瞬間にフラッシュバックのような感覚が押し寄せそうになる。
それでも今のところ、奴は──おとなしくしている。
思い返せば、いつも──奴は、俺の人生に水を差してきた。
楽しいはずだった学生生活。
うまくいくはずだった、彼女との関係。
受験勉強、新しい職場での出会い──
そして、異国の地にまでついてきて、
その節々で、ことあるごとに邪魔をしてきた。
スチームおじさんは今もなお、奴と“停戦中”だ。
だが、それはあくまで一時の静けさにすぎない。
戦いは、続いている。
この先も、奴が俺の人生に関与してくるだろう──
そんな嫌な予感を、生物としての本能がはっきりと告げている。
幸い、日常生活や仕事に支障はなく、穏やかに暮らせるまでには回復した。
それでも──
学生時代、IBSを面白おかしくいじってきた奴、馬鹿にしてきた奴。
そして、本来は理解し、守る立場だったはずの大人たち。
俺は今でも、彼らを許してはいない。
人の痛みに寄り添おうともせず、茶化し、無知の偏見で傷つけてきた人間たちを、
これからも許すつもりはない。
アメリカで暮らしていた頃、
あるとき出会った言葉が、今でも頭から離れない。
マーティン・ルーサー・キングJr.のこの言葉だ。
「この世界でもっとも危険なのは、誠実な無知と良心的な愚かさだ。」
彼が語ったのは、人種差別のことだった。
だけど、俺にはそれが──IBSのような“見えない障害”に対する、
無自覚な偏見にも通じる気がしてならなかった。
「悪気がない」からといって、
「気のせいだろ」「甘えてるだけ」「怠けてるんじゃない?」
そんな言葉が、俺たちを傷つけないわけじゃない。
むしろ、その**“無知の善意”**こそが、
俺たちの心を静かに、でも確実に蝕んできた。
それを、俺は身をもって知っている。
だが今、スチームおじさんは──
もう、その影響を受けてはいない。
ある日の通勤電車の中で、
若い男の子が、お腹を抱えて不安そうに座席でうずくまっていた。
スチームおじさんは、一目で「それ」だと分かった。
声をかけることはなかった。
けれど、本当はこう言ってあげたかった。
「大丈夫。今はつらいけど──
この先もずっと、この状態が続くわけじゃない。
そして、いつか君にも、笑える日がきっと来るから。」
彼の姿に、かつての自分を重ねていた。
いや──彼にエールを送るふりをして、
スチームおじさんは、“昔の自分”に向けてエールを送っていた。
しばらく時間はかかったけれど、
今では、笑える時間が、あの頃よりずっと多くなった。
家族・親友よりも遥かに長い間一緒にいたんだ、お前は。
お前のことは好きではない。むしろ、嫌いだ。
だが、そんなお前に皮肉を込めて──「連れ」と呼ぶことにする。
そして、その「連れ」に、最後にこう言ってやりたい。
「お前とは、もう離れられないのは分かってる。
付いてきたいなら、付いてこい。
ただし──おとなしくしてろよ。
もし暴れでもしたら、最新医学でぶっ叩く!
……さあ、先に進もう。」
そう、これは「さよなら」じゃない。
けれど──もう、俺の人生は“お前のものに”させない。
もう、支配はさせない。
なぜなら今、笑える時間が──ちゃんとここにあるから。
あとがき
最初は、こんなに続くとは思っていませんでした。
「IBSで苦しんでいる若い君へ」を書いた、あの日の夜。
どこかにいる誰かに、この言葉が届けば──
ただ、それだけの想いでした。
書き進めるうちに、自分自身の記憶がよみがえり、
あの時の悔しさ、悲しさ、無力さが、何度も胸を突きました。
でも不思議と、書き終えるたびに、少しだけ心が軽くなるんです。
あの頃の自分に、「よく頑張ったな」と言ってやれる気がして。
この作品は、僕の過去の物語ですが、
今、IBSで悩む誰かが──
未来に笑えるようになるための“ひとすじの灯”になれたら、
それが何よりの願いです。
また、書きたくなったら戻ってきますね。
その時は、また読んでください。
📚物語の原点を知りたい方へ──
スピンオフ『OTA外伝』も、ぜひご覧ください👇
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