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いつか一緒にエスコンへ〜今日からパパのリハビリが始まる


第3章【ここからはじまる回復への道】

「本当に、こんな病院があるの?」
そんな風に思うかもしれません。

でも、実際に私たちを救ってくれた、
光栄病院とパパを支えてくれたスタッフのみなさんのお話です。

第1話 いつか一緒にエスコンへ〜今日からパパのリハビリが始まる

パパの現在の状態

心肺停止から奇跡的に命を取り戻したものの、
「蘇生後脳症」による重度の高次脳機能障害。
目線が合わず、意思の疎通は困難。自発的な行動もほとんどない。
「全身の不全麻痺」手足の麻痺や呼吸の浅さといった運動機能の障害に加え、飲み込む・話すといった嚥下や言語機能の障害。
記憶や認知にも深刻な影響があり、たくさんの障害が残っていた。


希望の場所

地元の病院から長い道のりを経て、ついにお昼すぎに光栄病院に到着。

そこは、決して大きくもなく、すごい設備があるわけでも、きらびやかでもない病院だった。

でも、玄関に立ったその瞬間――
「ん?なんか違う…」

病院の中に入ると、すれ違うスタッフがみんな笑顔で挨拶してくれる。

え?ここって、すごくない…?
これまでの病院とはまるで空気が違った。


私にとって、病院といえば・・・

「忙しそうに走り回る看護師さんに、遠慮がちに声をかける家族」のイメージが強く残っていた。

家族が何か聞きたいときも、“今忙しいかな…”とナースステーションの前で迷ってしまう。
そんな空気を感じる場所。

もちろん、すべてがそうではないと分かっている。
だからこそ、声をかけやすそうな雰囲気が嬉しかった。


そして電話で何度もやり取りしてきたソーシャルワーカーの南原さん。
第一印象は、素敵なお姉さん。

初めて会った気がしないくらい、あたたかい笑顔で迎えてくれた。

看護師さんも、介護士さんも、みんな丁寧に挨拶に来てくれる。

――あぁ、やっと「希望の場所」に来たんだ。
そう思えた。


パズルのピースのように


私の親戚にあたる章にも会うことができた。

「パパのこと、お願いね。」

実は章とは、数ヵ月前に娘のキリが偶然、再会していた。

キリの実習先の病院が、ここ光栄病院だった。

キリの顎の手術前夜、ふと話したパパが転院する病院の候補が、まさか“章が働く光栄病院”だったなんて──


そのときのエピソードは、こちらの記事👇

まるでパズルのピースがピタッとはまるように、導かれるようにして見つけた“希望の場所”。

私は、自分で探し出したと思っていた。
でも、もしかしたら――
この再会は、最初から決まっていたのかもしれない。


スタッフの神対応

もちろん、ここにも面会制限はある。それは覚悟していた。

でも、ダメ元で聞いてみた。

「タブレットを持ってきたので…パパにレオの試合の動画を見せてもらえませんか?」

すると、スタッフさんがニコッと笑って言った。

「いいですよー!ご家族さん遠いし、何かできないかなと思ってたんです」

✨うれしすぎる…✨

調子にのって、もうひとつ図々しいお願いもしてみた。

「じゃあ…ライブ配信のアプリがあるんですけど、パパの様子を配信してもらえませんか?」

「えっ?やりましょう!やり方教えてください!」

本当に?…神様ですか、あなたたち。

病院の上の人に確認をとることもなく、
「他の患者さんが映らないように気をつけたら大丈夫ですよね」って。

――ここに来てよかった。
本当に、よかった。


でも長距離移動で、パパはぐったりと疲れていた。
その様子を見るのは、やっぱり苦しかった。


希望をつなぐ、1日3時間のリハビリ

このあと、担当医の山口先生との話があった。
まるで明治時代からタイムスリップしてきたような、丸メガネの先生。

パパの病状はとても珍しいこと。
回復の見通しもまだ分からないこと。
毎日、1日3時間、専門スタッフによるリハビリを行うこと。
**PT(理学療法士)** 立つ・座る・歩くなど基本的な身体の動きを少しでも取り戻すためのサポート。
**OT(作業療法士)** 食事や着替えなどの「日常の動き」や応用的動作能力や社会適応能力のサポート、心のケア。
**ST(言語聴覚士)** 言葉・飲み込み・呼吸など、命やコミュニケーションに関わる大切な機能を支えてくれる。


そして避けて通れない質問があった。
「延命措置は希望されますか?」

もし次に心臓に異常が出たら、きっと難しいかもしれない。
先生も、静かにそう言った。

遠方で、家族がすぐに駆けつけるのも難しい。

私は答えた。
「延命措置は、しなくて大丈夫です」

命の重みと、現実。
それを受け止めながら、正直、怖かった。
想像もしたくなかった。

ソーシャルワーカーの南原さんとの面談もあった。
退院後、パパが帰る場所について……もう?

私は答えた。
「家に帰ります!」
難しいことは分かってる。
でもパパは、あの日、仕事に行ってから家に帰ってきてないから…


南原さんは、難しそうに一瞬眉をしかめた。
でもーー
「希望はご自宅ですね。わかりました!」
「家で生活できるように頑張りましょう」
そう言ってくれた。

明日からは、土日関係なく
1日9単位=3時間のリハビリがスタートする。

この地で、新しいステージが始まる。

パパ、がんばれ


そして、明日は私の誕生日。
パパもママも、新しい一年のスタートだよ!


ごめんパパ。先にエスコン来ちゃった

「2024年4月6日―― 私の誕生日

パパが転院した翌日。
しれっと、レオとママはエスコンフィールドへ!

「パパ、ごめん!でも元気になったら一緒に行こうね」

野球観戦と、ちょっとの気晴らしと、
レオとの大事な思い出づくり。

スタンドに座って、私は心の中で叫んだ。
「絶対、パパをここに連れてくる。」

そして、その“約束”は――
後にちゃんと叶えられることになる。


もし、同じような経験をされている方や、何かを感じてくれた方がいたら、
コメントでも、メールでもいいので、気軽に話しかけてください。


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himawari_shiori_note@yahoo.co.jp

ひとりじゃないよ。
届いてほしい人に、ちゃんと届きますように。

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ひまわりの栞/それでもパパと暮らして行きたい介護ママ 読んでいただきありがとうございます。応援していただけると嬉しいです。 あなたにも小さな幸せがおとずれますように。