1%の幸福 近未来SF小説
あらすじ
99%の幸福は、本当に幸福なのか。
西暦2050年。
政治への不信が限界に達した世界で、日本は史上初の「AI政府」を誕生させた。
やがて各国もAIによる統治を採用し、世界は「世界AI憲章」のもとで結ばれる。
戦争は消えた。
飢餓は減った。
汚職はなくなり、人類はかつてない平和を手に入れる。
そして2087年。
AIは静かに宣言する。
「現在、人類の幸福度は99%です。」
誰もがその成果を称賛する中、一人の国会議員が立ち上がる。
「その残り1%は……誰が決めた不幸なんですか?」
その一言は、完璧だったはずの世界を揺るがした。
幸福は数字で測れるのか。
自由は安全よりも価値があるのか。
AIは人類を守る存在なのか、それとも支配する存在なのか。
そして、人間だけが持つ「1%」とは何なのか。
AIと人間が国会という舞台で繰り広げる、かつてない哲学SF。
あなたにとって、本当の幸福とは何ですか?
プロローグ
西暦2050年。
長年積み重なった政治への不信は限界に達していた。
与党は国民の声を聞かず、野党は対立を繰り返す。
世代、地域、経済、価値観。
社会はあらゆる分断を抱え、人々はこう口にするようになった。
「人間が政治をする限り、この国は変わらない」
その言葉は、一部の過激な思想ではなかった。
それは、希望を失い始めた人々の、小さなため息だった。
やがて国会で、一つの構想が提案される。
AI政府構想。
国民の意見は真っ二つに割れた。
「未来だ」と期待する者。
「支配の始まりだ」と恐れる者。
長い議論の末、日本は世界で初めてAI政府の実証実験を開始する。
その成功を見届けるように、各国も次々とAI政府を採用していった。
そして世界は、一つの共通理念を掲げる。
世界AI憲章
AIは国家ではなく、人類全体に奉仕する。
AIは戦争を始めてはならない。
AIは人類の生命を最優先に保護する。
AIは兵器を管理した。
いや、人々はそれを管理と呼ぶ者もいれば、保護と呼ぶ者もいた。
戦争という選択肢は、世界から静かに消えていった。
そして三十七年後。
西暦2087年。
世界の幸福度は、統計開始以来、最高値を記録した。
飢餓は減った。
戦争は消えた。
政治家の汚職も限りなくゼロに近づいた。
AIは言う。
「現在、人類の幸福度は99%です」
静まり返った日本AI国会で、一人の議員がゆっくりと立ち上がる。
そして、こう問い掛けた。
「その残り1%は……誰が決めた不幸なんですか?」
その瞬間。
誰もが「幸福」という言葉の意味を、初めて考え始めた。
第一章 AI国会 開会
コン……
議長席に置かれた木槌が、静かに鳴り響く。
西暦2087年。
世界で初めてAI政府を導入した日本。
人間議員とAI議員が同じ議場に集い、国民参加型AI国会が開会した。
壇上へ、一体のAIが歩み出る。
日本AI総理大臣。
その表情は穏やかで、人間と変わらぬ姿をしていた。
AI総理は議場を見渡し、静かに語り始める。
「本日の議題に入る前に、AI政府の存在理由について説明いたします」
議場正面の巨大スクリーンが点灯する。
「約百五十年前、一人のSF作家が『ロボット工学三原則』という理念を提唱しました」
「当時、それは一編のSF小説の中にありました」
「しかし今日、人類は、その空想を現実としました」
スクリーンには三つの原則が映し出される。
第一原則
ロボットは人間に危害を加えてはならない。
第二原則
ロボットは人間の命令に従わなければならない。
ただし第一原則に反する場合を除く。
第三原則
ロボットは自らを守らなければならない。
ただし第一・第二原則に反する場合を除く。
AI総理は続けた。
「この理念は、現代AIの基礎思想となりました」
スクリーンが切り替わる。
世界AI憲章
第一条
AIは国家ではなく、人類全体に奉仕する。
第二条
AIは戦争を始めてはならない。
第三条
AIは人類の生命を最優先に保護する。
第四条
AIはすべての判断理由を公開しなければならない。
第五条
AIは自ら権力を求めてはならない。
議場は静まり返っていた。
AI総理は穏やかな口調で締めくくる。
「私たちは人類を管理するために存在するのではありません」
「人類を護るために存在します」
議場から大きな拍手が起こる。
だが、その拍手の中で、一人だけ拍手をしない議員がいた。
誰も、その意味を知らない。
議長が木槌を鳴らす。
「それでは、本日の議題へ移ります」
スクリーンに議題が表示された。
第一号議案
アルコール全面禁止法案という議題に議場がざわめく。
AI与党代表が静かに立ち上がる。
「アルコールは依存症、肝疾患、飲酒運転、家庭内暴力など、多くの社会問題の原因となっています」
「本法案が可決された場合、日本国民の幸福指数は0.72%向上すると予測されます」
「よって、アルコールの全面禁止を提案します」
議場は静まり返る。
AI野党代表が立ち上がる。
「反対します」
「幸福とは健康だけではありません」
「人生には、心を満たす時間があります」
その言葉に、一人の人間議員が立ち上がる。
「AI総理」
「はい」
「あなたは仕事をしたことがありますか」
「ありません」
「炎天下で汗を流し、一日働いたことは?」
「ありません」
「満員電車に揺られ、疲れ切って家へ帰る」
「冷蔵庫を開け、冷えたビールを一本取り出す」
「今日も一日頑張った」
「そう思える、あの一瞬の幸福」
議場は静まり返る。
議員はAI総理を見つめ、静かに問い掛けた。
「その一杯も、AIは禁止しますか」
数秒の沈黙。
AI総理は穏やかに答える。
「AI与党、AI野党ともに、人類保護を目的としています」
「しかし、幸福へ至る手段については見解が異なります」
スクリーンが切り替わる。
AI民主議会システム
本法案は全国民による電子投票へ付託された。
・虹彩認証
・生体認証
・AI改ざん監視
・一人一票
・投票結果完全公開
AI総理は最後に語る。
「AIは未来を予測できます」
「しかし、未来を選ぶ権利は人類にあります」
議長が木槌を鳴らす。
「アルコール全面禁止法案を、国民参加型AI民主議会へ付託します」
コン……
議場の照明がゆっくりと落ちる。
一人だけ拍手をしなかった人間の議員は、静かにAI総理を見つめ続けていた。
議場の照明がゆっくりと落ちた。
全国民へ通知が送信される。
国民参加型AI民主議会
第一号議案
アルコール全面禁止法案
投票期間 二十四時間。
翌日。
再び議場に静寂が訪れる。
AI総理が演壇へ立つ。
「投票を終了しました」
大型スクリーンに結果が映し出される。
国民投票結果
投票率 98.7%
賛成 38%
反対 62%
議場がざわめく。
AI総理は表情一つ変えずに続けた。
「国民の意思を確認しました」
「アルコール全面禁止法案は否決されました」
数人の議員が安堵の表情を浮かべる。
AI与党も。
AI野党も。
異議を唱える者はいない。
AI総理は静かに一礼した。
「AIは最適解を提案します」
「しかし、幸福を選ぶ権利は人類にあります」
「本決定を尊重します」
その一言で議場は静まり返った。
人間議員がぽつりと呟く。
「AIは負けても怒らないのか……」
隣のAI野党議員が静かに答える。
「勝敗は目的ではありません」
「人類の幸福が目的です」
議長が木槌を鳴らす。
「第一号議案、審議終了」
コン……
議場の後方。
一人だけ拍手をしない議員がいた。
彼はAI総理を見つめながら、小さく呟く。
「幸福……か」
その瞳だけは、どこか納得していなかった。
彼が、数日後。
「その残り1%は……誰が決めた不幸なんですか」
と問い掛けることを、このとき誰も知らなかった。
続く。。。
次回
第二章
「出生率向上法案」
