【漫画原作】フットモンキー ~FooT MoNKeY~ 第1回
フットモンキー ~FooT MoNKeY~
#創作大賞2024 #漫画原作部門 #青春小説 #フットサル
あらすじ
フットサルのアマチュア選手である室井昴は、長年想い続けたプロのサッカー選手になる夢を捨てきれないでいた。だが、昴は現在28歳、彼女である瑞希との結婚や、将来に対する不安から、その現実とのギャップに苦しむも、チームメイトたちの後押しで夢を追うことを決意する。
そんな中で瑞希との恋路は一見順調そうに見えていたのだが、過去の事情から信頼関係に徐々にヒビが入り始めてしまう。そして、精神の未熟さによる周囲との不和、すれ違いによる別れなどを経て、二人の絆はより強固なものになって行く。
捨てられないから、夢なんだ
第一廻 昴のトラウマ
もう殆ど何もかもが嫌だった。陰鬱な生活も、長すぎる労働も、抑圧された人生も何もかも。何のためにここに居るのか、何が正しくて何が悪いのか、それを何度考えたのかも分からない。夢とは何なのか、勝利とは一体どこにあるのか。大切なことはいつも自分で決めなくてはならない。行動には常に責任が伴う。
「はあ、はあ、うあああああ」
「また、『あの夢か』――」
あの夢とは、彼がまだ高校生であった頃、彼にとって忘れられない『ある出来事』があった日の夢だ。6月から始まる静岡県フットサルリーグに向けての合宿が開始されるのを2時間後に控えた日の朝は、昴にとって最悪の寝覚めとなった。
5人部屋で寝ていた彼は、自分の声で起こしてしまった周りの4人に謝罪しつつも、あと少し寝ようか、それとも起きようかと迷っていた。すると、ドンドンドンとドアを叩く音がして、鍵を開けるとチームメートが二人なだれ込んで来た。
「おい昴、大丈夫か?俺らの部屋まで声が響いてたぞ」
「そうですよ。今日から合宿が始まるっていうのに、どうしちゃったんですか?」
そう言って声を掛けてきたのは同じチームのキャプテンである保と、少し頼りないが前向きで明るい後輩である蓮だ。
「ああ、大丈夫。ちょっと嫌な夢見ちゃってさ」
そうは言ったものの、確実に不安が残るような内容ではあった。
「それならいいんだけどよ。大事な大会前なんだし、あまり思い詰めんなよ」
「そうですよ!昴さんに何かあったら、僕らもうやって行けないんだから」
「悪りい悪りい。初日からこれじゃ、幸先悪すぎだよね」
皆はそれから朝食を食べ、すぐに準備をし、昴はいつものように怪我の予防のためのシンガードを着用すると、コートに出て軽くストレッチをした。
昴の所属している沼津バランサーズは、現在プレーヤー11名、マネージャー3名の総勢14名で、フットサルチームとしては比較的少なめの人数であった。
全員が社会人であるため試合の日と休みが合わないこともあり、毎日のお勤めが大変ではあるのだが、比較的休みが取りやすい公務員として勤務している面々が主力となっていた。
「おはよう、昴くん」
「ああ瑞希!おはよう」
声を掛けて来たのは昴の彼女で、付き合って8年になる瑞希である。瑞希は静岡市内のセレクトショップに勤めており、少し長めで綺麗な茶色い髪が自慢であった。
「マネージャーどうしたの?朝食の時に三人とも居なかったけど」
「ああ、美奈が昨日の夜遅かったから起きなくてーー」
「ははは、集合時間早かったもんね」
「そうそう。私と莉子で揺すっても爆睡してるんだもん」
「入部1週間で寝坊って大物だな」
「ほんとそうだよね。あれっ、そう言えば中くんは?」
「ああ、今回は仕事があるからパスだってさ」
「そっかー。仕事大変だもんね」
「偉いよな。障碍者枠でも働けるってのに」
「まああの知能を無駄にするのは勿体ないからね」
「そうだよね。よくやってるよ本当に。まあ人数少ないから助かるんだけど」
それから瑞希と談笑していると、選手たちがちらほらと出て来たようだ。
本作の主役である沼津バランサーズは、白と黒の縦縞のユニフォームが秀逸なチームで既婚者が多く、夕方に練習を行い、試合に出ているのはほとんどが固定のメンバーであり、技術のバラつきが顕著であるのを補うため、レギュラーメンバーに補欠の選手を一人加えて出場させるといったスタイルのチームである。
本日2002年5月3日から4日の間、名古屋市常滑市にある『りんくうビーチ』で合宿を行うことになっており、初日の今日は10時からの2部練となっている。全員がビーチに出揃ってストレッチをしている中、キャプテンである保が皆に檄を飛ばす。
「皆知っての通り、今日から静岡リーグに向けての合宿だ。初日は個人戦術、2日目は連携戦術、3日目は対人戦術、最終日はレクリエーションとビーチサッカーをやるから気合い入れて行くぞ!」
「おっしゃー!!」
勢い余って一人だけ声を発した蓮は、少しバツが悪そうに周りを見渡した。それからアップとして5分間のランニングをし、入念に20分間のストレッチを行った。
「あれっ、今日は長ランやんないの?」
「ああ、今回は特別なんだよ」
昴の問いかけにそう答えると、保は選手たちに向かって呼びかけた。
「それじゃあチーム分けするぞ」
「チーム分け?今回はそういう感じなの?」
「時間と道具の数の都合だ。効率よくやった方が皆のためだろ?」
「それはそうだね。じゃあソレで行こう。で、どう分けんの?」
「もう決めてあるんだ。昨日の部屋割り、アレが今回のチームだ」
「ああ、そういうことか。なんか変な分け方だなと思ったら」
「同じ部屋の方が話し合いがしやすくて都合がいいだろ?」
「それはそうだね。いろいろ考えてくれてんだね、保さん」
そしてこのチーム分けの結果、A班は塩皮、保、甘利、辛損、味蕾、B班は昴、蓮、苦氏、別記、酸堂となっており、レギュラーと補欠が半々というような状況であった。
「よっしゃ、それじゃラントレやるぞ!!」
保は今回の合宿では、午前中は徹底的に走力を鍛えることにしていた。
「ボールを持ったまま50mを25本、100mを15本走るぞ。それぞれ最初と最後のタイムに一番開きがあったヤツがペナルティとしてもう3本追加だ。それを知ってるからって手を抜いてるヤツは、俺が自主的に走らせるからな」
それから一同は、早速50mダッシュのトレーニングに移った。いつも楽しむことを念頭に練習しているためか、味蕾はすぐに辛く感じ始めたようだ。
「うえーしんどいなーコレ。なんか高校生みたいだ」
「体が痛くなるくらいでちょうどいい。日頃たるんでる自分への罰だよ」
普段は練習中に甘さがある保だが、今回は厳しく当たるようにしたようだ。そうは言ったものの、結局味蕾は昴に次いで全体としては2番で走破できており、結局2つとも蓮がビリとなってペナルティダッシュを行った。
「ああーキツい。けど、これなら体力付きそうですね」
「そうだろ?蓮のその前向きなのは凄く良いところだ。明日からは皆に勝てよ」
「はい、勝てるように気合い入れて走ります!」
けど結局、その後の3日間で蓮はこの練習において勝つことはできなかった。だが、彼のその直向きな姿勢を見ていたからこそ、保はただの一度も蓮を叱ることはなかった。
日頃の行いというものは、軽いことのようで案外みんな見てくれているものであり、頑張っていれば、思わぬチャンスが舞い込んできたりもするものなのである。
そして選手たちは浜辺に移り、間髪を入れずに手押し車の練習を行った。これは浜を50m往復で10本行い、最下位のペアが腕立てを50回行うというものであった。
人数がちょうど10人で各ポジション二人ということで、すんなりペアを組むことができた。細身で筋力に乏しい蓮と甘利ペアも苦戦したが、これは体重が重い保と辛損のペアが、毎回ビリになった。
「あ~、30回にしときゃよかったな。更に腕が太くなっちまうよ」
「ははっ、残念だったね保さん。自分で決めたんだからしっかりやんなきゃね」
この練習も一位でこなした昴は、揶揄うようにそう言った。
「蓮くんが休まず頑張ってくれたお陰で最下位を免れたよ」
「えっ、そうですか?ありがとうございます!甘利さん」
あまり褒められ慣れていない蓮は、正直に嬉しそうだった。
「保さん、ちんたらやってっからだよ」
「ははっ。相変わらず辛辣だな、辛損」
この二人はポジションは同じでも甘利は薬舌、辛損は毒舌と言った所であった。
そして一同は、昼食のカレーを食べた後ビーチに戻って練習を再開した。
「午後は個人練だ。主にやることはボールフィーリングとキック練だ」
ボールフィーリングは、ボールを上に上げながら後ろへ下がるドリブル、足裏で横に流して止める、流して止めるを繰り替えして往復するドリブル、ボールを引いて押して、引いて押してを繰り返して進むドリブルをやった。
次に二人組で、ドジングと呼ばれるオフェンスがドリブルをしながらディフェンスのポジションを確認する練習と、足裏でパスをし合って、縦に移動する練習を行った。
キック練はゴールポストに対しインステップキック、トーキック、スコップでゴール上部のクロスバーと、横部のゴールポストにそれぞれ1回当てるというルールで行い、最後まで残った人は、その場でスクワット50回のペナルティを課された。
「おっし、楽勝だな」
昴が全て1発で決めると、続く選手たちも多少苦戦したものの、全てのキックを当て終えた。だがここでキーパーもやっておくことになって参加した味蕾が、予想外に時間が掛かってしまった。
「おい、何やってんだよ、早くしろよ」
「あ、すません。おかしいな?なんで当たんないんだろ?」
昴からプレッシャーを受けた味蕾は焦ってはいるものの、そのコントロールは一向によくなる気配はなかった。ここでコツの一つでも教えてあげれば、すんなり事が運ぶのかもしれないが、この時の昴にはそんな気概はないのであった。
対策としてはバーに当たらないのは蹴ったボールが浮き球になっているため、もっと直線的なライナーのシュートを蹴らなくてはならないということ、体が開いていて角度がおかしいので、それを直すということであった。
ゴレイロである味蕾は普段動く人に向かって蹴ることが多いため、逆に止まっているものに対するアプローチは不十分なのであった。彼が漸くポストに当て終わり、急いでスクワットをすると、保が持ちわびたように号令を掛けた。
「おっしゃあ、締めの練習で『ロンド』やるぞ!!」
ロンドとはいわゆる鳥籠のことで、5人でボール回しをしている中に二人プレーヤーが入ってボールを奪おうとするといった練習である。試合でのボールキープを想定したものであり、かなり実践的な練習法である。
「これから3日間、毎日これだけはやるからな」
それからダウンを済ませ、皆はロッジに戻ってシャワーを浴びようとしたが、そこを保が呼び止めて、またなにやら始めるようだ。
「よ~し、それじゃあ筋トレするぞ」
「え~まだやんの~」
保の言葉を聞いた蓮は、わりと不満そうに声を上げる。
「当たり前だ。遊びに来たんじゃないんだぞ」
「う~ん、まあそうなんですけどーー」
「メニューはこれで終わりだから我慢しろ」
「は~い。これも勝つためですもんね」
「そうだ!艱難辛苦だけど、邪道な俺たちにしかできないことってのがあると思うんだ。正義の味方よりも悪役の主人公の方が俺たちにはお似合いだろ?勝ち取ろうぜ、優勝」
「大会までにできる限りのことはやっておきたいですもんね」
「その通りだ!それで、今回やるのは、補助器具を使った筋トレだ。サスペンション・トレーニングは瑞希と美奈、バランスボールは莉子に見てもらうからな」
サスペンション・トレーニングは、両端に輪っかを作ったぶら下がりヒモを用いて、各種目20回を腕立て、腹筋、背筋、腕引き、座り上がり、持つ腕の幅が広い狭いの
2パターン10種目で3セットをペアで交互に繰り返す。
バランスボールは、各種目45秒と休憩15秒間使用して、体幹、大腿筋、腹斜筋、上腕二頭筋、腹直筋、広背筋、腹直筋、大殿筋、大腿筋、手足開閉の10種目3セットを二人がセットごとに入れ替わりながら行う。
10分やって10分休憩という具合なのでやっている間は苦痛なのだが、休息はしっかり取れる練習となっている。昴、保、別記はそれぞれのトレーニングをわりと余裕を持って熟しているのに対し、筋力に乏しいのか蓮は意気も絶え絶え、とても苦しそうに行っているのであった。
「˝あ˝あ~。もうダメ、もうダメ、ギブギブ!!」
「おい、お前そんなんじゃリーグ中もたないぞ。気合い入れろよ」
「う~っ。はい、頑張ります!」
昴に少々怠そうに発破を掛けられながらも、蓮は常に素直に頑張っていた。そして、サスペンションチューブとバランスボールは予算の都合上2つづつしかなかったため、あぶれたゴレイロの苦氏と味蕾の二人は、なわとびを用いたジャンプ練を行っていた。
「苦氏さんってすっごい器用ですよね」
「ああ、まあこういうのは得意だね。たぶん昔ダンスやってたからだよ」
「ああ、なるほど。それでなんですね」
「ソレほんとに思ってる?実は関係ないんだけど。適当に合わせない方がいいよ」
「ははっ、手厳しいですね。気を付けます!」
「そうそう。味蕾はしっかりしてるんだから、自分の意見はちゃんと主張しろよな」
苦氏はいつもこうやって人の悪い癖を指摘しているのであった。そしてただ指摘するだけでは嫌味に聞こえるのだが、一言フォローを入れることで嫌われるのを防げていた。
それから一同は今日は特に夜は予定がないからと、マネージャーも合わせてウノをやった。ただ、保だけは明日からのメニューの調節があるからと参加せず、12人で2時間の長丁場でのゲームとなった。
2日目、バランサーズの面々は昨日と同じように走トレを終え、昼食のカレーを食べビーチに戻った。少し目の下に隈がある保は、それでも意気揚々と話し始める。
「おっし、今日の午後練は連携戦術だな。ミスなく確実に行くぞ」
「オッケー、みんな大事に行こうぜ」
昴は昨日の保の頑張りを酌むことにしたのだろう。疲れが見え始める前に、率先してチームを引っ張ろうとしていた。
この日はまず、各ポジション間での連携とゴレイロからフィールダーへのパス出しをAチームBチームに分かれて行い、10分間の休憩を挟んだ。
それからコートの四つ角に立ち、走り込んでパスを貰った選手が対角に出して受けた選手はボールを間に出し、最初の選手がシュートするという『パス&コントロール』、左右非対称になるようにエンドラインに立ったDFが、センターラインに立ったOFにパスを出し、追い掛けて守備を行う『コントロールドリブルシュート』を練習した。
そして、ロンドと筋トレをこなして2日目の練習が終わってシャワーを浴び、夕飯のクリームシチューを食べ終わった頃、保がデッキに集まった皆に声を掛けた。
「みんなもっと走り回りたいだろうが、練習は2時間まで、オーバーワークは禁物だ。6月からの大会本番に備えて、ネットの動画見てモチベーションアップするぞ」
「すっげえ為になるなコレ。こんなの開示しちゃっていいかな?」昴は感心している。
「いいんだよ。トレーニングが凄いんじゃない、選手が凄いんだ。心血注いで練習するからこそ、ロナウジーニョで居られるんだよ」
「ふ~ん、そういうもんなのかね」
保の話を聞いた昴は、さほど疲れも見せずにそう言った。
3日目、走トレと3回目のカレーに少々うんざりしながら、一同はビーチへ戻った。最後の基礎練とあって保の弁にも力が入り、昴もそれに応えようとする。
「今日はいよいよ対人戦術だ。練習ももう佳境に入るし、気を抜かないようにな」
「当然だろ、俺ら今年は優勝目指するんだぜ。これくらいで根を上げてらんねえよな」
「頼もしいな。5月5日のフットサルの日に気合いが入らないわけないしな」
「ああ。けど俺らくらい練習してたら、毎日がフットサルの日みたいなもんだよ」
「ははは、それもそうだな。じゃあ皆、ここからがキツいところだが頑張って行くぞ」
「「「「おー!!」」」」
ここではもう気合いが空回りするようなことはなく、蓮以外のメンバーも一斉に声を上げてチームを鼓舞した。それから1on1、カウンターケアの2on1、ブレイク、菱形の陣形で斜めに走り込むと勝ちという2on2、DFがセンターラインで待ち構えOFが走り込む練習、逆にDFがOFを抜き去ってゴールする練習、二人のプレーヤーが半円を描くようにして交差し、置かれたボールを互いに取り合って取った方がゴールに向かってシュートするサークリング練を行った。
そして最後に例日の通り20分間のロンドと2種類の筋トレを行い、この日の練習を締め括った。夕食後、一同は今シーズンの戦術についてのミーティングを行った。
「今年も従来通り、ディフェンス主体のチームで行く。90年代イタリアのカテナチオみたいに1点取って最後まで守り切るようなイメージだ。勿論フットサルは、サッカーより点が入りやすいから、追加点ならいくらでも入れてくれて構わないがな」
保は尚も話し続ける。
「基本的にスタメン5人でガッチリ固めて、後は体力に応じて個々で入れ替え。マークはマンツーマンで着いて、スクリーン掛けられたら入れ替え。毎度のことだがな」
ここで昴が、何かを思いついたように声を発した。
「保さん、そのスタメン5人ってのもだけど、今回せっかくビーチサッカーやるんだし、入れ替えてみてもいいんじゃない?」
「ん!それもそうだな。よし、それじゃあ結果次第で入れ替えてみることにするか」
「おおーっ。俄然やる気出て来た!」
万年補欠の蓮は、この提案にかなり乗り気になって興味を示した。
合宿は遂に最終日となり、それぞれ明日から仕事があることを考慮し、午前中は特別メニューとしてレクリエーションを行うことになっていた。
「おしっ、皆さん張り切って行きましょう!」
「おおっ、別記さん」
「いいですね」
「珍しいな」
「ははっ。僕だってやる時はやりますよ」
その言葉通り、別記は最初のリフティング練を唯一ノーミスで乗り切った。
そしてパンツに挟んだタオルを取り合うしっぽ鬼、コーンの端と端を掴んで引っ張り合うバランスゲーム、三つのマーカーの間で2つのボールを取り合う挟み鬼、向かい合って手で押し合う手押しゲーム、鳥籠の5対2の陣形でボールの代わりに、一人の人が手を上げる手上げゲームを行った。
別記は終始完璧にこなせていたのだが、最後の手上げゲームで勢い余ってズッツコケてしまい、皆にイジられていた。また、ゴレイロにとっても体躯は必要ということで、これらの練習にも苦氏と味蕾は参加していた。
それから午後になり、初夏を感じさせる暑さで一同は更に日焼けして行った。
「あっち~」
昴はそう言って上半身裸で頭にタオルを巻きながら、腕で額の汗を拭っていた。
“かっこいい~”
その逞しい『姿』を見て、瑞希は思わず目がハートになっていた。そしてこれから、バランサーズの面々は保の号令で最後に5対5の試合形式でミニゲームを行う。
「午後の練習はお待ちかねのビーチサッカーだ。みんな本戦のつもりで行けよ」
「おっしゃーやったるぞー」
味蕾は昨日の話しもあってか、好機到来とばかりに意気込んでいた。ビーチサッカーは基本的にフットサルと同じようなものなのだが、その醍醐味としてはなんと言ってもオーバーヘッドシュートがし易いことである。
「ホントはビーチサッカーもサッカーと一緒で5号球なんだがな」
「まあそこはご愛敬ってことでいいじゃないですか」
「フットサルだけですもんんね、4号球なのって」
フットサルではサッカーでは小学生が使用する大きさの4号球が使われており、直径で言うと20.5cm。サッカーボールが22cmなので、たった1.5cmの違いではあるが、見た目にはやはりそれなりに違って見える。サッカーボールのように大きくバウンドすることがない空気圧だが、軽いため弾丸のようなシュートが繰り出される。
午後練はそれなりに時間があったため、まずはコテ調べにと20分オールで1軍白、2軍黒でビブスを付けて試合を行った。早速マネージャーが準備をする。
このチームにはマネージャーが三人おり、茶髪セミロングでA型の社交的な瑞希、黒髪ショートでO型のしっかり者の莉子、金髪ロングでB型のどこか抜けた雰囲気のある美奈とが居り、見た目にも性格的にも分かりやすくバランスが取れているのであった。
瑞希が聞いたところでは美奈はサッカーについてはある程度のルールを把握できているようだ。
「ねえ莉子ちゃん、フットサルってサッカーとどう違うの?」
「そっか、美奈ちゃん入ったばっかだもんね。フットサルっていうのは5人制サッカーのことで、攻撃主体のピヴォ、攻守両方ともこなすアラが二人、守備主体のフィクソ、キーパーのゴレイロが居て、他にスーパーサブ的ポジションのポニョが居るの」
「ふんふん、それでそれで」
「試合時間は前半、後半20分ずつで、試合中は時計を止めてプレーするの。コートの大きさは約40×20mくらいで、試合時間もコートの大きさもサッカーの半分って訳。まあ、日本では25×15mのコートとかでやってる所もあるけどね」
「おおーさすが莉子ちゃん!なんか説明が理系っぽい」
「でしょ。マネージャーは練習以外のデータ管理とかも仕事のうちだからね」
見ると選手たちがなんだか少し変わった動きをしている。
「ねえ、あれは何?なんかみんなエビみたいに後ろに下がってるけど」
「あれは『ドラッグバック』って言って、ボールの上をつま先で引っ掛けて躱すテクニックなの。サッカーではやらないみたいで、フットサル特有のスキルなんだって」
「知らなかった~フットサルならではなんだね」
「そゆこと。フットサルにはフットサルの文化みたいなものがあるのよね」
見ると選手たちが頻りに何か叫んでいた。
「パウ!!」
「パウ!!」
それを聞いた美奈は不思議そうに莉子に尋ねる。
「ねえ、莉子ちゃん。『パウ』って何?」
「ああ、あれはゴールポストって意味ね。なんかちょっと変だもんね」
「チーラしっかり!!」
「これは?」
「『チーラ』って言うのはサッカーで言うクリアのことで、自陣で相手ボールになった時にコートの外とか危険なエリアから出すことを言うの」
見ると、昴がピッチから出たボールを足早に蹴り込んでいた。
「ねえ、なんであんなに急いで蹴ってるの?もっと落ち着いて蹴ればいいのに」
「ああ、あれは『4秒ルール』って言ってね。プレーが止まってから蹴る時には、必ず4秒以内に蹴らないといけないって決まりになってるの」
「へ~そうなんだ!フットサルって時間短いから、早くしないとだもんね」
「そうそう、その割に時計止めながらだから、結局はサッカーと同じくらい掛かっちゃうことが多いんだけどね。あと『5mルール』って言って、フリーキックを行う時に、相手選手は5m以上離れないといけないことになってたりもするの」
「おお~。いろいろ気を付けないといけないことが多いんだね」
「うん。人も社会も、逃れられないことが多いもんなんだよね」
そう言うと莉子は何か思い出したのか、口を尖らせて思いを巡らせた。これに瑞希は、思うところがあったようで、練習後に詳しく聞いてみようと考えた。
そして、『アラ・コルタ』と呼ばれる、パサーに近い側の足でボールを受ける戦術を用いて得点を決めた昴が、小休止の際に蓮に要望を出していた。
「おい蓮、フィードはガンショで出してくれ。あと、バックパスにも気を付けろよ」
「はい!気を付けます、ありがとうございます」
美奈はこの用語が気になったようで、透かさず聞きに掛かる。
「ねえ、これはこれは?」
「『フィード』は得点に繋がる可能性のあるパスで、『ガンショ』は浮き球って意味」
「うんうん」
「『バックパス』は相手にボールが渡る前に、ゴレイロがボールに触れることだね」
「お~、そうなんだ。わりと覚えることあるんだね」
「そうだね。まあ、最初に覚えさえすれば簡単なんだけどね」
ここまで説明を受けて、美奈はふと気付いたことがあったようだ。
「瑞希!思ったんだけど、このチームって10番居ないんだね」
「ああ、ちょっとワケありでね」
サッカーではエースが10番、2番手が11番、点取り屋が9番なことが多いのだが、このチームでは1番上手い昴、キャプテンの保と両人とも10番をつけていなかった。
「ふ~ん、そっか~」
美奈は理由が気になったようだが、空気を読んで聞かないことにしたようだった。
ここで蓮がプレーに関して気になったことがあったようで、昴に改善を要求する。
「昴さん。今の場面、ピヴォ当てやってもらえると、助かるんですけどーー」
「やんないよピヴォ当てなんて。そんなのはザコのやることだろ?」
「でもこれってチームに必要なプレーですよね?」
「いいんだよ。所詮は遊びなんだから、楽しくやれさえすれば」
「う~ん、そうなのかな?」
「なんだよ、どうプレーしようと俺の勝手だろ。文句あんのかよ?」
「そういうわけじゃないんですけどーー」
「だったら別に気にすることないだろ」
蓮は思うところがあったのだが、年下といったことで昴に強く言えなかったようだ。この『ピヴォ当て』はサッカーではレイオフと呼ばれ、自らを布石として使うことで、後ろのプレーヤーが前を向いた状態でプレーできるという連携である。
試合は結果的に1軍が7対0で圧勝し、休憩を挟んでAチームBチームに分かれての紅白戦となった。だが開始早々、勢いよく飛び出した蓮が蹴ったボールがクロスバーに当たって跳ね返り、運悪くBチーム側の無人のゴールに吸い込まれてしまった。
「馬鹿野郎!オウンゴールになってんじゃねえか」
「あ!やっちゃった。すません」
いきなり昴に怒られながらも、その後の蓮は堅実に試合を熟して行った。結局試合は蓮のオウンゴールと別記の得点で、Aチームに2点が入ったものの、昴が2点、甘利、辛損、蓮が1点ずつで5点を獲得したBチームの勝利で幕を閉じた。
そこから砂浜に土俵を書いての相撲大会に発展し、負けた二人が整地することになった。特にルールなどなく、それぞれが目についた相手と対戦して、バトルロワイアルで勝ち抜けのような形を取っていたのだが、ここで瑞希が思いもよらぬ提案をした。
「私、蓮くんだったら勝てる気がする」
「えっ!?僕けっこう強いですよ。負けないですからね」
「おい、やめとけ。瑞希は――」
昴が言い終わるより前に二人は取り組みを始め、蓮はあっけなく投げ飛ばされてしまった。無残に海に沈む蓮を見て、すかさず保が小言を言う。
「あーあ。だからもっとメシ食っとけって言っただろ。体重軽いままじゃ、次の試合でもまた吹っ飛ばされるぞ」
陸に上がった蓮がバツが悪そうに頭を掻いているのを見て、昴も一言つけ加える。
「瑞希は親が合気道の道場やっててさ。ついでに柔道と剣道もやってっから、格闘技はだいたい黒帯級なんだよ」
「それを早く言ってくださいよ」
「お前らが勝手に始めるからだろ。あと、整地よろしくな」
結局もう一人は同じく体重が軽い味蕾が負ける形となり、二人して整地を行った。
そして、バランサーズの選手たちは、最終日のもう一つの楽しみであるBBQを行うことにした。帰りのバスは22時に手配していたため、まだ少し時間に余裕があって、ビーチの側にあるBBQ場で予め買ってあった肉や野菜、魚介類に舌鼓を打った。
「食べ始める前に皆に報告がある。来月の21日と25日に地域チャンピオンズリーグに出た2チームと練習試合が決まった。沼津に帰ってからも張り切って練習するぞ!」
「おお、いいじゃん保さん。流石に顔が広いね!」
昴がそう言うと、保は嬉しそうに声を弾ませた。
「だろ?名古屋アレンジャーズとアルフレッド新潟って言ってな。両方相当な強豪だ」
それから皆でテーブルを囲んで食事を楽しんでいた所、急に蓮が保に話し掛けた。
「今回の対戦相手って2チームとも相当強いんですよね。名古屋アレンジャーズとーーなんでしたっけ新潟のヤツ?」
「ああ、アルフレッドだろ。あのチームはやべえよ」
「やばいって、どうやばいんですか?」
「なんたって今回のチイチャンで2位になったらしい。強力な選手が二人居てな」
「へ~、どんな選手なんですか?」
「まずはキャプテンの袴田だな。日本代表としてプレーしてる程の選手だ」
「ああ!聞いたことあります。なんだか凄い技を使うっていう人」
「そうそう。あとは、本郷ってヤツが居て、ソイツがとんでもなく上手いらしいんだ。アーリークロスが抜群でよ。ウチには居ねえようなタイプだな」
「へえ、そんな凄いんですね」
「なんでも日本代表候補だそうだ。まあ奴には要注意だな」
保は妙に警戒しているようだ。そして、蓮は終始気になっていたことを聞いてみた。
「で、結局どこが優勝したんですか?」
「ああ、神戸ストイックスってとこだよ」
「へ~っ、神戸か~。今度、試合してみたいですね」
「やめとけ、あそこはマジで気性が荒いからな。ボコボコにされるぞ」
「保さん、そこのチームのこと知ってるんですか?」
肉と野菜を選手たちの取り皿にキレイに取り分けながら、莉子が聞く。
「ああ、昔まだみんなが入る前に試合したことがあってよ。散々だったよ。鳥居さん共々ズタボロにされて」
「そう言えば今回ニワトレやらなかったですね」
すると別記が、莉子に注がれたタレの量が多いことを気にしながらも、思い出したように言葉を発した。
「あ、そう言えばそうだな。なんだか鳥居さんに悪い気がするし、みんなアップの時にやったことにしといてくれよな」
「ラジャー!!」
ビールを5缶ほど空けて完全に酔っぱらった美奈は、ニワトレが何なのかも分からないまま敬礼のポーズを取っていた。
「もう、美奈ったらーー」
瑞希は、そんな美奈をさほど心配もせずにそう言った。
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第二回 https://note.com/aquarius12/n/n14297f2f2d17
