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M&Aで買い手が「強者」になると、なぜ失敗するのか――資本関係では上下でも、価値創出では対等である

企業は、営利法人として成長を求める。

その成長を一つの指標で表すなら、どれだけキャッシュを生み出したかは、最も分かりやすい尺度の一つである。そして、生み出したキャッシュをどこへ配分するかは、企業経営における重要な意思決定になる。

企業のキャッシュの使い方は、大きく三つに分けられる。

一つ目は、配当や自己株式取得などの株主還元。二つ目は、研究開発、採用、設備投資、新規事業など、自社内部への成長投資。三つ目は、M&Aやマイノリティ投資など、外部への成長投資である。

この三つを比較すると、M&Aという投資手法が持つ、少し特殊な性質が見えてくる。

M&Aでは、お金を受け取る人と、リターンを生む人が違う

株主還元では、キャッシュを受け取る株主が、そのまま施策の受益者となる。実行した時点で、目的の多くは達成される。

社内投資では、既に一定の文化や価値観が共有されている組織の中で投資が行われる。もちろん、新しい制度や事業への反発が起きることはある。それでも、自社や自分たちの成長機会を増やす投資として、一定の理解は得られやすい。

一方、M&Aでは事情が異なる。

買収対価を受け取るのは、対象会社の株主である。しかし、買収後に事業を運営し、シナジーを生み、投資リターンを実現するのは、買い手と対象会社の従業員である。

対象会社の従業員にとって、株主が高い価格で株式を売却できたことは、必ずしも自分にとってうれしいことではない。自分の給与やキャリアが良くなる保証はなく、むしろ制度変更、報告負荷、意思決定権の縮小、将来への不安が増える可能性もある。

つまりM&Aでは、対価の受取人と、リターンの実現主体が一致していない。

ここに、ほかの投資手法にはない難しさがある。

買収したからといって、自由に使えるわけではない

買い手は、対象会社の経営資源を獲得するために金銭的対価を支払う。

自社では持っていない技術、顧客基盤、ブランド、人材、業界知見、組織能力。自社で一から作ることもできるかもしれないが、時間が惜しい。あるいは、自社だけではそもそも実現できない。

M&Aは、他社が長い時間をかけて築いた経営資源と、その時間を資本によって取得する行為でもある。まさに、資本主義だからこそ可能になる成長手法である。

ただし、お金を払って会社を取得したからといって、その経営資源を自由に使えるわけではない。

株式や議決権は取得できる。契約上の権利も移転できる。しかし、顧客との信頼、従業員の自発性、現場の暗黙知、組織への誇りまで、自動的に買い手へ移るわけではない。

むしろ買い手が「買ったのだから使える」と考えるほど、買ったはずの価値が失われることすらある。

買い手がシナジーを急ぎ、対象会社の顧客基盤や人材を一方的に活用しようとすれば、対象会社の従業員は、自分たちが築いてきたものを親会社の都合で利用されていると感じるかもしれない。

情報を最低限しか共有しなくなる。指示されたことだけを実行する。リスクを感じても積極的に伝えなくなる。優秀な人材から離職する。

形式的にはグループになっていても、実態としては距離が広がっていく。

資本関係では上下でも、価値創出では対等である

M&Aでは、資本関係としての上下は明確である。

買い手である親会社が議決権を持ち、グループ全体の経営責任を負う。ガバナンスやリスク管理、最終的な意思決定は、親会社の責任範囲になる。

この構造を曖昧にする必要はない。

ただし、資本関係が上下であることと、すべての関係が上下であることは違う。

買い手が対象会社を買うのは、自社だけでは持てない経営資源を、対象会社が持っているからである。補完したい場合でも、強化したい場合でも、自社だけでは足りなかったという事実は変わらない。

その意味では、両社は強みを持つ場所が違うだけであり、価値創出においては本来、対等な関係にある。

対象会社を「使う側」と「使われる側」に分けてしまえば、買い手が持つ経営資源と対象会社が持つ経営資源は、本当の意味では結びつかない。

ガバナンスでは上下がある。しかし、一緒に事業を推進し、新しい価値を生み出す関係まで上下にしてしまえば、M&Aによって取得したかった強みを自ら弱めることになる。

1+1を、掛け算に変える

M&Aで二社の売上や利益を連結すれば、数字上は足し算になる。

しかし、買収プレミアムを支払い、非連続な成長を目指すのであれば、単なる足し算では足りない。

買い手の顧客基盤と、対象会社の商品力を組み合わせる。買い手の資本力と、対象会社の技術を組み合わせる。両社の人材や知見を掛け合わせ、どちらの会社にもなかった事業や組織能力を生み出す。

そこまで進んで初めて、M&Aによる成長は掛け算になる。

そのためには、対象会社だけが変わるのではなく、買い手側も変わる必要がある。

対象会社が親会社の制度や文化を学び、親会社は何も変わらない。それでは組織統合ではなく、単なる吸収である。

買い手が対象会社から学び、自社のやり方を見直し、場合によっては対象会社の仕組みや考え方をグループへ取り入れる。双方に変化が起きて初めて、新しい組織能力が生まれる。

M&Aとは、足りないものを買う行為ではない。

足りない自分たちを認め、相手から学びながら、新しい組織能力をつくる行為なのだと思う。

買い手には、相手から学ぶ謙虚さが必要になる

買い手は、資金を出し、契約を主導し、クロージング後には経営権を持つ。

そのため、精神的にも自分たちが強い立場にあると感じやすい。

しかし本来、金銭的対価を支払うのは、相手より優れているからではない。自社にはない価値を、対象会社が持っているからである。

だから買い手に必要なのは、対象会社をどう使うかを考える前に、相手から何を学ぶかを考える姿勢である。

なぜこの会社は、このやり方で成長できたのか。自社の常識では理解できない部分に、どのような合理性があるのか。自分たちが評価した対象会社の強みを、買収後の制度や統制によって消していないか。

こうした問いを持ち続けることは、単なる礼儀ではない。

取得した経営資源の価値を最大化し、投資リターンを実現するための、極めて実務的な姿勢である。

本当に強い買い手とは、相手を従わせられる会社ではない。

権力を持ちながら、その権力だけに依存せず、相手の強みを理解し、自発的な協力を生み出せる会社なのだと思う。

経営のメッセージは、行動によって示される

M&Aは、通常の従業員にとって身近な出来事ではない。

秘匿性が高く、限られた経営層だけが取り扱う経営アジェンダであるため、従業員から見れば、昨日まで外部だった会社が突然グループに加わる。

その背景にある戦略や検討プロセスを知らなければ、社内には「買った側」と「買われた側」という、分かりやすい構図だけが残る。

経営が何も語らなければ、資本関係の上下は、そのまま組織内の人間関係へと翻訳されてしまう。

だからこそ経営は、対象会社が持つどのような強みを評価したのか、自社には何が足りなかったのか、対象会社から何を学ぼうとしているのかを、明確に発信する必要がある。

ただし、メッセージを出すだけでは足りない。

経営陣自らが対象会社の懐に入り、現場を見て、事業を学び、「こんなことができるのか」と理解する。そして、そこで得た気づきを、自社の従業員へ自分の言葉で共有する。

対象会社の経営陣を重要な意思決定へ招く。人材交流を一方向ではなく双方向にする。対象会社の優れた制度や考え方を、実際にグループへ取り入れる。

経営陣が学ぶ姿を見せなければ、従業員に相手を尊重し、対等に協働することを求めても定着しない。

経営の行動そのものが、グループ内の新しい関係性の型になる。

資本主義の合理性と、人間の感情のGAP

M&Aは、資本主義の論理では合理的に説明できる。

足りない経営資源を外部から取得し、資本を再配分し、単独では実現できない成長をつくる。価格、スキーム、ガバナンス、シナジー計画にも、一定の正解がある。

しかし、その計画を実行するのは人間である。

人には、所属企業への誇りがある。過去の成功体験がある。買収されたことへの喪失感や、相手への警戒心がある。将来のキャリアや、自分の仕事がどう扱われるかへの不安もある。

財務的、法務的に正しい計画であっても、人間はその正しさだけでは動かない。

むしろ、買い手が正しさを強く押し出すほど、対象会社の従業員は、自分たちが間違っていたと宣告されたように感じることもある。

対等統合であれば、両社のプライドや成功体験がぶつかる。支配関係のあるM&Aでは、買い手の優越感と、対象会社の反発心や喪失感が生まれやすい。

形は違っても、資本関係をそのまま人間の序列へ変換してしまうことが、組織統合を難しくする。

だからカルチャーPMIは、優しさや配慮のために行うソフトな施策ではない。

感情を無視すれば、人間の行動が変わる。情報共有が止まり、意思決定が遅れ、人材が流出し、協業が形骸化する。その結果、シナジーが実現せず、買収プレミアムを回収できなくなる。

ソフトな問題を軽視することが、最終的には最もハードな財務問題を引き起こす。

資本主義的な合理性と、人間の感情の間にあるGAPを認識し、互いに歩み寄り、学びながら、シナジーを生み出せる関係へ変えていく。

それこそが、PMIの中心なのだと思う。

クロージングは、投資の完了ではない

株式譲渡が完了し、対象会社が連結対象になれば、財務上、法務上の取引は完了する。

しかし、M&Aという投資は、その時点では完成していない。

クロージングによって取得できるのは、株式、議決権、契約上の権利である。期待したシナジーや組織能力は、まだ将来の仮説にすぎない。

その仮説を現実へ変えるのは、両社の従業員である。

M&Aでは、対価の支払いによって会社を取得し、PMIによって初めて、その会社をグループとしての価値創出主体へ変えていく。

PMIの成果を正確に測ることは、今も多くの企業にとって難しい課題である。人材の定着、従業員の意識、協業の進捗、意思決定の変化をどのように捉え、最終的な事業成果と結びつけるのか。ここには、まだ多くの検討余地がある。

ただ、最終的な問いはシンプルである。

両社の事業成長は、単なる足し算ではなく、掛け算になったのか。

お金を入れただけでは、M&Aという投資は完成しない。

資本関係では上下があっても、価値創出では対等である。その前提に立ち、買い手が相手へ真摯に学び、自分たち自身も変わる覚悟を持つ。

そこから初めて、M&Aは資本取引を超え、非連続な成長を生み出す組織変革になるのだと思う。

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