「副首都」、政治家の意向抜きで、確率的費用便益分析で決めてみた | 第2話 機能ごとの「何時間止まると致命的か」を物理から出す
前回の記事で書いた通り、この連載は副首都の意思決定パネルをAIで組み立て、政治的思惑を除去して物理量と統計量だけから答えを出す試みである。第2話は、その最初の作業を丁寧に見ていく。
RTOという概念
副首都を設計するとき、最初に決めなければならないのは「首都機能とは何か」である。「首都機能を守る」と言われても、具体的に何を守るのかが曖昧なままだと、副首都は設計できない。
そこで、首都機能を機能クラスタという単位に分解する。各機能クラスタは「首都で担われている、独立した機能単位」で、それぞれRTO(Recovery Time Objective、目標復旧時間)が異なる。RTOとは、「その機能が何時間止まると致命的な結果を招くか」という時間の閾値である。副首都はこのRTO以内に代替機能を稼働させることが求められる。

私は今回、首都機能を7つの機能クラスタに分けた。
F0 監視:地震・災害の観測、緊急地震速報の発報
F1 意思決定:内閣総理大臣による決定、緊急事態宣言
F2 立法:予算措置、災害関連立法
F3 救助:要救助者の救出、災害応急対応
F4 決済:日銀ネットによる金融決済
F5 対外代表:首相の外国要人接受、条約締結
F6 医療:透析、集中治療などの継続医療
これは首都機能を網羅しているわけではない。ただ、RTOが物理的に定義できる7つの機能として選んだ。他にも重要な機能(教育、外交、防衛)はあるが、RTOが不明瞭で、副首都選定の目的関数に組み込みにくい。
以下、各機能のRTOをどう出したかを見ていく。この作業がこの連載で一番「手触り感」があるはず、と第1話に予告した通りである。
F0 監視:緊急地震速報のリードタイム
RTOは秒単位で決まる。緊急地震速報は、震源から観測点までのP波(縦波、伝播速度約7km/s)と、実際の揺れを引き起こすS波(横波、伝播速度約3.5km/s)の時間差を利用して発報される。距離100kmの地点であれば、P波が14.3秒後に到達、S波が28.6秒後に到達するので、その差の14.3秒がリードタイム。
副首都の監視機能は、少なくともこのオーダーで動く必要がある。10秒以下の切替能力が求められる、ということになる。F0のRTO = 秒オーダー(実運用上は5〜10秒)。
F1 意思決定:内閣総理大臣が発する決定の失効期限
RTOは時間〜日単位。内閣総理大臣が発する決定のうち、災害緊急事態布告(災害対策基本法第105条)は、発令から20日以内に国会承認を得なければ失効する。緊急事態宣言(新型インフルエンザ等特別措置法)も同様に、期間更新の要件がある。
これらの規定を集めていくと、内閣総理大臣の意思決定機能が代替されないまま20日を超えると、法的に決定が空白化する。ここが物理的な上限。ただし実務上は、意思決定の連鎖(一つの決定が次の決定の前提となる)を考えると、24時間以内での代替機能稼働が求められる。F1のRTO ≈ 24時間。
F2 立法:予備費の枯渇時間
RTOは日〜週単位。ここは物理量が使いにくいので、財政の枯渇速度で代替した。令和8年度予備費は1.5兆円(財務省)。首都直下地震クラスの災害時、災害応急対応の初期支出速度は過去実績(東日本大震災、熊本地震)から推定して1日あたり500億円〜1000億円。
つまり、追加立法(補正予算)なしで対応できるのは15〜30日。この期間内に立法機能が代替されないと、支出が凍結される。F2のRTO ≈ 20日。国会の許容中断時間は他の機能より圧倒的に長い。副首都選定において立法機能の立地優先度が低い理由がここにある。
F3 救助:要救助者の生存率曲線
RTOは時間単位で急速に低下する。地震災害の要救助者救出は、時間経過とともに生存率が急激に下がる。過去の大災害(阪神・淡路、東日本、能登半島)から得られた生存率曲線は次の通り。
発災当日(24時間以内):救出時生存率 約75%
2日目(24〜48時間):約25%
3日目以降:約15%
首都直下地震の要救助者は約44,000人(内閣府)、南海トラフでは約139,000人(内閣府WG)。
F3の期待損失関数を、救助資源量 RRR の関数として書く。救助資源1単位あたりで救出できる要救助者数を kkk 人と置くと、24時間以内に救出できる人数は min(kR,N24h)\min(kR, N_{24h})min(kR,N24h) で、そこで救出されない人は生存率25%の2日目に持ち越される。時間軸で積分すると、

VSL 2.26億円/人を掛けて金額換算する。ここで大事なのは、F3のRTOは離散的という点。24時間以内に救助能力が確立できていれば生存率75%が保たれるが、48時間を超えると25%に急落する。F3のRTO ≈ 24時間、しかも「守れなかった場合の損失が桁違いに大きい」性質を持つ。
F4 決済:日銀ネットの日中決済額と断崖モデル
RTOは12〜48時間、そして断崖がある。ここが今回のパネルで一番手触り感のあった作業だった。
日銀ネットの日中決済額は約142.7兆円/日(日本銀行)。決済が止まると、企業間支払い、給与振込、税金納付、社債利払いなど、経済のあらゆる金銭移動が停止する。
2023年10月の全銀システム障害では、10行が2日間止まり、未処理87万件を出した(全銀ネット)。この時、金融庁の推計では追加コスト・遅延損失は数百億円規模だった。この実データから、単位時間あたりの決済遅延損失を下限推定として、

と書ける。RRR は遅延時間(時間単位)。二次関数になるのは、決済遅延が金融ネットワーク上で連鎖的に増幅するため(Aさんの支払い遅延がBさんの支払い能力を落とす)。
ただし、この関数は「決済が段階的に劣化する」ケースの下限モデルであって、実際には決済停止が金融システム全体の凍結を引き起こす閾値がある。この閾値を超えると、平時のオペレーションが不可能になり、経済全体が「バンクラン」状態に陥る。これを断崖モデルと呼ぶ。
断崖の存在は、決済拠点の投資判断に影響する。線形域(下限モデル)では投資は正当化されないが、断崖への保険料として年171.4億円の投資は正当化される。F4のRTO = 12時間、投資は「断崖への保険料」として年171.4億円。
正当化条件は「1事象あたりの断崖損失 > 4,274億円」。全銀障害2023/10の実損害から見ると、この閾値は現実的である。
F5 対外代表:不可逆性なし
RTOは日〜週単位、しかも不可逆性がない。首相の外国要人接受、条約締結などは、代替可能な機能である。副首相・外相などが代行できる。副首都の目的関数に組み込む優先度は低い。F5のRTO ≈ 数週間。副首都選定において立地評価にほぼ影響しない。
F6 医療:透析中止後の生存中央値
RTOは日単位。透析患者の場合、透析中止後の生存中央値は約6日(複数の医学文献から)。首都圏1都3県の透析患者数は83,449人(日本透析医学会)。
首都機能が完全に停止し、透析施設が全て機能停止した場合、6日以内に透析機能が代替されないと、大部分の患者が命を落とす。F6の期待損失関数は、

ここで f(R)f(R)f(R) は資源量 RRR に応じた透析継続可能率。首都圏の透析施設が全滅した場合、他地域の透析施設への患者搬送または移動透析装置の展開が必要になる。F6のRTO ≈ 6日、こちらも「守れなかった場合の損失が桁違いに大きい」性質を持つ。
全機能を並べると
以上をまとめると、7つの機能クラスタのRTOは次のように整理される。

RTOの分布から、副首都の設計が導かれる

F0(秒オーダー)とF4(12時間)は最も厳しい。この二つを守るには、常時稼働(hot状態)の副首都機能が必要になる。監視機能は常時走らせる必要があるし、決済機能は12時間以内に切替できる状態で待機する必要がある。
F1・F3(24時間)は次に厳しい。バックアップ機能を24時間以内に立ち上げる必要がある。これはwarm待機(休眠しているが即座に起動できる状態)でよい。
F2・F6(数日〜数週間)は緩い。事後的な立ち上げでよい。
F5は最も緩い。副首都選定の目的関数にほぼ影響しない。
この分布から、副首都の設計方針が自動的に決まる。すなわち、
F0・F4を守るための hot 稼働拠点(中枢A、機能停止許容ゼロ)
F1・F3を守るための warm 待機拠点(中枢B、24時間以内引継ぎ)
F4決済を独立に守るための分散決済拠点(3〜4市に分散配置)
F2立法は立地選定の対象にならない(どこでも良い)
この設計方針から、第3話で扱う目的関数の書き下しと最適化が始まる。副首都の複数拠点化は、機能クラスタごとのRTOの違いから自動的に要請される、というのが今回のパネルの重要な発見の一つ。政治判断ではなく、物理量の帰結である。
少し寄り道:この作業の何が難しかったか
RTOを「物理から出す」と書いたが、実際に作業してみると、機能によって難易度が全く違った。
F0の緊急地震速報は簡単。地震波の伝播速度と震源距離だけで決まる。物理法則にほぼ帰着する。
F6の透析は中間。医学文献に生存中央値が書かれている。それを使えばいい。ただし、患者数が地域によって異なるので、副首都選定と紐づけるには少し工夫が要る。
F1の意思決定が一番難しかった。「内閣総理大臣が発する決定は何時間止まると致命的か」を物理から出すのは、正直、無理に近い。法的な失効期限を代替指標として使ったが、これは物理量というより制度量である。ここに恣意性が残っている可能性がある。
F4の決済も難しかった。二次関数の係数 0.273 は、全銀障害2023/10のたった一つの実例から回帰したもの。サンプルサイズが1。これは統計的にはかなり弱い。ただ、他に大規模障害の実例がないので、この値を採用するしかない。
こういう「無理に近いところ」を、正直に書きながら進めた。物理から完全に出せない機能は、代替指標を使ったことを明示するというスタンスを取った。前提P-1〜P-6の外に、こういう「代替指標を使った」箇所があることは記録しておく。
第3話に続く
次の第3話では、この7つの機能クラスタのRTOを使って、目的関数を書き下し、6万パターンの離散最適化を実際に回す。全国34地点から、機能ごとにどこを選べば期待損失が最小化されるか、を確率的費用便益分析で計算していく過程を書く。
南海トラフを算入すると副首都の便益が約4倍になる、という発見も、第3話で数値的に見ていく。
