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【1/28】坂本龍一が「音楽図鑑」で当時、本当にやりたかったこととは?1984年の教授が抱いたレコード制作の「もどかしさ」と、この10年後に来たるインタラクティヴ〜インターネット志向。

1982年に始まった『音楽図鑑』のレコーディングが大きな転換点を迎えたのは、1984年4月、当時の最新鋭サンプラーシンセ「フェアライトCMI」の導入からでした。

次々と蓄積されるサンプリングのフレーズを元に楽曲を作り、「アルバム」という商品に収めるという、レコード制作における一連の作業は当時の「教授」にとって、自身の「今」を届けるにはあまりに時間がかかりすぎる、まどろっこしいものだったのかもしれません。

むしろ、制作した素材を月単位でリリースし、あとはリスナーが好きなように組み合わせて音楽を作る。そんな、既存のパッケージメディアのあり方を超えた、より即時的でインタラクティヴな音楽の届け方こそが、当時の彼が求めていた理想だったのではないでしょうか。

いや、レコードっていうのは、リアルタイムじゃないのね。というのは本にも言えるんだけど、作ってて一番思うのは、プロセスが面白いのね。レコーティング・システムが面白い。それによって出来上がったものは、そのプロセスほどは面白くないのね。なんとかプロセスを見せたいというのがあって、一つは最近のパフォーマンス・ブームなんていうのはまさにプロセスだし、結果っていうのは無いのね、パフォーマンスには。(略)プロセスを見せないで結果を切りとって商品にするってことは今までずっとやってきたことなんだし、それが今、崩れつつあるというのは何んだろうか。

つまり、読者っていうかリスナーが勝手にエディットできて、組み立ていけるような・・・。でも現実に考えるとそういうメディアっていうのはまだ無いわけだしね。それをカセットとか利用して子供たちは既にやっていると思うのね。あれをもっとスマートにしたメディアっていうものを作りたい。完成品を売るんじゃなくて、そのプロセスを売るための、プロセスのきっかけとなるキットを、トリガーになるものを売るのが本当は実情にあってるような気がする。

ミディ(坂本龍一所属の新しいレコード会社)でやってみるつもりですけどね。本当はそうなるはずだったのね。今度でる、「音楽図鑑」というレコードは。(略)その場合は6回シリーズとか決めといて。そうやってやると、完成とかそういうのを問題にしないで、骨組みのまま、だしていっちゃうというかな。それはやっぱり早さっていう問題・・・。

ものすごくレコードに不満を持っているんです。それはなぜかというと、メディアとしてリアルタイムじゃないんです。実は一年八か月かかって、一枚レコードを作ったんですけれども、なぜそんなにかかっちゃったと言うと具体的な商品、メディアの形が見えない。たとえば「月刊サカモト」みたいに月決めで全然完成形じゃなくどんどん出していった方がいいのかな、とかいろいろあるんだけど

レコードというのは十曲なりなんなり入っているわけだけれど、実は全く意味がない。一曲出来たら出せばいいわけです。ところが非常にスタティックな(注:固定された)今の流通機構というか、組織というのか、そういうものに、一曲のレコードというのは合ってないわけ。そのためにしょうがないから自分でレコード会社を作った。自分でメディアをコントロールしていかないと、それができないの。

それをもっと進めると、レコードという形自体を使わない、音楽のキットを作っちゃう。キット屋さんを僕が作っちゃって、秋葉原みたいにそこに行くと音楽のキットが並んでいる。再構成するハードも、実は作れちゃうんじゃないか、つまり編集機械、簡単なね、それを子供たちは自宅に持ってる、そしてソフトを買いに行くわけ、これとこれを選んで、集めてきて自分で作っちゃう。もう作曲者だのリスナーだのという境界なんかどこにもないわけ。

以上すべて1984年11月の「週刊本 坂本龍一 書物の地平線 本本堂未刊行図書目録」より

1984年当時、教授が抱いていたこのビジョンは、10年以上の歳月を経て、90年代半ばにインターネットというインフラが一般化することで、ようやくその土壌を得て、2026年の今、音楽生成AIの登場によって、遂に具現化したと言えるのかもしれません。

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