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#8 Giuseppe Pellizza da Volpedo(ジュゼッペ・ペッリッツァ・ダ・ヴォルペード)光源としての太陽


《Il sole / The Sun(太陽)》1904年 油彩・カンヴァス 国立近現代美術館蔵、ローマ

はじめに

今回取り上げるのは、ジュゼッペ・ペッリッツァ・ダ・ヴォルペードが1904年に描いた《太陽》です。光そのものを主題として画面の中心に据え、自然の根源的なエネルギーを視覚化したこの作品は、光を描いた絵画の中でも際立った存在感を持っています。

ジュゼッペ・ペッリッツァ・ダ・ヴォルペード

作者と作品の背景

ジュゼッペ・ペッリッツァ・ダ・ヴォルペード:太陽のエネルギーを描いた画家

ジュゼッペ・ペッリッツァ・ダ・ヴォルペード(1868–1907)は、イタリアの画家で、ディヴィジョニスモ(分割主義)の技法を発展させたことで知られています。社会的な題材を描いた《第四の階級》などで有名ですが、一方で自然の偉大な現象をテーマにする構想も持っていました。《太陽》はその「自然を讃える」シリーズの一部にあたる作品です。

ペッリッツァ自身は「昇る太陽はすべての自然を魅了し、その影響下におく」と記しており、彼にとって太陽は単なる風景ではなく、生命を統べる中心的存在でした。

ディヴィジョニスモとは何か

この作品を理解するために、まずディヴィジョニスモという技法を押さえておく必要があります。

印象派、スーラの点描、ディヴィジョニスモ——三者はいずれも純粋な色を混色せずに分割してキャンバスに置くという点では共通しています。しかし表現の方法が異なります。

印象派は太めの筆触で色を置きます。スーラの点描は小さな点の集積で画面を構成します。点は方向性を持ちません。光の「量」は表現できますが「動き」は出にくい。また一点一点を置いていく作業は時間がかかります。

ディヴィジョニスモは細い線状の筆触で描きます。点描より速く描けるという実用的な利点がありますが、より重要なのは筆触に方向性が生まれることです。細い線は向きを持つため、作者が意図した視線誘導が可能になります。見る者の目を特定の方向へ導くことができる——これがディヴィジョニスモ固有の特性です。

作品の解説

《Il sole / The Sun(太陽)》1904年 油彩・カンヴァス 国立近現代美術館蔵、ローマ

《太陽》1904年 国立近現代美術館蔵、ローマ

画面中央に強烈に輝く太陽があり、そこから放射状の光線が画面全域に広がっています。暗い地平線との対比によって、光の力がいっそう強調されています。

ペッリッツァはここでディヴィジョニスモの特性を最大限に活用しました。細い線状の筆触に放射状という明確な方向性を与え、その方向性を画面全域に統一して適用したのです。これは他の作品では見られない、この絵のためだけに考案された表現方法です。

点描では絶対にできなかった表現です。点は方向を持たないため、放射状のエネルギーの「動き」を全画面で統一して示すことはできません。ディヴィジョニスモの線だからこそ、太陽から放射されるエネルギーの方向性を画面の隅々まで貫くことができました。

また太陽の下半分からも光が放射されているように見えますが、これは地面からの反射光という自然現象の観察に基づいている可能性があります。強い太陽光が地面に当たって反射し、下から照らす——ペッリッツァの鋭い自然観察がここに生きています。

《A Shepherd and Shepherdess Resting beneath a Tree(木陰で休む羊飼いと羊飼女)》1905年頃 個人蔵

《木陰で休む羊飼いと羊飼女》1905年頃 個人蔵

この作品では太陽は木の陰に隠れており、直接描かれていません。しかし構図の中心にあることはわかります。

光の描き方は《太陽》とはまったく異なります。放射状の強い光線ではなく、グラデーションとして空間を満たす光です。自然現象として太陽は地面を均等に照らすはずですが、ペッリッツァはあえてスポットライト状の光として描きました。

それはなぜか。一つは羊飼いという主題を照らし出すためです。もう一つは、直接描かずとも太陽の存在をはっきりと示すためです。描き方は《太陽》とまったく違いながらも、太陽のエネルギーを感じさせるという点では一致しています。

二作品を通じてペッリッツァは「太陽を直接描く方法」と「太陽を隠しながら存在を示す方法」という二つのアプローチで、一貫して太陽のエネルギーを主題にしていました。

生成AIによる比較検証:点描で描いたら方向性は失われるか

【原画:ペッリッツァ《太陽》1904年】


【AI生成:スーラ風点描バリエーション】

同じ構図のまま、ペッリッツァのディヴィジョニスモをスーラの点描スタイルに変換しました。

点描に変換した途端、放射するエネルギーの「動き」が失われます。色彩と明暗は再現されていても、太陽から四方へ向かう力の方向性が画面から消えてしまいます。均一な点の集積は光の「量」は伝えられますが、「動き」は伝えられない。

点描は気の遠くなるような作業です。同時代の画家たちが点描を試みながらやがて離れていったのは、美学的な理由だけでなく、この現実的な作業量の問題が大きかったのではないでしょうか。

ペッリッツァがディヴィジョニスモの線描を選んだことで、一石二鳥を得ました。線描は方向性を持つため作者の意図した視線誘導が可能になり、太陽のエネルギーの放射を画面全体で表現できた。そして点描に比べてはるかに速く描ける。作者の意図を明確に伝えることと、時間の節約——この二つを同時に手に入れたのです。


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