絵の中の暮らし
ボクが田舎町へ移住したのは西暦2000年のことです。
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生まれた町からは少し離れていますからUターンというよりVターンでしょうか。幼少期に父の意向で故郷を離れ、都会で生きることを覚悟していたものの心にはずっと故郷のことがありました。
漫画家を志すようになったのは、公務員や会社員など組織に属した生き方をすると故郷へ帰ることはできないと思っていたからです。
「漫画家ならどこにいても仕事出来るかもしれない」
時代を考えればそれすら容易なことではありませんでした。子供心に気持ちの落としどころを見つけていたのです。その夢はやがてイラストレーターや絵描きへと移ろいました。それでも根底には郷愁が絶え間なく流れていたのです。
いつ叶うとも知れない帰郷の夢は現実の生活の中ではひどく無力でした。まずは漫画家、イラストレーター、それとも絵描き…考えてみれば、どれひとつとっても容易なことではありません。ボクにどんな可能性があるのか探りながら方向だけ間違わないようにと思っていました。生活を成立させるために選んだ転職の果てに辿り着いた仕事の日々は、残業や徹夜、そして休日出勤の連続で自分の時間を確保することもままならなくなり、往復3時間近い出勤時間を節約するため自宅に作業環境を準備したり、勉強の為に高価な書籍を購入することで給料もほとんど残らないような状態です。帰郷の準備金など貯まろう筈もありませんでした。多くの人はそういう生活をしているのだろうから仕方がないと思っていました。
それに田舎での暮らしに限界を感じて移住を決めた父の想いを考えれば、安易に実行することもできなかったのです。
それでもどこかで田舎暮らしを夢見ていました。
「芸術家村の入村者募集」なんて言う企画があると何とか都合をつけて見学に行ったりしたものです。
実際に足を運んでみるとイメージとのギャップに気がつきました。こう言う雰囲気ではないなぁと言う感じです。土地との相性があるのでしょうか。生まれ故郷に田んぼが多いのでそのイメージが強いのかも知れません。見学に行った所は山間の村でした。その時たしか日曜日だったかで役場もお休みでした。説明を聞くことはできないと思っていたら、世間話くらいのつもりで声をかけた方が役場の職員さんに連絡を取って下さって、休日だと言うのにわざわざパンフレットを持って来て下さったことを憶えています。村の人はとても温かく、しばらく林業のお仕事も世話していただけるとのことでIターン希望の芸術家なら暮らしやすいのかもしれないと思います。
芸術家としての自信にも乏しいボクは、残念ながら胸を張って芸術家村に入村希望を出せるだけの資格があるとも思えませんでした。
西暦2000年。何の運命のいたずらか唐突にボクは一人旅の機会を得ました。予定は一ヶ月。その旅の中で目的地にしていたのは生まれ故郷でした。
そしてそれが帰郷へのきっかけになったのです。
それから数ヶ月後、帰郷の話は予想外に進みました。もちろんボクが動かなければ何も始まらない筈です。ボクが行動したことに間違いはないのに何か別の力が働いているかのようでした。大きな障害もなく人生の最終目的と考えていた夢は実現することになってしまったのです。

夢は叶わない方がいいのかも知れません。
帰郷という夢の実現と引き換えにボクは絵描きや漫画家になる夢を見失いました。故郷で暮らせるなら仕事なんて何だっていいじゃないか…と。
引っ越しの途中の運転中、車窓から見る故郷の光景はまるで絵のように美しく、ボクが絵描きとして三度の人生を経験したとしてもこの美しさを描ききれるものではないと思いました。そして、帰郷を実感した途端にこみ上げて来る想いを抑えることが出来ず、引っ越し荷物を積んだ軽自動車のハンドルを握ったまま涙が溢れて仕方がないのでした。ボクの中で大きく欠けていた部分を取り戻した想いでした。これでやっと本来のボクとして生きられると感じていたのです。
そしてボクは絵筆が持てなくなりました。
故郷は美しく、そのまま芸術品のように輝いて見えました。田舎には何もないという言葉を聞くことがあります。何もないんじゃなくて何も見えていないのではないかとすら思います。名もなき花の名を知れば、愛着が湧き、存在を認識するでしょう。
長年抱いていた帰郷の夢が実現したと言う想いは、誰と共有することもなくボクの中でコダマし増幅し続けるのでした。
ボクは絵の中に暮らすような日々の中で絵を描く必要を感じなくなっていきました。
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