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鉛筆削り

心に響く作品は尖った先端でズンと来る

 ボクがイラストを描く時、エンピツの先端はナイフで削ってるんです。グリグリ回して削る鉛筆削りではありません。特にこだわってるということでもなく、ただ手で削ると言う行為が描くことに繋がっている気がするだけなのです。

 小学校の頃は、ハンドルを手で回すタイプの鉛筆削りでした。エンピツを挟む部分のバネが甘かったのか、それともゴムが悪かったのか。ハンドルを回すとエンピツまで回ってしまうのでエンピツが回転しないように手で抑えないと削れませんでした。そのままだと本体が安定しないので上から自分の顎で抑えてグリグリ回すと言う格好です。

 今はナイフで削っています。カッターナイフではありません。切れ味鋭いサバイバルナイフでもありません。リバーシブルの1枚刃で替え刃も出来るシンプルなナイフです。このナイフの仕事はエンピツを削るだけ。鉛筆削りナイフです。ボクが不器用なため、削ったエンピツはゴツゴツで美しくありません。先端も尖っていません。それがまたいいじゃないですか。

 心に響く作品は尖った先端でズンと来ます。
 心臓を射抜かれたように動けなくなります。

 ボクは尖ってないエンピツの先端でそんな作品を描くことができるでしょうか。

 10代の頃から聴いているアーティストが、久しぶりにアルバムを発表すると言うことで曲のPV的な映像を視聴しました。
 胸にズンと来ました。
「ボクの表現は音楽じゃないけど、こんな作品が創りたいんだ。」
 そんな風に想いを新たにしたのです。

 たぶん、ボクにしか出来ない何かがあって、そのやり方はボクにしか解らないものなんだと思います。何故ならボクの人生はボクにしか歩けなかったからです。不器用で不格好で時にはよろけて周囲に迷惑をかけつつ何とか歩いて来たわけです。ボクにしか出来ない何かを表現するやり方を知る為にいろんなことに首を突っ込んで、荒削りのエンピツみたいなボクが出来たのだと思います。

 荒削りのボクに何を描けるでしょう。

 noteはとても反応が良くて早いので、新鮮なうちにと描いた作品をそのままアップしがちです。けれど、昨日の作品を明日に繋ぐことが大切かも知れないと思い始めました。感動を熟成させるわけです。たぶん、大切なのは創作活動の継続性です。明日を信じなければ今日のことしか出来ません。

 ここに辿り着くには、決してひとりでは無理でした。多くの方に支えていただいてやっと明日を信じてみようと思えるようになったのです。

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