生命の源泉
〜大地を食べる〜【5】
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父が山菜採りやキノコ採り山歩きを好きだった影響で子供の頃から山歩きに親しむ機会に恵まれていたのかもしれません。父はもちろん山菜やキノコが目的で山に入っていました。ボクはと言えば、山菜やキノコが目的と言うより山を歩くことそのものや写真を撮っている方が楽しかった気がします。
秋、キノコの季節になると近所でもキノコの姿が見られるようになります。近所に出るキノコと言うと子どもにも解りやすく手軽に採れるトキイロラッパタケ。群生していることが多かったので、発生する場所を見つければ、毎年のように楽しむことが出来ました。やがて少しずつ秋が深まる頃、父に誘われて車で山へ向かうのです。
山は道なき道とは言っても入り口があります。その入り口を見つけて薮を抜けると山を登るケモノ道のような道筋が続いています。その道はまっしぐらに頂上方向へ伸びているのでボクは少し登っただけで息が切れ、動悸が激しくなり、まもなくバテてしまうのが常でした。山を登る父の背中はぐんぐん遠くなります。ボクも一生懸命登っているのにその差は開くばかりです。やがて父の背中は樹々に紛れ見えなくなります。それでも何とか登っていると途中で父が待っていてくれます。ボクが追いつくと父はまた登り始め…とその繰り返しです。登りながらもあちこちにキノコが見えているので、ひとつふたつ採っておいて父に追いついてから食べられるかどうか尋ねるのです。でも「食べられない」とか「美味しくない」という場合がほとんどでした。
キノコによってはさらに険しい山奥へ行かなくてはならないことがあります。その時は山の中でひとり帰りを待つことになります。体力もなくやる気もないボクを連れて歩くのは面倒だったろうと思います。迷子になっても困るので、見通しの効かない山の中で遠くに行かないように近くをウロウロするしかないわけです。
ある時、薄暗いなだらかな斜面にぽつりとキノコの株を見つけました。ちょうどスーパーで見かけるブナしめじのような感じです。父に報告すると珍しく表情が変わりました。
「どこにあった?」
どこにあったと言われても目印なんかないわけですから採った場所へ案内すると父は周囲を探し始めました。キノコは発生に適した環境に群生することがあります。ボクが見つけたのは「センボンシメジ」(シャカシメジ)というキノコだったらしく、このキノコの場合は一株見つかると近くに必ずもう一株以上発生しているそうなのです。半信半疑でボクも一緒になって探していると…ちょっと記憶が曖昧なのですが、父が近くでもう1株を見つけたようでした。
ちなみにシメジに漢字を当てると「占地」になるのだと言う話を聞いたことがあります。地を占める…つまり、木に生えるキノコは本来シメジと呼ぶにふさわしくないと言うことになります。スーパーで販売されているブナシメジはブナの樹に生えるのでシメジと呼ぶにはふさわしくないわけです。以前はたしか「シメジ」の名で売られていたかと思います。しかし、本来のシメジと似て非なるものですから改めようと言うことになりブナしめじと呼ばれるようになったと記憶しています。
元祖シメジはと言えば、近年発生数が激減していると聞きます。よって高値となりやすくますます入手困難になっていると言う話です。
以前、キノコの露店がずらり並んでいるところを通りかかったことがありました。そこには一本数十万円のマツタケを筆頭に様々なキノコが並べられていて驚いたことがあります。そこにはもちろんシメジも並べられていました。今はもう見られなくなった光景です。
ボクがマツタケを見つけたこともあります。これもまぐれです。例によって父に遅れてノロノロと登っていたら少し離れた場所の松の根元にひょっこりキノコが出ていました。ボクはキノコを見分ける力が弱いのかマツタケモドキとかマツタケっぽいキノコと間違ってばかりでしたのでその時も全く自信はなくて、採らずに父に報告だけしたのではなかったかと思います。取り敢えず訊いてみようという感じだったのです。するとその時も父の表情が変わりました。間違いなくマツタケだとのこと。ボクは実感がなかったものの何だか父に認められたような気持ちになって嬉しかったのです。
マツタケの場合、親になる松の木の周囲に円を描くように発生すると言われます。その円は年々大きくなりやがて消滅することになります。その円をマツタケのシロと呼び、所在は親子にすら明かしてはならないとされます。ボクの場合は、子供の頃から連れられていたので父のシロに何度も出かけていましたが、子供の頭ではその場所が山の中のどの位置にあるのか特定できず、出かけることもできなければ帰ることもできない有り様でした。
そのマツタケは松の根元に出ていたので翌年からにも期待していました。ところが残念ながらその松の樹が枯れてしまったのです。近隣の山および地域全体で松枯れ病が蔓延していました。それ以降、そのシロでマツタケが採れたことはありません。
父が採るキノコはアミタケに始まり、トキイロラッパタケ、サクラシメジ、ネズミシメジ、ハエトリシメジ、センボンシメジ、マツタケ、クマダケ(コウタケ)、ムラサキシメジ、クリタケ、ナラタケ、ハタケシメジ、マイタケ…など多岐に渡りました。ご存じの方もあるかも知れませんが、これらのキノコの中には現在毒キノコに分類されているものもあります。また、クリタケは猛毒のニガクリタケと間違いやすいため注意が必要とされています。
ボクにとっては父の採るキノコも難解でした。あまり馴染みのないキノコが食卓に登場すると内心ヒヤヒヤしていたのでした。
今にして思えば、ボクが見つけたキノコを父に報告し確認してもらうことは、ボクが父が認めてもらうための過程だったのかも知れません。
測量のアルバイトで山中に入る機会が増えた時期があります。樹の枝や葉が邪魔になったり高低差があったりして測量そのものは大変でした。でも、山の中にいると普段出会わない動物に出会うのはちょっとした楽しみです。見上げる高い木の枝を渡り歩いて行くリスや夕暮れの山中に光るフクロウの紅い眼。自然の中に溶け込む感じはワクワクするものだったのです。時季的にキノコに遭遇する機会があるのも楽しみでした。その地方でよく食べられているショウゲンジというキノコを覚えたのもその時です。父はあまり好きではなかったようですが、歯ごたえも食べごたえもあり煮物にしたりしてなかなかおいしいキノコだと思います。
ある時、測量していて白くて可愛らしいキノコを見つけました。ボクは持ち帰っていつものように父に尋ねました。すると父の表情が変わりました。
「このキノコ、どこにあった?」
どこにあったと言われても…休みの日に父と共にその白いキノコがあった場所へ向かうことになりました。結構な山奥で普段なら出かけなかった場所です。
そのキノコはスギヒラタケ(別名:スギカノカ)と言います。英名でAngel Wing(天使の翼)と呼ばれるように小さな白い羽根を連想させるかわいいキノコです。ただ、その地方ではあまり好んで食べられていないあまり人気のないキノコだったのです。でも、豆腐と一緒にお味噌汁やお吸い物にしていただくととても美味しいキノコです。
残念ながらこのキノコは何年か前に毒キノコの危険性を指摘され、食べることを自粛するようにと通達が出ました。ボクの住む地方では、通達が出るまでキノコの産直店で普通に販売されていました。それが唐突に販売を自粛する事態に陥り、今まで食べてきた人たちも困惑気味です。それまでスギカノカの時季になっても早い者勝ちで採取されていたスギカノカは、今や誰も採らなくなったかのように放置され、山間の杉林を静かに白く飾っています。
スギカノカは父との思い出を繋ぐ大切なキノコなのです。
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生命の源泉〜大地を食べる〜
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