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木村武山:色彩の旗手


木村武山:色彩の旗手

木村武山

色彩の旗手、木村武山:その画業と代表作
木村武山(1876-1942)は、明治から昭和初期にかけて近代日本画の発展に大きく寄与した、茨城県出身の画家である。彼は横山大観や下村観山らと共に、岡倉天心が提唱した日本美術院の創設に参加し、五浦(茨城県北茨城市)の地で新たな日本画の表現を模索した主要メンバーの一人として知られる。

武山の画風の特徴

木村武山 - 阿房劫火

武山の画風の最大の特徴は、卓越した描線と、独自の感性で操られる鮮やかな色彩表現にある。その才能が若くして開花したことを示すのが、1897年に制作された初期の傑作「阿房劫火(あぼうごうか)」である。秦の始皇帝が築いた阿房宮が戦火に包まれる場面を描いた本作は、131cm×230.8cmという絹本彩色の大作だ。天を焦がす激しい炎と建物が崩れゆく動的な構成には、後年の「朦朧体(もうろうたい)」へ向かう以前の、若き武山の情熱と鮮烈な色彩感覚が横溢している。

他の作品

また、1913年頃の「羽衣」は、日本美術院再興期の傑作である。謡曲を題材としつつ、背景には五浦を思わせる写実的な風景を取り入れ、神秘的な空間を創り出した。
羽衣は、富士山の麓に天女が舞い降りる羽衣伝説を題材にした屏風作品。一見するとどこに富士山が描かれているのか分からないほど霞む山頂が描かれ、壮大な空間が表現されている。天女の極彩色の文様と抑えた色調の対比には、初期の動的な激しさとは対照的な「静」の美学が貫かれている。

木村武山 - 羽衣 右隻
木村武山 - 羽衣 左隻

さらに、後半生の武山が心血を注いだのが仏画である。なかでも没年にかけて繰り返し描かれた「観音」像は彼の代名詞といえる。

木村武山 - 観音 

最後に

古画の研究に基づく正確な線描に華麗な色彩と金彩を施した木村武山の仏画は、近代的な装飾美を纏っている。特に病で右手の自由を失った後、左手で描き続けた作品群(観音等)には、静謐な祈りと色彩への執念が宿っている。
茨城の風土が育んだ豊かな色彩感覚は、歴史画から仏画まで幅広い画域を駆け抜け、近代日本画の歴史に鮮烈な光彩を放ち続けている。

-artoday

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