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1980年代以降のHR/HM技巧派ギタリストの系譜──イングヴェイ・マルムスティーンとMr. Big:孤高の工房と黄金比のプロジェクトバンド

※アイキャッチ画像出典:Public Domain / Wikimedia Commons

はじめに──ギターはメタルの主役

ハードロック、そしてヘヴィメタルにおいて、ギターは主役の座を占めてきました。これはこのジャンルのファンにとって暗黙の了解のようなものですが、それを数値的に示した研究があります。私は以前、その研究論文を翻案した記事をnoteに投稿しました。
👉「『amass』で紹介された注目の研究論文を深掘り:ポピュラー音楽のヴォーカルの聴こえ方の変化(19462020年)」、原本 “Lead-vocal level in recordings of popular music 1946–2020”
そこで明らかになったのは、ポピュラー音楽全体ではリードヴォーカルが前面に出る傾向が強まっている一方で、メタルというジャンルにおいてはむしろギターが主役であるという特異性でした。

技巧重視のエレクトリックギターをニッチな領域からメインストリームに押し上げたのは、エディ・ヴァンヘイレンと言っても過言ではありません。それ以前のリッチー・ブラックモアやジミ・ヘンドリックスは、確かに伝説的ギタリストとして語り継がれています。しかし彼らの存在は、どちらかといえばニッチの頂点にとどまりました。全米市場を射抜いたのは、エディ・ヴァンヘイレンが初めてと言えるでしょう。

実際、ヴァンヘイレンのアルバム『1984』(1984)は全米アルバムチャート(Billboard 200)で最高2位を記録しました。そのとき1位を独走していたのが、マイケル・ジャクソンの『Thriller』でした。しかもそのアルバムにはエディ自身がギターソロを弾いた「Beat It」が収録されており、皮肉にも自らが関わった作品の成功に阻まれた形となりました。そしてシングル「Jump」はBillboard Hot 100で1位を獲得し、彼らのキャリアの頂点を象徴する瞬間となりました。この“Beat It”をめぐる因縁は、今もファンの間で語り草となっています。とはいえ、この時代に技巧派ギタリストが率いるバンドが全米チャートの頂点に立ったことは、ギターが主役として完全にメインストリームに食い込んだ証しだったと言えるでしょう。

そしてその延長線上に現れたのが、イングヴェイ・マルムスティーンでした。エディが切り開いた道を、イングヴェイがひと世代下から押し広げ、クラシックの構築美を速弾きという形でロックに持ち込み、技巧を芸術の域にまで高めました。
ソロファーストアルバムの『Rising Force』(1984)は、グラミー賞ベストロックインストゥルメンタルパフォーマンス部門にノミネートされました。



工房型の孤高──トリックスターとしてのイングヴェイ

イングヴェイの「工房型」としての制作姿勢については、以前の記事
👉「『Alchemy』のレオナルドとイングヴェイの孤高の工房──X JAPAN、ヴァン・ヘイレン、イングヴェイが歩んだ二つの道」
でも取り上げました。そこでは、彼の制作活動を「工房」という視点から考察しました。作曲、編曲、演奏、録音、プロデュース──すべてを自ら手がける制作スタイルです。先の記事ではこれを「中世芸術工房的」と名付け、そのスタイルが確立していく様子を辿りました。今回はその「工房型」を、技巧派ギタリストの系譜の中でどう位置づけられるかを探ってみたいと思います。

イングヴェイはスウェーデンを離れ、弱冠20歳で単身ロサンゼルスに乗り込んだ。その姿は、まるで北の海からやってきたヴァイキングのようでした。異文化の荒波をかき分けながら、キャリアを出発させました。
1980年代のロサンゼルス・サンセットストリップはLAメタルの拠点でした。スティーラーを経て、アルカトラスに参加し頭角を表したイングヴェイは、そのソングライティング能力や驚異的な速弾きによって注目を集めました。その後もソロ活動でメタルシーンに鮮烈な足跡を残します。

ところが大怪我を負った交通事故を経て、アルバム『Odyssey』(1988)をリリースしました。その後、一時ニューヨークに拠点を置いたのち、やがてマイアミへと活動の場を移していきます。この移動は単なる地理的な変化にとどまらず、象徴的な意味を帯びていると私は考えます。

文化人類学者・山口昌男は『文化と両義性』の中で「中心と周縁」という概念を提示しました。

・「中心」とは制度化され、権威づけられた文化。神話や儀礼を安定化させる「秩序」の側。
・「周縁」とは逸脱、戯画、異端、笑いなど、文化を揺さぶる要素。既存秩序を撹乱する「無秩序」の側。

この「中心と周縁」が、せめぎ合いながら循環し、文化を再生させるというダイナミックな枠組みです。

1980年代のロサンゼルス・サンセットストリップは、まさにその「中心」としての文化的空間でした。大手レーベルや音楽雑誌、名だたるプロデューサー、人脈、マーケットが一極に集中し、才能ある若者を次々に飲み込み、消費し、スターへと仕立て上げる祭壇のような場所でした。秩序と権威が制度化され、ロック産業のシステムが最も強固に作動していたのです。

しかしイングヴェイは、その中心から距離をとり、マイアミへと拠点を移しました。マイアミはラテン音楽やダンス音楽の拠点ではあっても、ロサンゼルスやニューヨークのようにロック産業の中枢が集まる場所ではありませんでした。
ロック産業の文脈では、むしろ周縁に位置する場所といえるでしょう。業界の制度や消費社会的圧力から解き放たれることで、自らの音楽を自己完結的に磨く空間を得たのです。これはまさに周縁が文化を再生する、という視点です。イングヴェイがマイアミに拠点を移したことは、この「中心と周縁」理論を思い起こさせずにはいられません。

ここで強調しておきたいのは、これは都落ちではないということです。イングヴェイは業界から外れたのではなく、自ら距離を取り、周縁に身を置くことで音楽の純度を守ろうとしたのではないか。マイアミの自宅兼スタジオはイングヴェイにとって、そうした再生の場所なのではないだろうかと思うのです。さらに言えば、イングヴェイの存在は、体制に迎合せず、制度や秩序を揺さぶり続けるトリックスター的存在として立ち上がって見えます。

こうして振り返ると、スウェーデンから渡米した時点で、すでにトリックスターとしての役割を担っていたことが読み取れます。自らの越境性や異物性を自覚していたのでしょうか。セカンドアルバム『Marching Out』(1985)収録の楽曲「I am a Viking」にその精神を込めています。この自覚こそが、中心と周縁を媒介する彼のトリックスター的存在を象徴しているのです。


『Odyssey』は全米Billboard 200で40位にまで到達しました。
その中からシングルカットされた「Heaven Tonight」は、ヴァンヘイレンを意識したような軽快でキャッチーな曲調で、アルバム中でもっとも親しみやすい曲として一定の支持を得ました。
Billboard Hot 100にはランクインしなかったものの、UK Official Singles Chartでは最高86位を記録しました。レーベルが求めた“大衆に届くイングヴェイ像”のギリギリの着地点ともいえる楽曲でしたが、当のイングヴェイは最も嫌いな曲と語っています。


ここで私が思うのは、もしシングルカットの選択が違っていたら、また別の世界線があったかもしれない、という可能性です。たとえば「Crystal Ball」はキャッチーでありながら、イングヴェイらしいクラシカルな展開も備えており、“売れ線と芸術性の両立”を果たし得た候補曲だったのではないでしょうか。

しかしながら、その後のアルバム制作において、ロサンゼルスに腰を据えてさらに上を狙う道を、イングヴェイ自身は選びませんでした。
そこで足を止め、業界から距離を取りながら「工房型」としての歩みを深めていったのです。
そしてこの選択こそが、後のイングヴェイを決定づける分岐点となりました。



ポスト・ヴァンヘイレンのゆくえ──シュラプネルが繋いだ橋

イングヴェイの登場は、1980年代のロック業界にとって衝撃でした。クラシックの構築美を武器に、圧倒的な速弾きと楽曲の重厚さでギターを主役の座に据え直した彼のスタイルは、まさに制御不能の天才性を体現していました。
多くの速弾きギタリストが“技術の人”としてキャリアをスタートするのに対し、イングヴェイはすでに10代でギターの技術だけでなく、作曲から編曲、さらにプロデュースまで体得していました。そのためアメリカで頭角を現したときには、単なるギタリストではなく、完結した“音楽世界”を携えていたのです。
しかし同時に、その孤高の姿勢はメジャーレーベルにとって、商業的にどう扱うかという難題だったと想像します。

イングヴェイの様式を受け継ぐメタルギタリストは数多く現れました。しかし、その先へ発展させられなければ、歴史の中ではフォロワーとして位置づけられてしまいます。

一方で、メタルというジャンル全体をメインストリームへと押し上げたのはメタリカでした。『Metallica』(1991)通称ブラックアルバムは、全米Billboard 200で1位を獲得し、全世界で3,000万枚以上を売り上げています。彼らはメタルをアリーナからスタジアム規模へ拡張し、ジャンルそのものをメジャーの一角に据えました。ただし、その成功はギター技巧の突出によるものではなく、リフの重厚さやバンド全体の構築力が武器であり、技巧派の系譜とは別の方向性を持っていました。


業界は、技巧をいかに大衆に届けるか、という課題に応えるため、新たな試みを重ねました。そのひとつが、マイク・ヴァーニー率いるインディーズレーベル「シュラプネル・レコーズ」から生まれたレイサーエックスです。
シュラプネルのマイク・ヴァーニーは、イングヴェイをアメリカに呼び寄せたことでも知られています。渡米した当初、イングヴェイはシュラプネルに所属するスティーラーのギタリストに抜擢されました。
そのシュラプネルからポール・ギルバートを中心とするレイサーエックスも誕生しました。イングヴェイ以後の世代の超絶技巧を前面に打ち出し、インディーズシーンで注目を集めました。
当初はイングヴェイのフォロワー的な存在に見られることもありましたが、硬派すぎるサウンドは、まだメジャーの夢見る黄金比には届きませんでした。

その後、イングヴェイとも縁のあった超技巧ベーシストのビリー・シーンが中心となって結成されたMr. Bigに、ポール・ギルバートは参加することになりました。
すでに実力を確立していたビリー・シーンや、ポップで安定感のあるヴォーカルのエリック・マーティンらとのアンサンブルにおいて、ポール・ギルバートは単なる技巧の誇示ではなく、プロとして意識的に音を調整し、バンド全体の黄金比を成立させていきました。業界が求めていた技巧と大衆性の両立は、この布陣によって現実のものとなったのです。

この黄金比が形を取った象徴が「To Be With You」です。1992年に全米Billboard Hot 100において1位を獲得し、さらに世界15か国以上でチャート1位を記録しました。技巧派バンドがここまで商業的に成功した例は稀であり、これがまさに業界が求めていた解答だったと言えるのではないでしょうか。


そして忘れてはならないのは、その背後にシュラプネル・レコーズの存在があったことです。シュラプネルは現在では往時ほどの影響力を持たないかもしれません。しかし1980年代において、イングヴェイやポール・ギルバートだけでなく、数多くの技巧派ギタリストを世に送り出し、メジャーとアンダーグラウンドをつなぐ重要な橋渡し役を果たしました。その功績は今も揺るぎないものです。
シュラプネルこそ、あの時代における本当のトリックスターだったのかもしれません。



二つの系譜の位置づけ

ヴァンヘイレンが切り開いた技巧派ギターの商業的成功を、真に後継したのはイングヴェイではなく、Mr. Bigだったと言えるのかもしれません。しかしイングヴェイは、その路線に収まらず、むしろ工房型の孤高として、制御不能の天才性を体現しました。商業的黄金比の枠には収まらないからこそ、彼の存在は時代を超えて特異な輝きを放ち続けているのです。

イングヴェイとMr. Bigは、比較対象というよりも別な系譜と言えるでしょう。1980年代の音楽業界が、技巧ギターサウンドをいかに市場に届けるかという問いに直面したとき、イングヴェイを避けて通ることはできませんでした。しかしイングヴェイは孤高の工房型アーティストとして、その制御不能な天才性ゆえに商業主義の枠からはみ出しました。対してMr. Bigは、技巧と大衆性を兼ね備えた黄金比のバンドとして、業界が夢見た商業的成功を現実のものとしました。

象徴的なのは、この二つの系譜の異なる歩みです。Mr. Bigはプロジェクトとしての役割を果たし、2024年春に解散という区切りを迎えました。対してイングヴェイは工房型の個人名義を貫き、今なお現役で創作を続けています。孤高と黄金比──この二つの系譜は、プロジェクトとして完結する形と、孤高のまま継続する形として、ロック史に鮮やかな対比を刻んでいます。




終わりに──生き続ける技巧派

ギターを主役とするメタルの系譜は、イングヴェイ・マルムスティーンの孤高の工房型と、Mr. Bigの黄金比のプロジェクト型によって大きく形づくられました。現在ではメインストリームからやや外れた存在かもしれません。しかし、あの時代に築かれたギターとメタルの関係は、過去に閉じた遺産ではなく、今なお生き続けるものとして捉えるべきでしょう。

メタルからグランジやオルタナを経て、無技巧が是とされた時代を私たちは通り抜けてきました。だからこそ、技巧派ギタリストの試みをいま再び評価することには意味があります。ただしそれは単なる懐古ではなく、現在進行形の音楽文化を理解するための手がかりです。

そして現在に目を向ければ、孤高を守り歩み続けるイングヴェイ・マルムスティーン、黄金比を体現して役目を果たしたMr. Bigに加えて、再評価が進むエクストリームのヌーノ・ベッテンコートがいます。彼は技巧を自在に変幻させる“カメレオン型”であり、ジャンル横断的にポップやR&Bの現場にまで溶け込む柔軟さを示しています。また、技巧を前面に押し出さずソングライティングに昇華させるウルフギャング・ヴァンヘイレンのような新世代の姿も現れています。

孤高、黄金比プロジェクト、カメレオン、そして新世代──。
HR/HM技巧派ギタリストの系譜は、過去の礼賛ではなく、いまも生きて変化し続けるものとして、私たちの前に広がっているのです。

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