『迷探偵 沖田』第27話:裏切りという鉄の事実
新宿駅の地下深く、かつての都営地下鉄の廃線跡。 そこには、都市のゴミや澱みが沈殿し、光の届かない「情報の掃き溜め」が広がっていた。 沖田と志乃は、久世の警察手帳に隠されていた特殊な周波数を頼りに、組織の心臓部――『記憶の墓場』へと辿り着いた。
そこは、不自然なほどに無機質で、かつ神聖な大聖堂だった。 数千、数万の透明な円柱が林立し、その中には、生きたまま石へと変えられた人々が、永遠の眠りについていた。 彼らの脳からは細い光ファイバーが伸び、中央にある巨大な、銀色の「脳」を模したサーバーへと接続されている。
そして、そのサーバーの直前に、彼はいた。 久世警部補。 彼は石像になりかけていた。腰から下が完全に灰色の岩石と化し、上半身だけが、苦悶の表情を浮かべて沖田を見つめていた。
「……来たか……沖田……。……逃げろ……。ここは……救済などではない……」
「久世さん。……動かないでください。今、助けます!」
志乃が駆け寄ろうとするが、沖田が彼女の肩を強く掴んだ。 彼の指先は氷のように冷たく、その表情は、かつてないほど「鉄」のように硬かった。
「……真実、その一。……志乃。久世さんは、石像にされているのではない。……自ら望んで、このシステムの『一部』になったんだ」
「何を……? 嘘ですよね、久世さん!」
久世は、自嘲気味に笑った。その唇さえも、次第に柔軟性を失い、カサついた音を立てる。
「真実、その二。……久世さんは、数年前のあの事件の際、僕の父親を……沖田宗一朗を、自らの手で『沈黙』させた。……警察の名誉を守るために、組織の存在を隠蔽し、僕の父を闇に葬った。……彼は、その罪を償うために、観測者に自分の脳を差し出したんだ」
「……そうだ、沖田。……お前の親父は……狂っていたが、正しかった。……俺は……それを認めるのが怖かったんだよ……」
久世の瞳から、一筋の、石灰の混じった涙がこぼれ落ちる。 沖田は、三つの鍵のうち、最も重い「鉄の鍵」を久世の胸に突き立てた。
「真実、その三。……裏切りという事実は、誰にも変えることはできない。……だが、久世さん。……あなたは、最後に僕をここへ導くことで、もう一度だけ『警察官』に戻った。……この鉄の鍵が、あなたの罪を、世界の記憶から抹消してやる」
ガチリ。 鉄の鍵が、久世の身体を貫き、サーバーのシステムへと侵入する。 久世の肉体は、一瞬にして砕け散り、細かな砂となって地下道の床に広がった。 救済ではない。しかし、それこそが沖田が提示できる、唯一の「冷徹な事実」だった。
志乃は、砂の山を見つめ、静かに膝をついた。 迷探偵が背負った「真実」の重さが、今、彼女の魂をも押し潰そうとしていた。
