尾張名古屋に突撃じゃい!~犬山城から天下を臨む~/ミドル夫婦の飛行機de名古屋旅④
名古屋旅最終日は、6時に飛び起きて7時前にチェックアウトを済ませた。
髪は1本結びでキャップを被り、メイクもそこそこという有様だったけれど、どうせあとは帰るだけの旅路である。
とにもかくにも国宝を一目だけでも拝んで帰還するため、目標を犬山城へと定めた我々は、雑兵よろしく突撃を開始したのであった。
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1.国宝・犬山城まで突貫じゃー!
まずは犬山城ゆきの特急ミュースカイに乗るため、わたしたちは名鉄名古屋駅まで行き、ロッカーに手荷物を預けた。
ミュースカイは、名鉄で運行されている特別車で、全てが指定席であるのが大きな特徴だ。
利用には、乗車券の他に「ミューチケット」という特別車両券が必要となり、これは専用の券売機でないと購入することができない。
犬山までは普通の特急も出ているが、なぜわたしたちがこれに乗ろうと思ったかというと、単純にGoogleで調べたらミュースカイが一番速そうだったからだ。
特別車両券を別に購入しなければいけない面倒くささなどを考えると、特にこの列車に思い入れでもない限りは、普通の特急でいいのかも知れないということは、後々に知る。
ともあれ、わたしたちはミュースカイの乗り方を探しているうちに、直近で出発予定だった7時30分を完売で逃してしまい、仕方なく8時1分発を購入していたずらに20分ほどをホームで過ごした。
乗り慣れない鉄道をあれこれ使いこなせないのも無理はないと己らを励ましつつ、急く気持ちを懸命に落ち着ける。
かくして20分後、特急ミュースカイ到着。
全席指定だったので、自分たちの席まで行ってみると…

何と目の前が全面ガラス張りの最後部座席!何じゃこの眺めは??
は!そうか!よく解らないまま押した「展望席希望」っていうボタン、こういうことだったんだ…!!

広々とした車窓を流れてゆく尾張名古屋の景色をしみじみと見送りながら、特急ミュースカイは順調に進んでゆく。
鈍行だと確か45分くらいかかる予定だったが、8時半にはもう犬山の駅に辿り着いていた。

犬山城下は、この名古屋旅で一番の歴史情緒を湛えていた。
お店の類はまだ開店には早かったが、もうこの景色だけでも胸をときめかせるには充分である。
何しろできるだけ急がなければならないのだが、あまりにも撮れ高が多すぎて、夫と「時間ない!もったいない!」とぶつぶつ言いながら、それでもパシャパシャとそこらじゅうの街並みを撮りまくった。




途中、どこかで「古田織部ナントカナントカ」と書かれた看板を見かけたような気がしたが、夫に伝えると『へうげもの』の大ファンの夫は絶対立ち止まるに違いないと思ったので、言えなかった。
歩きながら、つくづくとここは時間のある時に来るべきスポットだな!!と半泣きで思い知る。
まさかこんな素敵な城下町を、駆け足で通り過ぎなくてはならんとは…!!
10分ちょっとくらいで城下町を抜けると、ナビは何だかドでかい神社の中を登ってゆく仕様になっていた。
しかし、どこにも犬山城を指し示す看板は見当たらない。
ここで夫が明らかにナビとは違う方向を「あっちじゃない?」と言い出し、とにかくナビ通りに進みたいわたしと、常に勘で適当に進んで何とかなってきた夫のバトルが勃発!!犬山城を前にしてくだらん時間の浪費をする羽目になってしまった。


いつもなら諍いが嫌でとりあえず言う通りにするものの、今日はもうあまりに時間がなかったため「じゃあ、あなたそっちから行けば!?わたしはこっちから行く!!」と夫を置いて歩き出す。


結局、途中に犬山城の看板を発見し、この道が合っていることが証明されたあたりで、後ろをついて来ていた夫がぽつりと「ごめん…こっちだったね」と漏らす。
…男ってさ……どうして女とはこんなにも違う生き物なんだろうね…

神社がひしめく急勾配の坂道を登り切ると、そこには確かに小城ながら国宝の貫録を随所に漂わせる犬山城が堂々たる姿で建っていた。
さすがにオープン間もない早朝とあって観光客の姿もまばら。
わたしたちは一番乗りで受け付けを済ませ、城内へ足を踏み入れる。
それにしても…城の麓があんなにも神社で埋め尽くされてるとは思わなかった。
犬山城は、1537年、織田信長公の叔父によって築かれた城で、何度も城主を変えながら戦国の世を見つめてきた要衝の山城だ。
現在の天守になったのは、天下泰平の江戸時代に入り、成瀬家が城を治めるようになった1617年頃からだと言うが、度重なる震災や戦争によって半壊の憂き目を見るも、何度も修復を重ねて当時のままの梁がまだ使われている箇所があるというから驚きだ。
城に近づくと、何やら櫓のようなものに保護された老木が目に入り、まずはそこから見てゆく。

これは『大杉様』と名付けられた樹齢650年の老木で、元々は天守閣と同じくらいの高さを誇る杉の木だったそうだ。
落雷や風雨から城を守るご神木として崇められてきたそうだが、1965年頃に枯れてしまったらしい。
それでもこうしてまだ大切に保護されているとはなぁ…
思わず言葉にできない感情が込み上げてきて、そっと手を合わせて先へ進む。

犬山城内は、思っていたよりずっと殺風景だった。
名古屋城のように観光客向けに特化された部分などはなく、総じて板敷きの間に無造作な感じで展示物が置かれているだけである。
しかし、それがいかにも年月を感じさせる佇まいを持っており、軽々しく触れてはいけないような迫力があるのだ。
あぁ~~~ここはマジで実戦の城だったんだろうな~~と、思うだけで涙腺に込み上げてくるものがある。




城は外から見るよりもずっと小ぢんまりとしており、建具や調度品の類が一切置かれていないため、どこがどういう機能を果たしていたのかは、石落としの間や天守閣くらいしか、よくわからなかった。
それでも、小牧・長久手の戦いや関が原においては、重要拠点としての機能を果たしていたのかと思うと、想像が次から次へと溢れてくる。
この城は、観光客のために歩きやすいような工夫が凝らされているというようなことも特になく、階段も手を使って登らなければいけないような急勾配だ。






熱田神宮では撮影すらほとんど許可されておらず、名古屋城では遠目にしか見ることのできなかった城の復元。
しかしここは国宝を天守に戴くにも関わらず、何と無造作に展示物が置かれていることか。
しかも、城の内部は触れても特に叱られるようなこともなく、係員さんどころか説明のパネルなどもほとんどない。
勝手に城内部の空気感や景色を思う存分堪能できるのだ。…すごすぎん?
やがて天守閣にたどり着いた時、とうとう耐え切れずにまたしても号泣してしまった。
だって!この景色を天下人たちも多分眺めたんだよ!!
いやもちろん歴史に名を遺す天下人の気持ちなど知る由もないけれど!
戦あとに天守閣から見る眺めなんて…それこそ万感の想いがあったのに違いない。
すごいなぁ…ほんとにすごいよ犬山城…
日本を代表する戦国大名3人がみんな何がしか関わってる城の天守閣がこんなにフルオープンだなんて…感動以外に言葉がない。



日本現存最古の国宝天守閣は、こっちが心配になるほどカジュアルに登り、見学することができた。
周囲には、ぐるりと一周して歩ける縁側のようなものが張られており、刹那天下人の気分を味わえる贅沢な空間だ。
一周している間にもわたしはあとからあとから涙が出て止まらず、回り切る頃にはすっかり茫然としてしまった。
天守閣には、2名の女性スタッフの方が配置されており、室内には歴代城主の肖像や、国宝5城と呼ばれる他の城の写真などが飾られている。
ちょっと泣いてしまった自分が気色悪かったので、思わず「なんかあの…気持ち悪くてすみません」と漏らすと、女性スタッフさんたちは「いえいえ!結構いらっしゃるので大丈夫ですよ!」とお気遣いくださった。
そっか。そうだよな。そりゃ歴史好きの感動屋さんならみんな泣いちゃうってこんなん!





ほんとに凄いお城ですよねえ…と更に話しかけると、スタッフさんたちは ふふ、と笑って首を傾げた。
それを見ていた夫が「あ、そっか、職場ですもんね。毎日通う職場だと思ったら、あんまり興味ないとただ古いだけだもんなあ」と笑う。釣られてスタッフさんたちも笑い出し、場はすっかり和んでしまった。
本当はもう少しゆっくり観て回りたいところではあったが、この後にはフライトを控えているため、天守閣とスタッフさんたちに別れを告げる。
すると、スタッフさんが驚くべきことを教えてくださった。
何と階段の真上にむき出しになっている梁の部分が、築城当時そのままのものだと言うのである。

そんなん!!触りまくるに決まってるじゃん!!
え!?てかそんな簡単に触っていいものなの!?
戸惑いのあまり触りながら錯乱してしまったが、国宝・犬山城はどこまでも懐の深いお城なのでありました。
どうしよう…!!織田信長や豊臣秀吉や徳川家康が触ったかも知れない梁に触っちゃったよ…!!

城を出たあとは、僅かな時間ながらギリで開いていたショップにも立ち寄った。
無事に犬山城マグネットを購入し、城下町を経由して駅を目指す。






城はほとんど駆け足で見学し、城下町の店店はまだ全然開いていなかったけれど、結果的に犬山城は100%行って良かったと思える場所であった。
歴史情緒溢れる町並みは外観を見るだけでも見応えがあり、国宝は今まで見たどの国宝よりも身近で懐深く、大袈裟に言うなら歴史の手触りを肌で感じられる稀有なスポットだったと思う。
名古屋からは少しばかり離れているけれど、もし中部国際空港に降り立ったなら、ぜひ犬山城を観光巡りスケジュールの中に組み込んでみて頂きたい。
9時オープンと同時に駆けこんだお城をあとにして、結局10時過ぎには犬山駅まで戻っていた。
名鉄名古屋駅で荷物を持ち、空港までの電車は2人で爆睡。
さあ、あとは今日まで食べ残していた矢場味仙の台湾ラーメンを空港で頂くだけである。
2.中部国際空港で名古屋ラストランチ
今回の強行突破で学んだことは、多少の無理をしてでも本気で観たいものは観ろ!!ということであった。
これは、常に安全策しか取ろうとしてこなかった自分のこの長い人生で、今更ながらでありながらも、大きな学びであったと思う。
空港ではさっさと荷物を預け、すぐに矢場味仙へと急いだ。
また行列だったら食べられないかも知れないと思ったのだ。
しかしド平日のまだ少し昼までには早い時間、さすがの味仙さんもそこそこに空席があった。
迷わず台湾ラーメンと手羽先、そして夫のお友達が猛烈プッシュしていた青菜いためを注文する。



台湾ラーメンは、中太ストレート麺に挽肉たっぷりの辛口醤油スープがよく絡む絶品だった。しかしひと口目のインパクトがかなり強く、最初はめっちゃ噎せた。
店のあちこちから「えっほえっほ!!うぇえええっほ!」という咳き込み音が聞こえてきていたことを思うと、ご同士がたくさんおられたのであろう。
手羽先は、柔らかく煮込んだピリ辛醤油味で、これまたうまい。
わたしはこの旅の日程で、人生で一番手羽先を食べたが、味仙さんの手羽先は他とはまた一風違う味付けで、新鮮だった。
そして夫のお友達オススメの青菜いため。
わたしは空芯菜というお野菜をこの時初めて食べたのだが、塩加減も絶妙なシャキシャキ歯ごたえの、大変美味しいお野菜だった。
店内でも次々運ばれていたことを見ると、箸休めにも最適なこのメニュー、人気なんですね。
初めての矢場味仙さんは、空港とは思えないほどリーズナブルで美味しいお店だった。
中部国際空港には他にも美味しそうなお店がひしめいていたけれど、もし辛いのがお好きだったら是非!!コスパ的な意味でも矢場味仙さんをオススメしておきたい。
3.さらば名古屋
あれだけ急ぎ足で犬山城を消化したのに、結局ご飯を食べ終わっても1時間近くの余裕があった。
残り時間は売店付近をぶらぶらし、ついつい美味しそうな食べ物をホイホイと買い込む。
結果『はませんえびうす焼』というこの時買ったおせんべいが、自分的に名古屋みやげの最ヒット賞となりました!
マジでこんな美味いえびせん、あとにも先にも食べたことない。
これはいつか大量に通販しようと思って居るので、気になった人はぜひお取り寄せしてみてください。
本気の「やめられない止まらない」を体験できるぞ!!
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来た時とは違い、中部国際空港は快晴。
帰りの飛行機の窓からは、びっくりするほど美しく雄大な富士山が見えた。
実はわたくし、飛行機から富士山を見るのは初めての経験である。
思わずこの旅のあれこれに感謝するような気持ちで、手を合わせた。

そうして帰り着いた千歳空港も、真っ青な空が眩しいほどの快晴。
帰路は夫の実家に寄って、ひつまぶしをお義父さんとお義母さんにふるまい、無事に着きましたと報告する。

2月7日から10日までの3泊4日。
生まれて初めての名古屋旅。
感情がジェットコースターのように揺れ動いたこの旅も、結果的に全て大切な楽しい思い出となった。
家に着いたあとは、空港で買った天むすで晩ごはんを済ませ、本当に全ての名古屋旅が完結する。

ひとつ言えることは、名古屋は一度ではとてもはかり切れない謎と不思議に満ちていたということ。
あと10年くらいしたら、またあの城々を見に行けるといいな。
どうかその時もまだ、夫と一緒にいられますように笑
もし最後までお付き合いくださった方がいらしたら、本当に本当にありがとうございました!
それでは、このたびはこの辺で!
