玉城町コンサート告知を兼ねて・町の史跡紹介
私事で申し訳ございませんが4月25日三重県度会郡玉城町のアスピア玉城さんにて30周年記念コンサートをピアノの辻井千太さんとさせて頂きます。
それに併せ何回か玉城町を訪問しておりますが、三重県でも最高級と言っても過言でない歴史遺産にあふれた町、しかも玉城町役場周辺には続日本100名城田丸城を巡る歴史史跡が一杯です。
神宮摂社が13社鎮座

まず伊勢神宮の摂社が町内に13社も鎮座されています。こちらは近くに行けば社叢が目立つため比較的容易に巡拝できますが、天須婆留女命御魂(昴神)を祀る榛原(すぎはら)神社や神宮125社では最大の難所とされる近くに氷室も残る鴨神社は雰囲気満点です。
続日本100名城の一つ田丸城

町の史跡を最も代表するのはなんといっても田丸城と思います。こちらは室町時代北畠氏により築城され、その後織田信長の次男信雄や稲葉道通の城主時代を経て、紀州藩所領となり代々久野家が城代家老として明治維新まで続きました。田丸城跡内に玉城町役場、玉城町立玉城中学があり、桜の名所としても大変よく知られています。
明治維新に伴い建造物はほとんど解体されましたが、城跡敷地内には富士見門、三の丸奥書院が、伊勢市世義寺に城門、また田丸神社の神輿庫などとして火薬庫が、明和町の民家に蔵・塀・門が移築され現存しています。

JR参宮線の田丸駅は小津安二郎監督に「浮雲」のロケにも使われたと伝わる駅舎でしたが、耐震構造が脆弱だったため2023年解体。現在は往時の面影を再現された外観のきれいな観光案内所も設置された駅になっております。
こちらの駅からの徒歩圏内の散策は本当に面白い。
まず駅南側の大得寺には紀州藩所領後の城代家老を務めた久野家の廟があります。

また駅北の三縁寺には城主であった稲葉道通の没後建てられた五輪塔が、更に北の西光寺には道通の長子三郎の墓所が残されています。
町を代表する先人村山龍平翁

そして玉城町出身の先人村山龍平翁(1850-1933)も町の歴史上非常に重要な人物です。
龍平翁は明治12年(1879)朝日新聞を創業、現在の夏の甲子園の前進にあたる全国中等学校優勝野球大会の創設を朝日新聞社長時に行いました。また美術収集家としても知られ所蔵品は旧宅である神戸市の香雪美術館にて公開されております。
玉城町の生誕地跡も香雪公園として、先日は桜が大変綺麗でした。

また図書館や教育委員会併設の村山龍平記念館がこちらも役場向かいの玉城城跡に開館されております。入館無料です。
その他玉城町出身の先人ではオブラートの開発者小林政太郎(1872-1947)や伊藤博文の側近で漢詩人・矢土錦山(勝之・1849-1920)らがおり、両氏の生誕地はなんと隣接しております。

時間がゆっくり流れる玄甲舎

そして田丸駅南側にあるのが江戸時代後期田丸城の家老を務めた金森得水(1786-1865)の別邸及び茶室である玄甲舎です。こちらは弘化4年(1847)建設され表千家不審庵を再建した大工により建設されたとされています。金森家は後にかの陸奥宗光とも縁戚関係となり、3月中は金森家に伝わるひな人形の展示もありました。

町南方は自然が多く残る場所で町指定天然記念物原のアイナシは会場アスピア玉城の近く新池畔りに所在しております。地元四日市阿倉川にも有名なアイナシがあり、4月上旬が花期になっております。

また広泰寺は秋の紅葉の名所として知られ室町時代一休禅師と並ぶ徳があった大空玄虎禅師による開山です。山門は町指定文化財となっております。
また2月18日、8月9日の会式に開帳される2体の十一面観音が遺る田宮寺や宮古には県下で非常に珍しい獅子舞神事に潔斎する岩風呂が梶原寺跡に残されています。

会場のアスピア玉城さんは地産の農産物が格安価格で購入でき、何より玉城弘法温泉水を活用した入浴が楽しめる施設です。
また本年は熊野古道の一環として観光大使を務めております多気町の女鬼峠とともに玉城町の石仏庵跡が国指定史跡に指定予定の栄えある年。多気町のイメージソングも歌わせていただく予定です。施設のグランドピアノを使用させて頂きます。是非よろしくお願い致します。

