【BL】白イ鴉・4章「縦井 鴉」②
↓の続き
11月も残り1週間となったところで、夜の冷たさが一層身に沁みるようになった深夜。
「こいつは傑作だな」
雑居ビルの屋上にも関わらず、頭上に輝く派手なピンクの縁取りと『高収入掲載数ナンバーワン雑誌』と書いている文字を掲げた看板の下。拓海は上から降り注ぐ照明の下で写真を眺めていた。
手の中にあるのは1台の携帯電話だ。
2つ折りで上部の画面に映し出されていたのは、着物を纏った男女と、真ん中に映る小さな男児の姿であった。
「凪の七五三と、お前の成人式か?」
「オヤジにもそれ言われたけど、もう30歳は見えてるっての」
「ダイは馬鹿過ぎて、そう見えないんだよなぁ……」
再度目を落とし「マジで成人式だぞ、これ」と拓海がぼそりと呟く。すると頭を軽く叩かれて、携帯電話を取り上げられた。写真の中では着物姿だった男が、今はシマウマ柄のコートを身に纏っている。相変わらず謎なセンスだとは思うが、言うだけ無駄なので黙っておく。
「お前がせっかく見たいって言うから、わざわざケータイでも撮ってもらったのに!」
「だったら、呼び出して見せずに送ってこいよ」
「やだよ!」
怒り方がまんま子供のそれなのだが。拓海は「ガキか」と親友に向かって告げたい気持ちを辛うじて胸中で留めておく。「分かった。馬鹿にしないから、見せてくれ」
大地は「やだね」とまたも拒否するが「可愛い凪の姿を見たい」と拓海が言うと、あっさりと渡してくれた。親友の手から差し出された携帯電話を受け取り、拓海は再びそれを眺める。
髪色がほとんど抜けた金髪の父親と、黒い髪色の子供と女性。子供の方は父親と目元がそっくりだ。
「もう5歳か、でかいなあ」
「でしょ? 今度また会いに来てよ。超可愛いし、アイツはお前の事大好きだから。すげぇ会いたがってる」
「休みの日にな」
拓海は視線を携帯電話に落としたまま、親指でキーを素早く押しながら答えた。パタリと2つに折り畳んで大地へと返す。携帯電話を受け取った後で、こちらを見る切れ長の目が拓海のすぐ前へと迫っていた。
「ねぇ拓、今何したよ?」
「可愛い親子の写真を俺の携帯に送っておいた」
近い大地の鼻頭を人差し指で突いた後。コートのポケットに手を突っこんで、拓海はニヤリと笑って見せる。
「貴重な写真なら、何かあった時にお前を強請れるようにと思ってな」
丁度コートの中に入れている携帯が震える。どうやら送信した写真が届いたようだ。大地は「趣味悪いよ」と愚痴るが「お前だからいいけどさぁ」と、締め括られた。
「俺ね、写真って嫌いなんだ」
「そうなのか?」
「薫がどうしても欲しいって言うから、今回は渋々撮ったけど」
「そりゃそうだ。七五三ぐらいは、家族一緒に撮ったほうがいい」
「3歳の時はパスしたよ。お陰で大喧嘩だった」
「そんなに嫌いなのか」
「丁度その時に、他のヤツらとやり合ってたじゃん」
「ああ、馬場のところか」
「うん」
煙草を咥えた大地が、オイルライターで火を付ける。拓海も煙草を咥え、ガスライターで火を付けた。
「万が一何かでハジいて捕まったら、殺人者のガキだよ? 写真なんて残してられない」
そう言って夜空に霞を振り撒きながら、笑う大地の顔から拓海は目が離せなかった。こういう話をする時、決まって彼が浮かべる笑顔は普段のものとは違う。従来の優しさを纏わせており、柔らかい印象を受ける。本人にそれを告げると「箔がないから自分の笑う顔は嫌い」と、愚痴られた事があった。
「ならヤクザなんて、やめちまえよ」
「頭が悪くても、喧嘩で上にのし上がれる仕事がありゃ考えるけどさ。そんな仕事ってある?」
「……ねぇな」
やはり今回も「だろうね」と、少し眉を顰めて笑いを浮かべたままだ。
「だからきっと、家族と一緒に自分の写真はもう撮らない」
「そんな事を言ってると、凪もあっという間に大人になっちまうぞ」
「本人が写真を撮りたいって言うなら、幾らでも撮るけどさ。俺は写らず、横でずっと見てたらいいだけだよ」
ことも無げに、サラッと言える彼が素直に羨ましかった。潔さと先を見通す冷静さは、恐らく彼の方が上なのだろうな。と常々から思ってはいる。だが拓海がそれを言っても、彼は恐らく信じない。
咥えた煙草の煙が深夜のビル風に吹かれて、線すら描くことなく流されてゆく。下で吸うものより半分以下の寿命を迎えた吸い殻を落とし、拓海はそれを靴の踵で揉み消した。丁度同じ位のタイミングで大地も煙草を消していたが、その顔が不意に上がる。
「拓、あれ見て」
少し身体をビルから乗り出し、大地がとある場所を指さした時。賑やかな女性たちの声が下から聞こえてきた。
「キャバの送迎か」
「うん」
少し向こうのビルで明るい声は上がっており、拓海もそちらへと目を向ける。
普段は派手に輝く看板を掲げたキャバクラは照明を落とし、普段は夜でも真昼のように明るい場所も静かだ。深夜の今ではこの歓楽街も、そこら辺の市街地の夜中と変わらない程度の明るさとなっていた。キャバクラから出てくる女性が次々とタクシーに乗ってゆく光景は、特に今更珍しいものではない。
そのうち2人の女性が歩いていて、こちら側のビルへと来た。拓海と大地がいるほぼ真下で、女性たちと合流した男の顔には見覚えがあった。
「アイツ、お前んところの……」
「ミキ、田所 幹夫」
大地がミキと告げた男は2人と話して歩いている。そして3人は、一つ筋が違う薄暗いコインパーキング脇に停めてある高級車へと乗った。
「2人持って帰ったのか?」
大地を見る。彼は「うん」と軽い調子で頷いた。
「今泳がせてる最中」
答えた大地は、2本目の煙草に火を付ける。
「シマにあるキャバクラの女をミキが黙って、ああやって斡旋してる。これからどっかお高いホテルに向かう気だよ。店の主力以外なら、バレにくいと思ってるんだろうね」
「そいつは随分と、穏やかじゃないな」
「車の中に1人いたのは見えた?」と尋ねられ、拓海は「ああ」と答える。
「相手は金持ちのボンボン。俺も胸張って誇れる人間じゃないし。無理矢理じゃない限りは、黙ってるのも手なんだよ。やり過ぎだと思えば、オヤジに見つかる前にミキには忠告位は入れてやる気だったけどさぁ」
深夜にも関わらず、屋上にまで聞こえる程のマフラー音を唸らせ車は走り去る。それを眺める大地の横顔は静かだった。
「多分、来週に呼ばれる子が……若過ぎる」
「未成年か」
看板に煙を吐き掛け「うん」と、軽い声が拓海の耳に入ってきた。
「その子にも、きっと色々と事情があったんだろうね。上手い具合、擦り抜けてウチに流れ着いたみたい」
その時、ビル風が一際大きく吹きあげた。
乱暴に耳を叩く風の音に混じり、大地の口からはとある数が告げられる。それを聞いた拓海の顔は歪む。職務上、決して耳に入れたくはない類の年齢だった。
コイツがこんな深夜にわざわざ屋上に呼び出すのは、必ず裏があるとは思っていた。拓海は「ダイよぉ……」と親友を呼び、深い溜め息を吐く。
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