第2話:夢と現実のディスタンス
「ねえ、やっぱり実物を見ないと始まらないと思わない?」
私のその一言で、週末の行き先は決まった。向かったのは愛知県国際展示場。
『名古屋キャンピングカーフェア』の会場だ。
会場に足を踏み入れた瞬間、圧倒された。
視界を埋め尽くすのは、もはや「車」という概念を超えた巨大な箱たちの群れ。
「すごいな……これ、キャンピングカーなのか」
夫が感嘆の声を漏らす。
まず目に飛び込んできたのは、トラックの荷台に巨大な居室を載せたキャブコンだ。
圧倒的な広さ、まさに「動く城」。
一方で、ハイエースの外観を保ちつつ、中身を魔法のように作り替えたバンコンも負けじと並んでいる。
「どれも素敵だけど、私たちの『譲れない条件』を整理しましょう」
私たちは人混みを避け、カタログを片手に自分たちの希望を指折り確認した。
• 常設ベッド(毎晩の展開作業は面倒!)
• トイレ用のマルチルーム(夜中のトイレ問題を解決したい)
• シンク(ちょっとした洗い物や手洗いに)
• ディーゼルの4WD(雪道も坂道もグイグイ登りたい)
• 家庭用エアコン&ソーラーパネル(夏の車中泊を快適にするための生命線)
これらを網羅しつつ、普段使いもできるサイズ感。私たちが惹かれたのは、いわゆる「ステルスキャンパー」と呼ばれる、外見は普通のハイエースなのに中身は本格的なバンコンたちだった。
憧れの「精鋭たち」を前にして
会場を歩き回り、私たちは5つのモデルに釘付けになった。
1. トイファクトリー:コルドバクルーズ
「バンコンの王様」らしい気品。断熱性能の高さは折り紙付きだ。
2. カトーモーター:シェスタ
木の温もりが凄まじい。職人技が光る内装は、まるで森のコテージ。
3. デルタリンク:ダーウィンQ5
洗練されたモダンなインテリア。ホテルのような空間に息を呑む。
4. レクビィ:ソラン
ペットとの旅も想定された、優しさと機能性が同居する一台。
5. アネックス:ウトネ500
「自由」を形にしたような、無骨ながらも計算されたレイアウト。
どれもこれも、私たちの理想が詰まっている。しかし、車両の横に置かれたプライスボードを見た瞬間、私たちは文字通り凍りついた。
「……1,000万円、超えてる」
オプションや諸経費を乗せれば、1,100万、1,200万。
それは、私たちが「ちょっと豪華な買い物」と考えていた枠を、軽々と飛び越えていた。
「新車は……無理だね」
夫の声が、会場の喧騒の中で小さく震えていた。
実は、私たち夫婦には共通の固い信念がある。それは「借金はしない」ということ。
家を建てた時も、これまでの車も、私たちはローンを組まずに歩んできた。
利息を払うのがもったいないという合理的な理由もあるけれど、何より「身の丈に合った現金を貯めて、自分の所有物にする」という実感が欲しかったからだ。
「ローンなら月々いくら、って言われるんだろうけど……」
「ああ。定年後の遊びのために、これから先の生活に負債を残すなんて考えられない」
二人の意見は一致していた。だからこそ、1,000万円という数字は「分割すれば払える額」ではなく、文字通り「今、手元に用意しなければならない壁」として立ちはだかった。
「ゼロからの貯金」は間に合うのか
「新車が無理なら、中古はどうかな?」
帰り道、スマホで中古車サイトを検索してみる。しかし、現実は甘くなかった。
キャンピングカーブームは継続中で、私たちの希望条件を入れると、中古でも700万円以上のプライスが並ぶ。
定年まで、あと5年。
私たちは、自分たちの通帳の残高と、これからの人生設計を脳内で計算し始めた。
「老後の資金には、絶対に手をつけたくないよね」
私の言葉に、夫が深く頷く。

生活費はもちろん、子供たちの結婚資金や、いつか生まれるかもしれない孫へのお祝い。それらを差し引くと、キャンピングカー資金は「ゼロからの貯金」になりそうだ。
「あと5年で700万。キャッシュで買うなら、年間140万、月に約12万……」
ため息が出る。今の給料から月12万を捻出するのは至難の業だ。
「積み立て? それとも株? 副業……?」
車中泊の動画を見ては「いつかは私たちも」と笑い合っていたあの夜が、遠い昔のことのように思える。
「やっぱり、私たちには無理なのかな」
窓の外、夕暮れ時の街並みが流れていく。
便利で、快適で、自由な旅。
そのチケットを「現金」で手に入れるための代償は、あまりにも重く、私たちの肩にのしかかっていた。
この小説はノンフィクションです。
(つづく)
