【勇者一行の”聴き“壁役やらせてもらってます。 〜壁役の私は、話を聴くたびに最強の盾を得る〜】第二十一話 融解 #創作大賞2025
数日後、アルベドからの呼び出しがあった。
アルベドの居室を訪れるとバルコニーから外を眺めているようだった。昼時に呼ばれるのは珍しいことだった。茶会を開いてもらう時は外の庭園で茶を飲んだりはしたが、それ以外用がある時は公務を終えた夕時が多かったのもあり。
アルベドの白く長い髪が風に揺れている。絹糸のようにきらきらと輝いて見え、見惚れると言う言葉が正しいだろう。
「ハヤチ、よく来てくれた」
「……落ち着きましたか?」
「ああ……自分の中で答えが出た」
アルベドは振り向くと穏やかな笑みを浮かべていた。まるで憑き物が落ちたようだった。微かに刺し傷が残っていたが、後に消えるだろう。
「……ハヤチ、僕は、僕に中に作られた人間への憎悪は、確かに母によるものだったのだろうな」
「仕方のないことでしょう。あなたにとって、この箱庭の中で唯一の妖精だったのですから」
「箱庭……そうだな。この城は、僕にとって広い箱庭だった。幼き頃この城で唯一僕を愛してくれた母によって捕えられた箱庭だ。白として産まれて、僕の意に背く者は多くはなかった。なんと都合のいい箱庭だろう」
アルベドはこちらに向かってきた。今は子供の見目をしていたが、飾らない彼の心を見た気がした。
「僕は、やはり今でも人間は憎い」
「すぐに変えられるようなものでもないでしょう。少しずつ、知っていけばいいのです」
「……その時は、……ハヤチは僕の隣に居てくれるのか?」
黒い瞳が私を見上げた。憎しみも何もない純粋な瞳だ。唾を飲み込む仕草をして、私の言葉を待っていた。
「約束しましたからね。パーティーに来てくださったのならば、考えてもいいと」
「うん……うん、ありがとう」
アルベドはゆっくりと近づいてきて、そうっと私の胸の中に顔を埋めた。
「僕は、これから変われるだろうか。妖精と等しく人間を愛せるだろうか」
「愛さなくてもいいのです。ただ、妖精たちと共に生きることを許してくだされば、それだけでいいのです」
「僕は、自分の意思でこれから歩いてゆけるだろうか」
「……あなたは、ずっと歩いて来れていましたよ。間違った道を歩んでいただけなのです。道は途中から変えたっていい、道は自分の意思で選べる。あなたの生はまだまだ長い。間違ったら誰かに助けて貰えばいい。こっちの道の方がいいかもよ。って、言ってくれる人が居ますよ。きっと」
アルベドは道を誤っていただけだ。産まれて、立ち上がって、人は道を歩み始める。親に導かれ、友に導かれ、そうしてひとりで歩み始める。アルベドは母と歩んでいた。でもその道は憎しみに満ちた道だったのだろう。それを知ってか知らでか、アルベドは今までずっと母が導いてくれた道だからとその道を歩み続けていた。
道はいつだって変えていい。寄り道したっていい。共に誰かと歩むことを選んだっていいのだ。
「ハヤチ、僕と一緒に歩んでいってくれるのか?」
「ええ、あなた、ひとりで放っておくと変な道辿りそうですから」
「ふふ、まるで迷子ではないか」
「ええ、今まであなたは迷子のようなものだったのですからね。私がちゃんと、隣に居ますよ」
アルベドの背に腕を回す。強く抱きしめると、アルベドは穏やかな笑い声をあげた。アルベドも私の背に手を回して抱きしめ返してくれた。
「これからは、あなたが道を決めていいんです。たまに空に流れる虹を眺めて足を止めたり、夜空を共に眺めましょう。思う存分道草して、それで綺麗だったねって、笑って歩いていきましょう」
「うん……」
顔をあげたアルベドの瞳からは涙が溢れていた。それを拭ってやるが止まることがない。声を上げて笑えば、アルベドもぎこちなく笑った。
「……僕は、人間への呪いを解こうと思う」
「……そうですか。そうお決めになりましたか」
「うん」
「あなたは、愛の深い方です。妖精を愛するあまりに間違ったことをしてしまっていた。けれど、それを理解した今、もう心配は要らないでしょう」
「……バルコニーに出てもいいか?」
「ええ」
アルベドと共にバルコニーへと出る。暖かな風が身を包む。髪が風に靡いて、空の雲は移ろいゆく。アルベドが私の右手を握った。それに握り返した。
アルベドが歌うように何か呪文のようなものを唱え始めた。三十秒ほど唱えると、片手を握りしめて空に突き上げた。空に光弾が上がり、花火のように弾ける。辺りに光の礫が舞い散った。風に乗って光は広がってゆき、薄く薄く、遠く遠く、小さな光が輝いて漂っていた。
「人間への呪いはこれで解けた。もう人間は獣を産むことはなく、他国の者は瘴気に狂うことはない」
「……ありがとう。アルベド」
アルベドに抱きついて強く強く力を込めた。
「人間を許してくれて、ありがとう」
それは本心からの言葉だった。他種族を憎む気持ちは私には分からなかった。それでもその恨みが根深いものだとは理解していた。誰かを恨んだことはあっても、死ぬべきだと、滅ぶべきだとは思えなかった。
結局のところ私の恨みに対する甘い考えはあったのだ。それでもアルベドをこのままにしておけばいつかの日、彼は妖精すら憎む日が来るだろうと理解していた。
アルベドは確かに恐れるべき王だったであろう。けれど反転させれば、誰かにとっては尊い王であるのもまた事実だった。この城に仕える者にとっては、アルベドは間違いなく尊ぶべき王だった。
アルベドを助けたい。その気持ちが芽生えたのはいつだったか。この国に人間は殆どいない。彼の恨むべき人間は滅びに瀕し、アルベドの思うがままだった。人間にとって暴君として君臨する彼。私がアルベドをどうにかしなくてはならないと思ったのは仲間の生死がかかっていたからだった。きっとそれが始まりだ。
仲間たちを快く向かい入れてくれていたのならば、私はあの夜アルベドに向かい間違っているなぞと言うこともなかったのだろう。結局私は私の保身のために彼に刃を突きつけたのだ。自身がアルベドが憎むべき、愚かな人間だと言う事実を私は死ぬその時まで隠していくのだろう。
アルベドが胸の中で私の名を呼んだ。体を離すと彼は穏やかな笑みを浮かべてこう言った。
「ハヤチ、僕の心を溶かしてくれてありがとう」
私はその言葉を受け取るに値する人間ではない。そう言ってやりたかった。けれど、この愛しさを失いたくはないのだと、泣きそうな笑みを浮かべてアルベドに微笑んだ。
「ねえ、聴きたかったことがあるんだ」
「なんだ」
「どうして私をえらんだの。人間なのに」
「それは神鳥が選んだからだと」
「違う、アルベドの本心を聞きたいんだ」
「……黒が美しいと思ったから」
「本当に?」
「……分からないんだ。お前を初めて見た時、何故か、心の底から安心するような気持ちを抱いた。……ひと目見た時から、惹かれていた」
アルベドは初めて恋をしたのだろう。何故私なぞをと思いはしたが、この言葉に嘘はないのだろうと分かっていた。自惚れてもいいだろうか。
「黒で、心の底から良かったと今思ったよ」
「……うん。僕もだ」
手を取って部屋の中へと連れてゆく。アルベドと隣り合いソファに腰掛けて、ぽつり、ぽつりと話をする。
「国交は再開するの?」
「そのつもりだ。イルガル国とも……他の国にも書状を送ろうと思っている。……どうなるかは、分からないが」
「あなた、王位に着いてから外交してませんものねえ」
「そうなのだ。だから不安で……」
「なんとかなるよ。きっとね」
もう昔のアルベドとは違うのだから。とアルベドの頭を撫ぜる。むす、と頬を膨らませたかと思うと光が散った。成人している姿に変わって私の髪の一房を取って口付けを落とした。
「……これからはハヤチが隣に居る。だから、見守っていてくれ」
「ええ、ずっと、死ぬまで」
「ふふ」
顔が近づいて口付けを落とされる。優しい口付けはすぐに離れてゆき寂しさを覚えた。
「……そういえばなんだけど」
「ん?」
「水戸場は黒だけど牢に入れて良かったの?」
「……まあ神鳥には選ばれては居なかったからな。と言うかこの場で他の男の話をしないでくれ」
「あはは、はいはい」
額を付き合わせて手を握る。混ざる白と黒の髪は外からの風に揺れていた。本当に、穏やかな時間だった。仲間たちは無事助け出してやり、人間への呪いも解けて、目の前にいるアルベドの心も溶け始めている。
全てが上手くいくとは思わない。壁に突き当たることだってあるだろう。けれど今だけは、誰にもこの幸いを壊せる者がいるようには思えなかった。
ずっとこの時が続けばいいのに、と叶わない願いを夢想する。アルベドの白の髪を梳きながら、その髪を見ながら前から考えていたことを言った。
「ねえ」
「なんだ?」
「妖精の森に行ってみたい」
妖精たちの住まう森。人間は立ち入るべきではないのだろうが、アルベドはいいだろう。と答えた。
「何かしたいことがあるのか?」
「……わたあめを帰してあげたい」
「わたあめをか?」
「うん」
「それは、恐らく無理だろうな」
「何故?」
「あの個体は特別なのだ。お前を選び、お前のことを好いている。離れることがあれば、すぐに死んでしまうかもしれない。そう言う宿命の元に生まれた個体なのだ。わたあめは」
「……そう、なんだ」
「わたあめを帰してやるのは難しいが、妖精の森には連れて行ってやろう。しばらく、落ち着いてからにはなるが、いいか?」
「うん」
額を離して、手をにぎにぎと握っていると片手を離して顎に手を添えられて再び口付けられた。
「浮かれているの?」
「そうかもしれない」
なんせ、恋をするだなんて初めてだからな。とアルベドは恥ずかしそうに笑った。私も思わず笑ってしまい、アルベドは光と共に幼い姿に戻ってぶすくれた。
「ごめんて」
「お前は人間だから短い生で何度も恋をするのかもしれない。けれど僕は竜の妖精だ。竜は生きているうちに番うのはひとりだけだ。ハヤチは僕に選ばれたのだから、もう誰にも渡してやれない」
「はーい、分かっとりますわ」
「返事が軽いのだ。お前は」
ふはは、とおかしそうにアルベドが笑う。日が傾いてきたのを目にし、再びバルコニーに出れば、まだ薄くまじないが広がっているのか夕日と共に煌めく光が見てとれた。
隣り合いながら、アルベドと二人、夕陽が沈むまでその光景を眺めていた。
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