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神社散歩#15(賀茂神社)

賀茂神社(かもじんじゃ)

所在地
群馬県桐生市広沢町6-833

御祭神
賀茂別雷神(かもわけいかずちのかみ)


この時↓の数時間前の話。

11月も終わりに差し掛かったある日、所用で桐生市を訪れたその帰り道。
幹線道路を走っていると、ふと賀茂神社の看板が目に入った。
ポピュラーなようで私の生活圏にはあまりない。
私はすぐに看板の案内に従った。

とても静かで厳かな雰囲気

神社の目の前にある駐車場?と言っていいのかわからないロータリーのようなところに車を停める。
駐車場の看板があるので恐らく合っていたはず。

参拝者は誰もいない。
そんなに遅い時間でもなかったが、社務所らしきところも人の気配はない。
ひたすら静かに、ゆっくり時間が流れている気がした。
時折そよぐ風がサワサワと葉を揺らし、心地よい音を立てる。
ただただ穏やかな空間。
柄にもなく深呼吸なんかしてみたり。

手入れがしっかりなされていて清々しい気持ちになる

箒の跡の残る土の上をカサカサと落葉が流れていくのをじっと眺めていると、なぜか全く寒さを感じないことにふと気が付いた。
それをスピリチュアルな言葉で飾るつもりは全くない。
その日その時の気候条件や地形がそうさせたのかも知れないし、私の体調のせいかも知れない。
しかし、私の主観に過ぎないとしても居心地が良かったのは厳然たる事実だ。

拝殿

実在した可能性の高い最初の天皇と言われる崇神天皇の代に賀茂神を勧請したとされる。
西暦に当てはめるなら300年前後かあるいは紀元前50年前後だろうか。
こちらの神社では尾の切れたアオダイショウが神使とされているそうだ。
尾が切れている由来はわからないが、紡織業や養蚕業が盛んだった当該地域において、害獣であるネズミから守ってくれる存在として身近で無毒なヘビが篤く信仰されたのだろう。
また、理由がフワッとしてるが白馬と鍛冶屋と桶屋を嫌うそうだ。

白馬…神様が嫌がるから
鍛冶屋・桶屋…氏子が音を嫌うから

幸い私はどれもあまり関係がない。

神楽殿と神輿舎

摂社・末社は賀茂御祖神社、香取神社、鹿島神社、豊機社など多数。

香取神社と鹿島神社
豊機社への入口

本殿周辺には文化財指定されている石灯籠や大きなモミの木などもある。
境内脇から山を少し登るような形で豊機社への入口がある。
賀茂山祭祀遺跡という遺跡に通じるルートも並走している。

社前から境内方向
桜吹雪ならぬ落葉吹雪が舞っていた
黄金色の落ち葉が日の光を受けて輝いていた

豊機社の御祭神は白瀧姫命しらたきひめのみこと
桐生市は隣接する足利市と同じく絹織物の街だ。
伝承によれば、平安初期に白瀧姫と呼ばれる女官が桐生の地に織物技術を伝えたとされ、同市内には名前そのままに白瀧神社という神社が鎮座している。
俗に白瀧姫伝説と呼ばれる民話は全国各地にあるが、ここ桐生市もその一つである。


御朱印はいただけなかった。
前述の通り、境内には誰一人いなかったからだ。
社務所なども閉まっていて人の気配がなかった。
それが目的で訪れたわけではないので、いつか機会があったらまた訪れてみようと思う。


賀茂別雷神(かもわけいかずちのかみ)

記紀には登場しない。
鎌倉時代末期に編纂された釈日本紀の山城国風土記には、玉依姫が拾った丹塗矢を持ち帰って寝床の近くに置いたところ懐妊し男子が産まれた。とある。
似た話は古事記などにもあり、初代天皇とされる神武天皇の后、比売多多良伊須気余理比売ひめたたらいすけよりひめの出生にまつわるエピソードなどがある。
また、母とされる玉依姫は神話や伝承に全て別人で何度も登場するため、固有名詞ではなく巫女を表す普通名詞とする説がある。
祖父である賀茂建角身命かもたけつぬみのみことは八咫烏となって神武天皇を導いたことでよく知られる。

記紀に登場する阿遅鉏高日子根神あじすきたかひこねのかみと同一の神とも言われる。
アジスキタカヒコネと言えば天邪鬼の語源で知られる天若日子アメノワカヒコとの話が有名だが、私はいい歳して天邪鬼である。
直さないとな…。