神社散歩#13(名草厳島神社)
名草厳島神社(なぐさいつくしまじんじゃ)
所在地
栃木県足利市名草上町4990
御祭神
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
「思ってたのと違う」
そんな経験は誰にでもあると思う。
髪の毛を切ったとき?
ネットで買い物をしたとき?
観光地に行ったとき?
思いつきで行動しがちな私にはもはや日常だ。
ネガティブな意味に捉えられやすいが、いい意味で想像と違うということもあるだろう。
4年前のこの日はそんな両極端な日だった。
朝から群馬で用事を済ませ、あとは佐野のアウトレットにでも寄ってゆっくり帰ろうと思っていた。
ふと幹線道路沿いに賀茂神社の看板を見つけ、ちょっとのつもりでがっつり参拝。
その時の様子は以下の記事。
そろそろ日も傾きはじめる頃に改めて佐野方向へ。
ナビを操作していてたまたま見つけた厳島神社の文字に惹かれ、またもやちょっと立ち寄ることに。

高さは10~12mくらいだと思われる(記憶の限りでは)
周囲はしっかり山の中。
あと1~2時間もしたら太陽は周囲の尾根に隠れてしまうだろうという、参拝にしては少し遅い時間。
ロケーションは大好物だ、ワクワクが止まらない。
大鳥居を潜ると舗装されたなだらかな傾斜の坂道が続いている。
道の先はカーブで見えない。
どこかの案内板で見たと思うのだが、本殿まで400mと書かれていたはず。
「カーブの先はすぐ神社なのだろう」と思ったことが印象に残っている。
舗装路から未舗装路に変わりはすれど神社が見える気配はなく、少し息を切らしながら長く緩いカーブを曲がりきる。
が……。
そこには先の見えない階段が続いていた。
「400mってこんなに長いか?」
少し納得できないながらも黙々と階段を昇る。
途中トイレや東屋のような休憩所もあったが、ちょっと躊躇ってしまいそうなくらい苔むしていた。
段差は徐々に狭く歪になり、その分体力が削られていく。
「400…m?……絶対…もっと…あるだろ……」
ゼェゼェと肩で息をする自分の体力の無さを棚に上げ、重い足元を見ながら心中で毒づいた。
(勝手に)思っていたのと違った。
実際は本当に400m程度なのだろう。
一度ゴールを知ってしまえば、なんてことのない道なのかも知れない。
体力不足と不慣れな山登りが重なり、この時の私にはとても長い道中に思えた。
日が落ちたら困るから引き返そうかな…と思い始めたそのとき、おもむろに顔を上げると…


この鳥居脇から奥の院のある巨石群へ行ける
往路は必死すぎて気が付かなかったがわりと目立つ看板がある
景観は大好物の類だ。
にわかに元気が出てくる。
外人さんのカップルがずっと写真を撮っていて、なかなかどいてくれなかった間に上がった息を整える。

前述の石鳥居を抜けるとすぐに弁慶の割石と名前の付いた高さ3m程の巨石がある。
付近の説明書きによると、
弁慶が此の石の上に仁王立ちになり、手にした錫杖で「エイッ」とばかりに突いたところ、さしもの此の大石も弁慶の怪力によって、見られる通り真二つに割れて現在の姿になったと言い伝えられています。
エイッと割ったらしい。なんか可愛い。
この神社の歴史は、平安初期(810~824年頃)に白い大蛇(弁財天の化身)に導かれて名草の地にやってきた弘法大師が、弁財天を勧請したことから始まったそうで元は仏教由来の場所だったようだ。
明治期の神仏分離によって神社に変わったものの、境内には弁天像や宝塔、巨石を利用した胎内くぐりなどの仏教要素が色濃く残る。
胎内くぐりは入ったと思うのだが、あまり記憶がない。



いくつかのシンボル的な巨石には名前がついているが、どれがどれだかわからなかった。
巨石の上で威厳を放つ本殿と特異な景観に終始圧倒されていた。




正面の三角形の岩は恐らく御供石(おそなえいし)
名草巨石群の中で最大だそう
橋の先から本殿裏の林道に入ることができる。
名草巨石群はこの辺りの他に本殿裏にもあり、奥の院とされているそうだ。
石割楓なるものがあるそうなのでせっかくだから拝もうと林道を進む。
日光がオレンジ色に変わりつつあったせいか周囲には誰一人おらず、自分の息遣いと足音以外は時折鳥が鳴くくらいで何も聞こえない。
道を塞ぐ倒木をいくつか越えたところでふと思いとどまる。
「……道、合ってる?」
間伐などで明らかに人の手が入っているが、あまりにも道らしくない。
ひとけのなさと時間的な焦りもあって急に恐くなった。
さすがに遭難するわけにはいかないので諦めて帰ることにした。
無事に石鳥居まで戻ったところで「巨石群(石割楓)」の看板に気付く。
看板の先は別の山道だ。
ここまで来たら是が非でも見ておきたい。
復路を外れてまた山道を登る。
正直ここまででかなり疲労が溜まっていた。
乳酸の溜まった足は悲鳴をあげ、なかば這うように登山道のような道を進んだ。
途中で登山装備の男女とすれ違った。
鬼の形相で荒々しく呼吸しながらも、必死で平静を取り繕おうとしている私はさぞ滑稽に見えたであろう。
それから間もなく、木々の合間から苔むした巨石が姿を現した。




率直に言うと石割楓はどれだかわからなかった。
石割楓これです!みたいな看板が出ているかと思ったらそんなこともなく。
思っていたのとはだいぶ違ったが、あの場所であの景観を見ればこれでいいのだと思えた。
太古の昔からただそこに在る巨石群。
芽吹いた所が割れ目であっても、それでも根を下ろして逞しく生きる樹木。
人間の関与など必要ないし関係ないのだ。
どこに生まれ落ちたとしても、全てを受け入れて肯定して懸命に生きている。
親ガチャという言葉が市民権を得た昨今、私も順調円満とは言えない家で育ったので理解はできるし言いたくなる気持ちもわかる。
自分ではどうしようもないスタート地点を恨み、自立した今でも他人を羨むことは日常的にある。
他人から見たら大したことのない坂道を、文句を言いながら辛い苦しいとみっともないくらい必死で登り、道を間違えてはすぐに諦めて卑屈になり、すれ違っただけの赤の他人には必要のない見栄を張る。
この場所までの道はまさに私なのだと思えた。
そんな私に、この場所で見た光景はとても大切な事を教えてくれているような気がして思わず涙が零れた。
話は変わるが、こちらの神社の御朱印を持っている方はかなりレアだと思われる。
ネットの情報によれば年に2日ほどしか御朱印を貰える日がないらしく、どこで貰えるのかもわからない。
私はもちろん貰えていない。
余談。
間もなく最初の大鳥居が見えてこようかという帰り道。
西日が当たる山肌は濃いオレンジ色に変わり、日陰は少し薄暗くなっていた。
前方から老夫婦らしき一組の男女が参道を登ってきた。
近所のスーパーまで買い物に行くような、ごく普通の服装だった。
数mという距離まで近づいたところで声を掛けられた。
老女「神社まではだいぶかかりますか?」
私「私は20分くらいかかったと思いますが、かなりキツかったです」
老女「この人(男性をさして)足が悪いから難しいですかね」
私「時間も時間なので明るい時間に来た方がいいと思いますよ」
老女「そうですか」
こんな感じの会話を交わした。
初めて来る人のような質問だったので近所の方ではないのだろう。
そもそも近くに家などほとんどない。
老夫婦は引き返すのかと思ったがそのまま参道を登っていく。
私「今からじゃ危ないですよ」
老女「ちょっとだけ行って戻りま…から… こ… …(聞き取れず)」
少し心配になってしばらくその場から老夫婦を眺めていたが、10数mほど進んで立ち止まっていたので、私は「もう戻ってくださいね」とだけ声をかけて神社を出た。
来た時には数台の車が停まっていた駐車場も、もう私の車以外にはスポーツタイプのバイクが一台停まっているだけだった。
ギアをドライブに入れた時にある疑問が浮かんだ。
「あの夫婦、どうやってここまで来たんだろう」
オカルト的な発想がよぎり、にわかに鳥肌が立った。
いやいや、そんな場合ではない。
老夫婦は未だに現れない。
これは大変なことになってしまうかも知れない。
慌てて車を降りて参道に向かう。
大鳥居を再び潜ると前からダウンジャケットの男性がやってきた。
私「年配の夫婦見なかったですか?」
男性「見なかったですね」
男性は神社から下りて来たという。
一本道で遭遇しないことなどあるだろうか。
事情を話して一緒に戻ってもらった。
いない。
しばらく戻ったがやっぱりいない。
沢か窪みか何かに落ちたのか?
そもそも人じゃなかったのか?
ダウンジャケットの男性も「本当にいたんならちょっと恐いですね」と怪訝な表情を浮かべている。
(ここは)圏外なので下まで戻って警察に連絡しようということになり、再び大鳥居へ戻る。
その途中…
あれほど探した老夫婦が前を歩いている。
私「どこにいたんですか」
老女「この人(男性をさして)がトイレに行きたいっていうので」
確かに途中にトイレはあった。
ブロック塀で囲まれた一畳ほどの小さなトイレだ。
物陰か草むらで気付かず通り過ぎてしまったのかも知れない。
大鳥居を出るまでの間で帰りの足はどうするのか尋ねると、老女は「何を言っているんだ」と言わんばかりに不思議そうな困ったような、ちょっとだけ怒ったような顔をした。
そして少しだけ語気を強めて「自分で帰れるから大丈夫だ」と言い放った。
人攫いか何かと思われたのだろうか。
というか、そもそも夫婦ですらないらしい。
大鳥居を出た老男女はいそいそと道路脇の建物の陰に入り、シニアカー(歩くスピードくらいのバイクに似た乗り物)で現れると、2台で並走しながらゆっくりゆっくり去っていった。
……バッテリーもつのか?
「思っていたのと違う」
私とダウンジャケットの男性は、気まずそうに顔を見合わせて苦笑いしたのだった。
徘徊でもなければお化けでもなくてホッとした、そんなある秋のできごと。
この記事を書いている最中、名草厳島神社本殿の屋根の銅板が盗難に遭ったことを知った。
無残な姿になった本殿を見てとても胸が痛い。
クラウドファンディングで修繕費を募っているので、力をお貸しいただける方がいらっしゃいましたらご協力くださいませ。
私も微力ながら支援させていただきました。
2025/6/30 23:00まで
【2025/7/7追記】
ご報告が遅くなりましたが、募集期間が終了いたしました。
以下抜粋~
この度は、名草厳島神社修復実行委員会によるクラウドファンディングにご支援をいただきまして、ありがとうございました。
≪歴史の街・足利 名草厳島神社 古からの精霊の地 巨岩に座す我らの神を守る≫
募集期間を終了いたしました。
この間、 300名をこえる皆さまから暫定額となりますが、5,925,000円のご支援を頂戴いたしました。
心より、御礼申し上げます。
実行委員会発足当初は、本当に我々に達成できることなのか、不安ばかりが募っておりました。
募集期間を終えてみると、第一目標を超えるご支援を頂戴し、感謝の言葉しかございません。
ネクストゴールは達成することが叶いませんでしたが、ご支援金以外の貴重なモノを山のように頂戴いたしました。このクラウドファンディングを通じて、我々自身が成長させていただいていると感じる瞬間が幾度もあり、大変貴重な経験をさせていただきました。
本当にありがとうございました。
トイレ全面改修には資金不足となってしまいますが、改めて検討し、しかるべき箇所の修繕に皆さまから頂戴した貴重なご支援金は大切に使わせていただきます。
今後の経過はプロジェクトページの活動報告やこのメッセージ機能を活用して発信してまいります。活動報告更新の際には、支援者さまへ通知が届くよう設定いたしますので、引き続きご確認いただければと存じます。
これからも皆さまからいただいた宝物を糧に、名草厳島神社を守り継いでいくために取り組んでまいります。
下記リンクからご覧くださった方、貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。


市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
アマテラスとスサノオの誓約の際に生まれた、いわゆる宗像三女神の一柱。
水の神にして見目麗しい美女と伝わる。
宗像大社や宇佐神宮に祀られているのが有名だろう。
私の記事#10-2でも若干触れている。
神仏習合においては弁才天と同一視され、宮島の厳島神社や江の島の江島神社がよく知られるところだが、今回の名草厳島神社もその一つである。
水の神なので、池で囲まれていたり水にまつわる地域に多いが、こちらのように山の中にあるのは比較的珍しい部類なのではないだろうか。
もっとも、境内を流れる名草川の源流は由緒ある清流とされており、巨石の付近は浅い沢のようになっているところもあるので、全く無関係とも言えなくない。
弁才天と言えば、セットで語られることが多い宇賀神。
知り合いに宇賀神さんという方がいるが、冷静に考えたらすごい名前だ。
