貧しい絵描きの御伽噺2(短編全2回)
翌朝、扉の外に見慣れない小さな箱が置いてありました。
絵描きがおそるおそる開けてみると、中には幾重にも重ねられたビニール袋の中に、ギウギウに詰まった何色かの絵の具らしきものが、まるで何かの内臓のようにありました。
絵描きは、この一見恐ろしげに見える、内臓のような絵の具らしき物を訝しみましたが、もしやこれは、夢の中の炎の女神からの贈り物ではないかと気づきました。
急いでビニール袋をメリメリと割いて、中を確認すると、まぎれもなくそれは絵の具でした。そう、出来損ないの絵の具……捨てられる運命にあった絵の具たち……
夢ではなかったと理解した絵描きは、早速その美しい色とは言えない絵の具を使い、絵を描くことにしました。
ダンボールや埃のかぶった古いキャンバスに、次々思うがままに描き続けます。
自分の望んでいなかった色。だったら作ればいい。
苦しい色、悔しい色、辛い色、悲しい色、羨望の色、嫉妬の色、消滅したい色。そこに救いの色を一滴加えたら、色たちはマーブル状に動き出して、希望への色に近づくかもしれない。
出来損ないの絵の具が、描いても描いても定着せずに剥がれてしまうなら、温かい涙で接着すればいい。
掠れて描けなくてもその隙間から、生きる道を見出せばいい。
絵描きは、人並みほどには、からだが動かないことも忘れて描き続けました。
すると、風が語りかけます。雨の雫が唄います。月が静かに笑います。突然負ぶさってきた子供が柔らかくて暖かい。絵描きは正直になることにしました。
その晩、絵描きは再び夢をみました。
シンとした森の中から、ヒソヒソ話し声がします。話しているのは、言葉を覚えた木たちです。彼らの言葉は意味を為していないけれど、今の絵描きにはパズルのピースを集めるように、興味深い言葉として心に深く嵌っていきました。
いつしかその抽象的な言葉たちは、見たことのないフォルムや色に変換されていくのでした。
言葉の葉を茂らせ、必要のない傷ついた言葉を散らせ、木は歩き始めます。
「歩く速度だから、見えてくるものがある」と呟きながら。
翌朝、目覚めた絵描きは、隣ですやすや眠っている子供を見ながらこう思いました。
大人になってしまった私は、どれが本当の自分の色なのかが分からなくなってしまった。子供の頃の方が、自分の色をよく知っていたし理解していた。今、もう一度、正直な自分になろう。見えるもの、聴こえるもの、感じるものをゆっくり受け入れ、消化して吐き出す。自然に呼吸をするように。自分の居場所を探すために、自分の色を見失わないために、そして、無償の愛のために。
もう一度、絵描きは子供の顔を三日月の目で見ました。
いつか、絵描きの心にも女神の炎の火が飛び火して、からだ中に、その熱い信号が送り込まれ、絵描きの両手は自由に動き始めたのでした。
子供がそばに寄ってきて言います。
「星になったおばあちゃんと僕にお約束したこと、思いだしたんだね」
絵描きは子供をギゥと力一杯抱きしめると言いました。
「しぬまで絵を描き続けるよ。だって、君とも君のおばあちゃんとも、自分とも約束したもの。それと女神さまともね」
おしまい

「出来損ないの絵描きと出来損ないの絵の具がtagを組んだ」
S6サイズの油画です
貧しい絵描きの御伽噺1です
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