【小説】記録の矛盾|第二記録
帰り道のことは、あまり覚えていない。
どの道を使ったのか。
途中で何度止まったのか。
家に着いたとき、外が暗かったことだけは覚えている。
ただ、録音機だけは手放せなかった。
電源を切っても、波形が残っている気がした。
風の音に混じっていた、低い反応。
あの通路の奥を向けたときだけ、強くなった波形。
聞こえていたわけではない。
耳ではなく、記録の中にだけ残っていた。
持ち帰ったものを机に並べた。
写真。
動画。
録音データ。
端末のログ。
ひとつずつ保存し、撮影した順に並べ直す。
湖畔。
霧。
橋。
門。
端末。
どれも、自分で記録したものだった。
それなのに、映像を見返していると、自分がその場所にいたという感覚が薄れていった。
端末に表示されていた文字は読めない。
言語なのか、記号なのかも分からない。
同じ形が何度か現れている。
規則はある。
ただ、その規則が何を示しているのかは判断できなかった。
分かったのは、波形だけだった。
録音機に残っていたものと同じ形が、端末の表示が変わるたびに現れている。
偶然とは考えにくい。
でも、何の反応なのかは分からない。
音なのか。
信号なのか。
端末が発していたものを、録音機が音として拾ったのか。
材料が足りなかった。
Notoの通知が、作業画面の端に残っていた。
送信者は澪だった。
通知に表示されたフォルダ名を見た瞬間、手が止まった。
湖畔エリア_02。
しまった。
作業用に名前を変えただけで、共有設定はそのままだった。
澪がまだ中を見られることを、完全に忘れていた。
通知を開く。
これ、何?
表示されていたのは、湖畔の画像だった。
古い共有フォルダに保存していたもの。
すぐに返信する。
ごめん。消す
ほどなく、返事が来た。
消す前に、一つだけ。
なに
二枚の画像が送られてきた。
どちらも、同じ橋を撮影したものだった。
見覚えがある。
どちらも俺が持ち帰った記録だ。
澪から続けてメッセージが届く。
この門、同じ場所にない。
最初は、意味が分からなかった。
同じ場所にない?
一枚目では、橋の先にある。
でも、次の画像では水面の奥にずれてる。
二枚の画像を並べる。
橋の位置は同じだった。
手前の柱も同じ。
水面の形も、大きくは変わっていない。
それなのに、門だけが違う。
一枚目では橋の延長上にある。
もう一枚では、同じ角度から撮影したはずなのに、門が左へずれていた。
撮影位置が違う可能性を考えた。
画像の端にある柱を基準にする。
ほとんど動いていない。
カメラの向きだけを変えたなら、橋と岸の位置も変わる。
変わっていない。
レンズの歪みでもない。
歪みなら、門だけではなく画面全体に影響が出る。
撮影の角度だけじゃないと思う。
反射も、奥の構造も合ってない。
言われて、初めて水面を見た。
門の下にあるはずの反射が、門の位置と合っていない。
奥の塔も同じだった。
映像の中では位置が変わっている。
水面の反射だけが、別の位置に残っているものもある。
構造物が動いたのなら、反射も一緒に動く。
撮影地点が変わったのなら、橋や岸も変わる。
どちらも起きていなかった。
映っているものだけが、記録ごとに違っていた。
澪から、もう一度メッセージが届いた。
直江くん。
これ、本当に同じ場所で撮ったものなの?
指が止まった。
同じ場所だった。
少なくとも、俺はそう認識していた。
同じ湖畔。
同じ橋。
同じ霧の中。
けれど、記録を根拠にして同じ場所だと言うことはできなかった。
わからない。
でも、もう見なくていい。
え?
こっちで確認する。
送信してから、二枚の画像をもう一度開いた。
澪を巻き込むつもりはなかった。
あの場所で何が起きたのか、俺にも分かっていない。
分からないものを見せてしまったこと自体が間違いだった。
それでも、澪が見つけなければ、門の位置が違うことには気づかなかった。
画面を閉じる前に、二枚の画像を別の場所にも保存した。
すべての映像を並べ直した。
橋の位置。
門の位置。
水面の反射。
奥の構造。
端末の有無。
一つずつ比較する。
同じ映像はなかった。
門が橋の先にあるもの。
水面の奥にあるもの。
門そのものが映っていないもの。
端末が柱の中に見えるもの。
何もない柱だけが残っているもの。
違う場所を撮影した記録なら説明できる。
ただ、岸と橋は一致している。
違う時間に撮影した記録なら、霧や光の差は説明できる。
でも、構造物の位置までは変わらない。
映像の破損なら、画面の一部だけが規則的に別の配置になる理由がない。
記録は一致しない。
位置も合わない。
反射も合わない。
何が正しいのか、映像だけでは判断できなかった。
音声を開く。
波形を並べる。
映像では、門の位置が違う。
構造物の数も違う。
端末が存在する記録と、存在しない記録がある。
それなのに、波形は同じだった。
完全に同じ音声を複製したものではない。
風の音は違う。
周囲の雑音も違う。
ただ、低い反応の形だけが一致している。
間隔も近い。
現れる位置も、端末の表示が変化した前後に集中していた。
映像は信用できない。
見えているものは、記録するたびに変わる。
でも、波形だけは残る。
違う映像の中で、同じ反応を繰り返している。
それが何を意味するのかは分からない。
ただのノイズではない。
そこまでは除外できた。
端末のログを開いた。
判読できない文字が並んでいる。
表示された順番と、波形が現れた時刻を重ねる。
一部の文字列が繰り返されていた。
意味は分からない。
ただ、その文字列の前後にだけ、同じ波形が現れている。
表示を画像として切り出す。
輪郭を強調する。
認識できる形がないか、一文字ずつ分けていく。
文字そのものは読めなかった。
それでも、機材側のログには別の情報が残っていた。
端末の表示を記録した直後。
短い英字の識別情報。
最初に見えたのは、三文字だった。
O.R.S.
略称なのか。
機材が勝手に付けた分類なのか。
端末側から受け取った情報なのか。
検索しても、該当する施設は出てこない。
湖畔周辺の地図にもない。
それでも、ログの別の領域に、三文字へ対応する文字列が残っていた。
一語ずつ表示する。
OUTER
RECORD
STATION
声には出さなかった。
モニターの前で、三つの単語を見続けた。
OUTER RECORD STATION。
外縁記録駅。
駅。
それが施設の名前なのか、場所の分類なのかは分からない。
ただ、O.R.S.が何を省略した文字なのかは分かった。
記録は一致しない。
映像も、反射も、構造物も。
何があったのかを、映像から決めることはできない。
それでも、違う記録には同じ波形が残っている。
見えているものが変わっても、同じ反応だけが消えない。
映像が間違っているのか。
俺の認識が間違っているのか。
あるいは、どちらも同じものを、違う形で記録しているのか。
まだ分からない。
ただ、あの場所には名前があった。
O.R.S.
その三文字だけが、矛盾した記録の中に残っていた。
関連記録
前の記録
次の記録
いいなと思ったら応援しよう!
応援していただけると、次の制作を続ける力になります。急に踊ったりはしませんが、静かにかなり喜びます。