1 きっかけは突然に
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第1話 きっかけは突然に
きっかけなんて、
いつどんなタイミングで起こるかわからない。
あの頃は、ただ
3人で音楽を弾き鳴らしているだけで楽しかったんだ
何を話すでもなく、脊髄反射のような会話
時間を忘れて、ギター、ベース、ドラムスティック片手にアパートの一室で夜通し、ああだこうだと駄弁る。
気づけば笑っているその時間がたまらなく好きだった
そんな時間が永遠につづくと思っていた。
でも
そんな日常はある日、目まぐるしく変わっていく
きっかけは
突然に
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楽屋のソファに、深く体を沈めながら西野七瀬はため息をひとつついた。
収録間のほんの束の間の休憩時間。
テレビ収録の合間、次の出番まではまだ数分ほど。
だけど、なにかを始めるには短すぎて、なにもしないには少しだけ長い——そんな中途半端な時間。
七瀬はおもむろに鞄からスマートフォンを取り出すと、画面上に小さな赤い数字が灯っているのに気づいた。
YouTubeの通知だった。
それを見た瞬間、七瀬の胸が、わずかに跳ねる。
七瀬「……あっ」

通知に表示されたチャンネル名は《βチャンネル》。
最近ハマっている、顔も名前も明かしていない素人バンド。
インディーズですらなく、ただの大学生らしい。
だが、その音楽はとびきり瑞々しく、まっすぐで、何よりボーカルの歌声が耳と心に沁みた。
彼らの姿は、いつも逆光や後ろ姿で覆われていて、素顔は一度も映らない。
けれど、その分だけ音に、指先に、声に、心が宿っていた。
動画を開く。
《乃木坂46の"今、話したい誰かがいる"を演奏してみた》
一瞬、時が止まったように思えた。
このリクエストを送ったのは——まぎれもない、自分自身だった。
七瀬「ウソ……ホンマ……?」
思わず声が漏れた。
思わず口元がほころぶ。顔の筋肉が抑えきれずゆるむ。
スマホを握る手が微かに震えている。
嬉しさに頬が熱くなるのを感じながら、慌ててイヤホンを耳に差し込む。
そして動画を再生すると、画面の中から、どこか穏やかで、澄んだ声が流れてきた。
動画が始まり、ギターを抱えた後ろ姿の青年が、やわらかな声で語り出す。
〇〇「今日は、ペンネーム“ななせまる”さんからリクエストいただいた、乃木坂46さんの『今、話したい誰かがいる』を演奏させていただきます」
七瀬「うわあ……!」

七瀬は一人、ソファの上で足をバタつかせた。
顔が熱い。
自然と笑顔になってしまう。
画面の中で、ギターが鳴る。
ドラムがリズムを刻み、ベースが低く響く。
バンド形式にアレンジされた「今、話したい誰かがいる」は、原曲とはまた違った輪郭を持ち始める。
そして、〇〇の歌声が響いた瞬間——七瀬の全身に電気が走った。
透明でいて力強く、少年のようでいてどこか大人びている声。
自分たちの曲とは思えないほどの新鮮さ。
けれど、歌詞のひとつひとつが、まるで彼の声で生まれるべきだったかのように響いてくる。
まるで歌声だけが、その姿を超えて彼女のもとへ届いてくるようだった。
七瀬「……すご………」
自然と、ぽつりとつぶやく。
ほんの数分の演奏。
でもそのすべてが、七瀬の心を揺さぶった。
言葉にならないほどに。
七瀬「もう一回、聴きたい……」
動画をリピートしようとしたその瞬間、高山一実と斎藤優里が近づいてきた。

優里「ねぇねぇ、なーちゃん。何見てんの? ひとりでニヤけて〜」
一実「なにかいいことでもあった?」
右側からふいに腰を下ろしたのは優里。
続いて左からは一実も。
七瀬「えっ、ううん、なんでもないよ」
七瀬は慌ててスマホを隠そうとするが、すでに手遅れ。
優里が身を乗り出し、一実も七瀬のスマホをチラリと覗き込む。
優里「見せて〜見せて〜。んん? バンド? なにこれ、プロの人?」
七瀬「ううん、ちゃうよ。素人の人。でも、めっちゃ上手いねん」
一実「そうなんだー。βチャンネル?」
七瀬「うん、最近めっちゃハマってて。ほら、これ私がリクエストしたやつなんやけど——」
そう言って七瀬が再生ボタンを押すと、3人は自然と画面に惹き込まれていった。
音が鳴り、映像が進む。
シンプルな構成の中に、確かな熱とセンスがある。
優里「うわ、かっこいい……てか声よ……! これ誰!?」
七瀬「名前も顔もわからん。でも、ほんまにええやんな?」

七瀬がそう答えたちょうどその時だった。
今野「盛り上がってるな〜」

後ろから声がして、3人が振り向くと、乃木坂46の運営責任者の今野義雄が楽屋の入り口に立っていた。
優里「今野さん! これ見てくださいよ、めっちゃいいんですよ!」
優里がいつもの調子で声をかける。
今野「ん? 何を見てるんだ?」
一実が七瀬の背中を押し、スマホを差し出させると、七瀬が簡単に説明を加える。
七瀬「これなんですけど、うちらの曲をバンドでカバーしてくれてる動画があるんです。“βチャンネル”っていうんですけど、今ハマってて」
今野「ふぅん、西野がハマるなんて珍しいな、どれどれ」
今野は意外にもすぐにちかくのパイプ椅子を持ってきて腰を下ろしたので、なんとも不思議な鑑賞会が始まった。
七瀬がスマホを手に動画を再生し始める。
冗談半分で巻き込んだつもりが、画面に映る3人の演奏を前に、今野の目が真剣になった。
画面に流れる映像に、ふたりは引き続きキャッキャと感想を言い合っていたが今野は目を細め、眉間にしわを寄せ、まるで何かを見極めるように集中していた。
無言のまま、スマホから流れる音楽と、映像に釘付けとなっているようだった。
音が終わっても、今野はしばらく無言だったが、静かに口を開いた。
今野「このβっていうバンド、本当に素人なのかい?」
今野の言葉に、半ば意図が理解できなかったが、七瀬は文字通りに質問に答える。
七瀬「はい、多分。大学生やと思います。なんか、趣味でやってるって前の動画で言ってましたからから」
七瀬がそう返すと、今野は「ありがとう」とひと言だけ言い残し、楽屋を後にした。
優里「今野さん、どうしたんだろ?」
一実「なんか、妙に真剣だったね」
七瀬「うん……」
3人は今野の様子を不思議に思いながらも、再びスマホに目を向けるのだった。
楽屋を出た今野は廊下で足を止め、自分のスマホを取り出す。
先ほどの動画を検索して、URLをコピーする。
次の瞬間、それをある人物へと送信した。
読み込まれるのを待つまでもなく、既読がつく。
そして、電話が鳴った。
秋元「今野くん、あれは——?」
電話口から響いてきたのは、秋元康の声だった。
電話越しにも、あの独特のオーラが伝わってくる。
今野「見ていただけましたか?」
秋元「みたよ、あれは一体……」
今野「まだわかりませんが、もしかしたらとてつもないダイヤの原石かもしれません……」
秋元「…うん、面白い。会ってみよう」
その言葉には、何かが始まる予感と、抗えない引力が滲んでいた。
物語は〇〇たちの知らないところで、
突然に動き始めたのだった。
つづく
※この物語は、フィクションです。
※実在する人物などとは一切関係ございません。
