2 きっかけは突然に
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東京・乃木坂の並木通りに佇むガラス張りのビル。
ソニー・ミュージック 乃木坂ビル

その威圧感のある外観を見上げながら、〇〇、櫂、慶太の三人は無言のまま立ち尽くしていた。
〇〇「……やっぱ、怒られるんだよな、これ」
〇〇がぽつりと呟く。
ポケットの奥にしまい込んでいたスマホがやけに重く感じられた。
あのダイレクトメッセージを見て以来、三人の胸中は不安で膨れ上がっていた。
慶太「著作権かぁ……やばいよな…」
慶太の言葉に、櫂は顎に手をやって神妙な顔つきでうなずく。
櫂「相手はソニー・ミュージックだからな。本物の乃木坂の人らの運営。著作権法的に考えるとどう考えても俺等に勝ち目はない。やっちまったかもな」
慶太「なんとかしろよ法学部」
櫂「無茶言うな。理工学部のお前にタイムマシン作れって言ってるのと同じだからな」
慶太「うへぇ…そりゃ無理だわ」
諦めの境地なのか、櫂と慶太は半ばコントのようなやりとりをして不安を紛らわせている。
〇〇「言ってても仕方ない、行こう。謝って許してもらえるかは分からないけど、誠心誠意謝れば伝わるさ」
正直、どんな罰が下るのか、それを想像するだけで胃が痛くなる。
だが、逃げるわけにもいかない。
〇〇の言葉で三人は覚悟を決めて自動ドアをくぐった。
受付で名乗るとすぐに通される。
案内された先は、ビルの上の階のさらに奥にある重厚な会議室だった。

長机と椅子がずらりと並ぶその奥で、すでに二人の男が席に着いていた。
今野「どうぞこちらへ」

一人は、ラフな白いインナーに紺色のジャケットに身を包み、どこか悠然とした雰囲気を漂わせてつつも、鋭さと知性が滲む目元で〇〇たちをみてきた。
穏やかながらも一切の油断を許さぬような雰囲気を纏っている今野義雄が〇〇たちをいざなう。
そしてもう一人。
落ち着いたスーツ姿に黒縁メガネの奥に鋭く光る目。
小太りでありながら、まるで大物俳優のようなオーラがあった。
その男の正体に、三人の心拍数は一気に跳ね上がる。

――秋元康。
まがいなりにも音楽に触れている者でその名を知らぬ者などいない。
何十年も日本の音楽シーンを牽引してきた男が、いま、目の前にいる。
今野「あらためまして、ようこそ」
今野が口を開いた瞬間、三人は即座に頭を深く下げた。
〇〇、櫂、慶太「「「申し訳ありませんでした!」」」
三人の声が重なり、会議室に響いた。
その光景に、一瞬の静寂。
そして、予想外のことが起きた。
秋元「はははっ」
低く笑い始めたのは秋元だった。
続けて今野も、堪えきれずというように吹き出す。
今野「ハハハ、何を謝ってるの?」
笑い顔で今野が言う。
秋元は、口元に笑みを浮かべながら顎を撫でていた。
顔を上げた〇〇たちは、目を丸くする。
何が起きているのか分からなかった。
今野「怒るために呼んだわけじゃないよ。むしろ、素晴らしかった。君たちの動画、何度も見させてもらった」
今野がそう言いながら、穏やかな目で三人を見た。
〇〇「……え?」
予想外の言葉に〇〇の口から、間抜けな声が漏れた。
今野はうなずき、さらに続けた。
今野「特にあの『今、話したい誰かがいる』。演奏もアレンジも、工夫されていて感動した。ぜひ、生で聴いてみたくてね」
呆然とする〇〇たち。
抗議どころか、まさかの称賛。
放心したような表情で、それでも信じきれないまま三人が互いを見合う。
櫂が小さく「マジかよ」と呟き、慶太が肩を落として「心臓、止まるかと思った……」とぼやいた。
〇〇はようやく力の抜けた笑みを浮かべると、小さく「ありがとうございます」と頭を下げた。
その姿を見ていた秋元が微笑んだ。
秋元「君たち、楽器は持ってきてないだろう?」
〇〇「は、はい……」
〇〇の返事に今野が立ち上がり、軽く手で合図をする。
今野「じゃあ、ついてきてくれるかな」
今野を先頭に案内された先は、別フロアのレコーディング・スタジオだった。

音楽会社の本気を物語るような、プロ仕様のレコーディングスタジオ。
天井は高く、壁は吸音材で覆われ、中央には最新のミキサー卓が鎮座している。
そこに並ぶギター、ベース、ドラムセット――まるで舞台が整っているようだった。
これが、本物のプロの現場――三人は息を呑んだ。
今野「自由に使ってくれて構わない。君たちの演奏を、ここで聴かせてくれ」
今野の言葉に促され、三人は困惑しながらもそれぞれ楽器を手に取る。
楽器を手にすると、不思議と緊張は消えていた。
指先が覚えている感覚、身体が反応する楽器の扱い方。
〇〇がギターのチューニングを終え、秋元と今野の方を向く。
そして、ふと〇〇が秋元に尋ねた。
〇〇「あの…何を演奏すれば……」
〇〇の問いかけに、秋元が少しだけ考えるような仕草を見せてから答える。
秋元「うん、そうだな、せっかくだし、『今、話したい誰かがいる』をお願いするよ。それと、オリジナル曲があるなら、それも聴きたいな」
〇〇たちは一瞬、顔を見合わせる。
〇〇「わかりました」
チューニングをおえて、〇〇たちは顔をあげてお互いを見やる。
櫂「……大変なことになっちゃったな」
櫂が小さく言う。
慶太「マジで夢かと思うわ……」
慶太もぽつりと呟いた。
緊張と困惑で強張った顔。
だが、〇〇が口角を上げた。
〇〇「せっかくだ。楽しもう」
その一言で、三人の間にいつもの空気が戻る。
櫂「そうだな、こんな機会滅多にないしな」
慶太「いい経験だよな」
3人はいつものように、楽器を掲げて意識を集中させる。
櫂がスティックを軽く打ち鳴らす。
ドラムのカウントを刻み、次の瞬間イントロがはじまる。
ドラムの音にあわせ、ギターとベースが音を重ねていく。
まるで空気が震えるように、音が空間を満たしていく。
まずは『今、話したい誰かがいる』。
続けて、〇〇たちが高校最後の文化祭で作ったオリジナル曲――『卒業』。
旋律が、言葉が、空気を震わせていく。
純粋に音を楽しむ〇〇たち。
先ほどまでの緊張と困惑が嘘のように、笑顔でメロディーを紡ぐ。
その音に、その姿に、秋元も今野は思わず言葉を失った。
演奏を終え、いつものように軽くハイタッチを交わす三人。
その姿を見つめる秋元と今野の眼差しは、どこか感慨深げだった。
今野「……ありがとう、素晴らしかったよ」
今野が笑顔で言う。
今野「ぜひ、改めて話をしたい。また来てくれるかな?」
〇〇「もちろんです。今日は、本当にありがとうございました」
〇〇が深く礼をして、三人はスタジオを後にする。
静まり返ったスタジオで、秋元と今野はしばらくのあいだ黙ってソファにもたれかかっていた。
今野「……いかがでしたか?」
今野が問いかける。
秋元は腕を組み、しばらく天井を見上げていたが、やがてひとことだけ呟いた。
秋元「……天才だな」
その声に、思わず今野は姿勢を正す。
秋元「彼らは、音楽だけじゃない。人を惹きつける、あの光――あれは偶然では生まれない。選ばれた者が持つ特別な輝きだ」
静かな声のなかに、確かな熱が宿っていた。
秋元「彼らを逃してはいけない。特にあの〇〇くん、彼は絶対にだ」
秋元が、プロデューサーとしての眼差しで言い切る。
今野はすぐにうなずいた。
今野「バンドグループとしてデビューさせる方向で準備します」
今野は持っていた手帳に走り書きをしようとした。
だが、秋元はゆっくり首を横に振ると――
秋元「いや。坂道グループとしてデビューさせよう」
一瞬、時が止まった。
今野「……坂道、ですか?」
今野の声がわずかに変わる。
奇想天外な秋元のアイディアはこれまで多くの仕事を共にしてきた今野でさえ、今でも驚かされる。
今がまさにそれだった。
しかし、秋元も今野が抱く疑問を察してか、その疑問に答えるように続ける。
秋元「彼らは、今の坂道に必要な化学反応をもたらす。あんな風に音楽を楽しめる人間が、真ん中にいてくれたら……坂道はもう一段、進化できる」
静かに、しかし確信に満ちた声だった。
静かな決意を乗せた秋元の声に、今野は「わかりました」とだけ答えた。
運命の歯車は、確かに動き出していた。
彼らの音楽が、誰かの心を動かしたように。
つづく
※この物語はフィクションです。
※実在する人物などとは一切関係ございません。
song by
乃木坂46「今、話したい誰かがいる」
CRUED PLAY「卒業」
