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5 きっかけは突然に

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CanCamの発売から、幾日かが過ぎた。

街を歩けば視線を感じることもあったし、すれ違いざまに「もしかして……」と小声が漏れることもあった。


だがそんな熱も、次第に静まり、〇〇の日常はゆるやかに、いつもの軌道へと戻りつつあった。


人のうわさは七十五日、とはよく言ったものである。




慶葉大学の学食。

昼の喧騒と、油の香ばしい匂いのなか、〇〇がトレーを手に定位置のテーブルへ向かうと、先に席を取っていた櫂が、顔を上げた。


櫂「お、モデルさんの登場だ」


わざとらしい笑みと、からかうような口調。


「はいはい、いいってそういうの」と〇〇は苦笑しながら応じ、無造作に席へと腰を落とした。


トレーの上には、学食名物・ワンコインプレート。鶏の唐揚げに、ぽてりと盛られたポテトサラダ、白飯の山。そして具のほとんど入っていない味噌汁。


〇〇は、いただきます、と言ってから昼飯にありついた。


ふと、慶太がラーメンの湯気を浴びながら、口を開く。


慶太「今日、ひで爺んとこ行くんだよな?」


〇〇「もちろん。ギターの調整も終わったって言ってたし、スタジオで演奏もしたいしね」


そう言って〇〇が箸を唐揚げに伸ばしながら言うと、櫂がすでにおにぎりをひとつ食べ終え、腰のバックからスティックを取り出して言った。



櫂「今日はなにからやる?」



エアーでドラムを叩くような仕草。


〇〇は少し考えてから、目を細めるように言う。



〇〇「久々にアップテンポなやつがいいな。16ビートくらいの疾走感あるやつ」


〇〇の提案に、ラーメンを啜っていた慶太も「いいね、それ」と即座に同意する。

しかし櫂はわざと大袈裟に溜め息をついた。


櫂「16ビート疲れんだよなぁ……」


先ほどまで軽快にエアードラムを叩いていた手が止まる。


〇〇「そこがいいんじゃん、あの音に乗ってく感じ」


慶太「わかる。あの指が追いつかない感じにしがみつくのがたまらねーよな」


ギターとベースの〇〇と慶太は同じような愉悦を共有するが、櫂は呆れたように言う。


櫂「この音楽変態どもめ…… まぁ、わからなくもないけどな、あのドラムを打ち鳴らす感覚は辞めらんねぇ」


〇〇&慶太「「お前も十分変態だ」」


櫂「ちがいねぇ」



それでも結局、最後は笑いながら意見は一つになる。


この他愛のない流れ。

くだらなくて、愛おしい。


〇〇は、こんな日々がたまらなく好きだった。









--


大学の講義を終え、夕暮れが住宅街の屋根を茜に染めるころ、〇〇たちはその建物の前に立っていた。


蔦に覆われ、ほとんど隠れかけた表札の隅に、小さくこう書かれている。



《HIDE’s STUDIO》


一見すれば倉庫のようであり、民家のようでもある奇妙な建物。


だが、〇〇たちにとっては、何よりも大切な“アジト”だった。



扉を開けると、すぐに楽器たちが迎えてくる。

ギター、ベース、ドラム、バイオリンにチェロ。



所狭しと並んだ楽器の海。


その隙間を器用に抜けながら、〇〇は階上に向かって声をかけた。


〇〇「ひで爺〜、いる〜?」


〇〇の声に反応するように、すぐに低くもしっかりとした声が返ってくる。



ひで爺「おー、来たか。悪ガキども」


階段をゆっくりと降りてきたのは、白髪に長い白鬚、紺のシャツに油の染み込んだエプロンを身につけた、どこか仙人めいた風貌の老人だった。


泉宮秀信、通称ひで爺。


〇〇たちが利用しているこの音楽スタジオの主である。


〇〇「ギター、受け取りに来たよ。それと、またスタジオ使わせてほしいんだ」



ひで爺「ああ、準備はできてる。まずはコイツだな」



そう言ってひで爺が差し出したのは、鮮やかな深い青の艶を湛えた一本のギター。


Crews Maniac Soundのsolution24 R6 Ash Navy。


〇〇にとっての“相棒”。

試しに弾くと、その音は空気を震わせ、いつもの耳障りのいい何とも言えない音の匂いがした。


〇〇「ありがとう、ひで爺。言い感じ」


〇〇が礼を言うと、ひで爺は一言「来い」とだけ言って、階段を上がり始めた。

2階には、スタジオがある。


だが、今日のひで爺はどこか様子が違う。


〇〇たちはお互いの顔を見合わせながらも、ひで爺についていく。



2階に上がると相変わらずの薄暗さ。


しかし、ひで爺は慣れた様子で一歩一歩と前へと進んでいく。



ひで爺「スタジオを使わせる前に、お前たちに会わせたい奴がいる」


その言葉に、三人は再び顔を見合わせる。


このスタジオで誰かと会うなんて、初めてのことだった。


そして、スタジオブースの前までやってきたその時。

薄暗い部屋の奥から、聴き覚えのある、けれど思いもよらない声がした。





秋元「〇〇くん……?」





そこにいたのは、いつもよりも少しだけラフな服装に身を包んだ秋元康だった。


〇〇「秋元先生!? なんでこんなところに……」


〇〇の言葉をよそに、スタジオブースの調整盤の前の椅子に腰をかけていた秋元は、驚きつつもゆっくりと立ち上がる。



秋元「まさか、先生が会わせたいアーティストというのが、〇〇君たちだったとは…」


静かに、けれど確かな熱を込めてそう語る秋元の背後で、ひで爺は小さく肩を竦めて言った。


ひで爺「なんだ、知り合いだったのか?」


ひで爺は〇〇たちと秋元を交互に見やりながらスタジオの電源をつける。


そこには場違いなほどに整えられたスタジオブースがあった。

プロ仕様の機材たち。

まえにソニー・ミュージックに行ったときのスタジオと比較しても引けを取らない設備。


ひで爺「知り合いなら話が早い。秋元、こいつらの演奏を聴いたことは?」


秋元「ええ、YouTubeにアップされていたのと、前に一度だけ事務所に来てもらって聴かせてもらいました」


ひで爺「そうか。生で聴いたときは、楽器は、コイツらので演奏させたのか?」


秋元「いえ、その時は貸し出した楽器で」


ひで爺「そうか………おい、悪ガキども」


そう言うとひで爺はスタジオブースのドアを開けながら〇〇たちを呼んだ。

ブースの中には櫂がいつも使っている愛用のドラムセットや、エフェクターなどがすでに準備されていた。



ひで爺「すまんが、お前たちの本当の音楽を聴かせてやってくれ」



〇〇たちは混乱しながらも、ひで爺の言うことならと納得してスタジオブースに入って準備を始める。



その姿をスタジオブースの外から見守る、秋元とひで爺。



秋元「先生、"本当の音楽"とは、いったい……」



秋元はひで爺が先ほど言った言葉の意味を計りかねて尋ねる。

ひで爺はブースの調整盤を操作しながら秋元の言葉に返事をする。


ひで爺「お前が聞いたのはあいつらの本当の実力じゃない」


秋元「……?」


ひで爺の、言葉の意味がわからずにいると、〇〇たちから声が返ってきた。



〇〇「ひで爺、準備できたけど、なにを演奏すればいい?」


ひで爺「なんでもいい。お前たちが今演奏したい曲を聴かせてくれ」



ひで爺の言葉に、〇〇たちはお互い向かい合って一言二言言葉を交わす。


そして、微笑みを見せるとそれぞれの楽器を構えると、〇〇のギターの合図で曲をスタートさせる。





その瞬間、〇〇たちの本当の音楽の衝撃が、秋元を襲いはじめたのだった。








つづく
※この物語はフィクションです。
※実在する人物などとは一切関係ございません。


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