自己紹介と映画『私たちの話し方』後編
今日、2026年3月27日は映画『私たちの話し方』の劇場公開日です。
この映画について紹介した前編の記事はこちらよりお読みください。
映画祭での鑑賞以来、また劇場で観られるのを楽しみにしていました。
この日に登場人物3人ついて紹介できること、嬉しく思います。
手話と口話を使いながら、広告クリエーターとして仕事をしているアラン。
香港手話を母語とし、ろう者としてのアイデンティティを大切にしているジーソン。
2人に出会うまで手話に触れたことがなく、聴こえないことを乗り越える、という考え方のなかで育ったソフィー。
育った環境や価値観が異なる3人それぞれに、自分の経験を重ねながら紹介してゆこうと思います。
アラン
手話・口話に加えてデザインといった表現手段を持ち、ジーソンとソフィーの会話のきっかけを作るアラン。
ろう学校でジーソンから手話を習い、その頃にジーソンと交わした大切な約束をずっと守り続けています。
通常学級ではなく、ろう学校でジーソンと一緒に過ごしたことが、大きな財産になっているのを感じて嬉しくなりました。
私が小学2年生からまで中学3年生まで通っていたのも、小児専門病院に併設された養護学校(現在の名称は病弱特別支援学校)でした。
本当に様々な特性を持つ友人たちと過ごすなかで、自然と「普通って1人1人違う」という価値観が育まれていったのを思い出します。
ジーソン
「自分の言葉」も、「目指す目標」もしっかり持っていて、ろう者としてのアイデンティティ・母語としての手話に誇りを持つジーソン。
ソフィーに「私たちの声が聞きたいか」と問いかけられた時の答えが一番好きです。きっとこの場面まで本作を観てきたら納得の答えではないでしょうか。私は「そうだよね!」と思いました。
私自身、障害に対する捉え方はジーソンに一番近く、「自分が持って生まれたアイデンティティ」といった言葉が一番しっくりくるかもしれません。
「歩けない」というのも自分のなかでは普通のことで、乗り越えたりしなくていい、と考えながら過ごしてきました。
ソフィー
口話だけを使い、聴こえないことを乗り越える、という考え方のなかで「普通」になろうとしてきたソフィー。
とても優秀で、面接試験での受け答えでも仕事に関することはすらすらと答えられるのに、自分のことを聞かれると言葉に詰まってしまうのがとても印象的でした。
そんなソフィーがアランとジーソンに出会い、手話に触れて、どんどん自分を語るための言葉を吸収してゆきます。でも、長い間積み重ねてきたこれまでの努力や考え方も、簡単には捨て去れない。葛藤しながら自分の言葉を探すソフィーから、目が離せません。
ソフィーと私の障害に対する考え方は正反対と言っていいほど違うはずですが、同じような状態に陥ったことがあります。
高校から1クラスの生徒数が40人の通常学級に進み、その後大学に進学した私はだんだん、世間の基準としての「普通」に触れて、本当に無意識に障害を乗り越えようとしてゆきました。
自分の意識としては「乗り越えなくていい」と思っているので、「障害があるからできないと言われないように頑張る」と無意識に考えていることにも気付かないまま、苦しさが増してゆきます。
1人では自分の言葉を探せない
私は自分のことがよくわからなくなって、2年間ほどカウンセラーさんにお話を聴いてもらってようやく「あ、障害を乗り越えたいと思っていたけれど、どんな基準で測られたとしても、私にとって大切なアイデンティティであることに変わりはないんだな」と気付きました。
それくらい、無意識に考えていることを自覚するのは難しいと思います。
でもだからこそ、問いかけてくれる人が必要なんだと、この映画の3人を見て改めて思いました。
「何が好き?」「どんな言葉で話す?」「どうしたい?」「何を選ぶ?」
3人が手話で問いかけてくれると思います。
そしてきっとこう背中を押してくれるでしょう。
「私の話し方は、私がどうありたいかは、自分自身が決めていい」
エンドロールまでそんなメッセージにあふれているので、ぜひエンドロールが始まっても席を離れずに最後までご覧ください。
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