4.2「仕事」 日本とスペインこんなにも違う「働く」ということ──【イベリコ豚の国で迷子になって】
和田が話していたように「大学時代は企業に就職するのが当たり前」という意識は、現代の日本社会においても驚くほど変わっていない。大学3年生からほとんどの人が本格的な「就職活動」を始める。毎年、新卒の就活生が選ぶ「人気企業ランキング」なるものが発表され、誰もが知っている有名企業の名が連なる。そして、その会社が何をしているのかよくわからないまま、みんなこぞってランキング上位の企業に群がる。こうして3月になると学生たちはとってもダサい真っ黒のスーツを着て企業の説明会に駆けずりまわる。みんな髪の毛は真っ黒で、就活が終わったら二度と使わないであろう微妙なヒールを履いて(派手なシャツはダメとか、スカートは膝のあたりまでないといけないとかいろいろ言われるが、企業はファッションセンスのない人を雇いたいのかとつくづく不思議に思う)。
そして、学生たちはなんとか企業にコネを作ろうと、OB・OG訪問をする(一般社員にいくら媚びを売ったところで、合否には一ミリも関係しないのに)。自分が何人に会いに行ったのかはまったく覚えていないけれど、周りには何十人にも訪問している人もいたし、何も知らない当時は私も希望の会社の人と知り合えただけで、まるでアイドルに会えたような気分だった。
この時期を終えると、4年生の6月1日から企業の選考が開始する。SPI(適性検査)を各自テストセンターで受け、その結果をもって各企業に応募する。面接の回数は企業それぞれだが、だいたい大手企業の採用期間は8月くらいに終わる。そのあとに企業のおこぼれをもらおうと中小企業が選考を開始する。早い人は6〜7月中にさっさと選考を終え、大学生最後の夏休みを謳歌する。受からない人にとっては、耐え難い苦しみが続く。
絶対なくならないけれど、この馬鹿げたシステムはどうにかならないのかと昔も今も思う。ただ、OECDが2019年に発表した若年層の失業率ランキングでは、スペインはギリシャに次いで2位、日本は36位、というのを見ると毎年必ず企業が新卒者に空きをある一定の数用意してくれるのは、ありがたい話でもある。
この一連の過程が「楽」とは言い切れないけれど、まだなんとかなる。もう一つの良い点は、同じ世代の同僚がたくさんできることだ。滑り込んで就職した最初の会社は、誰もが“良い会社”という大企業(本当かどうかはおいておいて)だったので、私には頭の良い同期が40人くらい一気にできた。辛い新入社員時代を一緒に乗り切った仲間だけあって、私はそこに2年しかいなかったのに今でも仲が良い友達は何人かいる。
とはいえ、就職活動という戦いを乗り越え「夢の大企業」で待っているのは地獄だ(と、私は思う。少なくとも、二度とあの頃には戻りたくない)。職場にもよるけれど、だいたい新米の残業は当たり前。しかも最悪なのは「仕事が遅いのはあなたのせい」なのだから、「残業代をつけるべきではない」という暗黙のルール。上司が残っているから帰りにくいこともあるし、やっと仕事が終わったと思ったら今度は飲みに付き合わされる。あまりにも断り続けていると、周りからは良い顔をされない。たった1週間の夏休みを取るのも気まずい。なかにはまったく休暇を消化していない人もいた。
これはスペインだけでなく、ヨーロッパに住む人にとっては信じがたいはずだ。
私が働いていた部署では、たった15分程度席を外すだけでチームに人にメールしろと言われていた(その部署の人たちが異常だった)。休暇どころか休憩すら気楽にできないなんて、息苦しくて死んでしまいそうだった。
日本人がスペイン人(そしてたぶんイタリア人も)に対して抱くステレオタイプに「働かない」が挙げられると思う。たしかに、夏はあまり働いていないように思う(これはヨーロッパ中にいえることだと思うけれど)。しっかり2〜4週間近く休暇を取り、さらには16時で勤務が終わる会社もあるくらいだ。
さらに、パンデミックが始まってホームオフィスになったとき、当時シェアしていたスペイン人の“休憩”の多さに驚いた(というかうるさすぎて迷惑だった)。彼は、喋っていないと死んでしまうのではと思った。少し静かになったと思ったらすぐテレビ電話、仕事の話をしていたかと思えば、いつの間にかバケーションの予定を組みだす。とにかく落ち着きがない。
自分のお喋りに夢中で、こっちのことなんかおかまいなしの店員や係員も山ほどいる。昔、近所のスーパーで警備員が、明らかに勤務中なのに堂々とドーナツを店内で食べていたのを見たこともある。仕事としては明らかによくないけれど、個人としては幸せそうだ(弁護しておくと、もちろんみんなが働いていないわけではない。全体的に日本人よりも話好きで、細かいことを気にしないだけだ)。
良くも悪くも、こうしたスペインの緩さは人間らしく、それが和田も言っていた「住み心地の良さ」に繋がっているのかもしれない。私は自他共に認める適当人間だけれど、スペインでの対応が雑すぎてさすがにいらっとすることもある。
それでも正直、もう東京では暮らせないと思う。一度海外に出てその土地に馴染んでしまい、日本に帰りたくないという人をたくさんいる。そう、「帰りたくない」という人はたくさんいる。けれど、それを「帰らない」という行動に実際移す人は、それほど多くない。そこにはタイミングやビザの問題、経済的問題な問題が絡んでくるから、そう簡単にはいかないのだ。海外に移住した日本人をメキシコ、フランスそしてスペインで取材してきたけれど、彼らに共通しているのはその国に残りたい、そこでやり遂げたいことがある、という執念だ。
***
スペインでは、修復師が正職員として働くには、文部省が実施する国家試験に合格しなければならない。そして合格者は成績順に、希望の美術館や修復センターを進路に選んでいく。しかし、修復師の国家試験は定期的にあるものではない。和田はこう話す。
「私が受験したときが、ちょうど17年ぶりの公募でした。応募者が何百人もいたので、結果が出るまで1年半くらいかかりましたね。スペイン全国で33くらいしかない枠に、17年分の修復師たちが集まってきているわけですから、時間も相当かかりました」
国家試験には、3つのステップがある。1次はスペインの法律と修復に関するテーマについての筆記試験。2次では実際の作品、もしくは写真を見せられ、自分ならどのような修復をするかを記述する。そして、3次は書類審査だ。
和田は、この国家試験にも見事合格。だが、勤務先の美術館が決まりかけていたちょうどその時期に、プラド美術館から紙修復師の公募が出た。プラド美術館も文部省の管轄下ではあるが、独立した立場にあるため、採用試験も独自に実施するのだ。
プラド美術館は、ほかの国立美術館よりも待遇が良く、所蔵する作品はすべてが国宝級。「仕事をするなら、絶対にプラドが良い」。和田はそう決意し、再び“受験勉強”に励んだ。
合格の知らせを受けたときは「絶叫もの」だったという。こうして2010年4月から、プラド美術館の紙修復師として和田は新たな一歩を踏み出した。
ちょうど、40歳を迎えた年だった。(つづく)
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