2.1 「恋愛編」アルゼンチン男が、恋人を追って日本へきてみたら──【イベリコ豚の国で迷子になって】
いつの日か、恋愛小説を書いてみたいと思う。
自慢じゃないけれど、好きな本はあっても、その人の作品を全部読みましたといえる作家がいない。江國香織を除いては。彼女とは12歳くらいのときからの付き合いだ。
彼女の作品に登場する主人公たちは、たいてい酒飲みでお風呂にばかり入っていて、なんとなく奇妙で浮世離れしている。どの作品を読んでも、体験したことがなくてもどこか懐かしい気持ちになる。可能ならば、江國香織の世界に住みたい。もうそれくらい好きだ。
だから、彼女のような小説を書けるものなら書きたい。けれど致命的な問題は、自分のなかに書きたいテーマがないということだ。だから、とりあえず今はノンフィクションの世界に徹しようと思う。ウディ・アレンの「現実よりも、フィクションの世界に住んでいたい」という意見には賛成するけれど、現実世界にもフィクション並みの不思議で溢れているのだ。
それを『Camino al Este(東への道)』を読んで痛感した。
同書の作者アルゼンチンのジャーナリスト、ハビエル・シナイは、2017年にブエノスアイレスから日本まで旅をすることにする。その目的は、京都で茶道の勉強をすることにした恋人のマレナ・ヒガシに会うこと。
マレナは祖父母が日本人の日系3世で両親とも日本人であるものの、生まれも育ちもアルゼンチン。だksら、彼女の中身は完全にアルゼンチン人。そんな彼女が、茶道の先生であった祖母の影響を受けて、現地で「本物」を学びたいと思い立ち京都へ行くことを決心する。
けれど彼女がこの話をハビエルに持ち出したのは、2人が付き合いはじめてからまだ1年がようやくたった頃。ハビエルは、それを聞いたとき「2人の関係はまだ強固なものではなかったから、ショックだった」と振り返る。マレナが日本へ旅立ったのはそれから5〜6ヵ月経ってからのことだった。
当時、彼はブエノスアイレスでメキシコにオフィスを置く「ローリング・ストーン」誌の仕事をしていたが、突如として仕事を打ち切られてしまう。思いがけずフリーになった彼は、マレナに会うための旅を企画することに。けれど、単に飛行機に乗っていくのではなかった。
スペイン フランス ドイツ ベラルーシ ロシア モンゴル 中国 韓国 日本
そう、1万4953キロメートルの道のりを“寄り道”しながらその先々で恋の、あるいは失恋を収集することにしたのだ。彼は、ラブストリーを集めた著書『Camino al Este』にこう書いている。
「『愛』というのは、単に愛するだけではない。それは、セクシュアリティーや失恋、孤独との付き合いも指すのだ」
バルセロナではポルノ映画を撮影するカップルに出会い、ロシアでは妻に不倫され、それを乗り越えられずに殺人鬼と化した警察の悲劇を見つけ、東京ではホストクラブに衝撃を受ける──。
彼が世界の各地で掘り起こしてきたノンフィクションのラブストーリーは、まさに「現実は小説より奇なり」という印象を受けた。そして正直なところ、一人は日本で自分のやりたかったことに没頭し、もう一人は(いくら仕事のためとはいえ)世界を転々としていくなんて、ハビエルとマレナどちらの立場だとしても私は無理だと思った。
私がマレナだったら、新しい環境に影響されて彼氏のことなんてどうでもよくなりそうだし、ハビエルだったら誘惑が多すぎて(だって旅とは出会いに溢れている)、途中で負ける。けれど、彼は西から東へ徐々に彼女のもとへ近づいていく過程は、辛いというよりも「楽しみ」だったとさえ言い切る。アルゼンチンと日本の時差12時間を埋めていたときのほうが、辛かったそうだ。
***
こうしてハビエルは、マレナが日本へ旅立ってから誘惑にも負けず(と勝手に思っている)6ヵ月後に彼女とソウルで再会を果たす。そして、2人は東京へと移動するわけだけれど、2人がそこで見た愛の形は西洋のものとはまったく違っていて、衝撃を受ける。ハビエルは日本社会を「実用的」という言葉で表現した。
「日本人は、最初のデートで年収を質問することがあると聞いて驚いたよ。アルゼンチンでの恋人関係はもっと感情、情熱であったりセックスなどが中心で、お金はそのあとだからね。アルゼンチン人は恋愛に執着しているんだろうね。スペイン人の友達に、なんでアルゼンチン人は知り合ったばかりの人をひっかけようとするんだ? と、聞かれたこともある。同じ友人グループ内では、いつも異性とふざけ合っているからそれに比べて、日本は落ち着いているよね」
スペイン人からそんなことを言われるなんて、アルゼンチン人はどんだけなんだと正直思ったけれど、たしかに日本ではとくに女性が男性の収入を一番に気にすることが多いというのは、間違っていない気がする。
さすがに私は、年収の話を初対面で聞いたことはこれまでにないけれど、たしかに会社の名前を聞けばなんとなく額がわかってしまうのはたしか。実際、ある女性誌サイトで「結婚相手に求めるもの部門」なるランキングを発見したけれど、まさにハビエルの見解を証明しているようだった。それによれば男性が女性に関して重視するのは、トップから順にこのような結果に。
見た目 価値観の一致 年齢 子供が欲しいか 趣味
そして女性の場合。
年収 価値観の一致 年齢 見た目 子供が欲しいか
これには、日本が欧米に比べて結婚や出産後にも仕事を続ける女性が少なかったり(企業や家族のサポートがないなど)、男性よりも女性の収入が少なかったりと(「一般職」「総合職」という分類が良い例だと思う)、さまざまな要因から最終的には女性が男性に頼らざるを得ないケースが多いからなのかもしれない。
また、このアンケートにある「年齢」も西欧圏において気にする人は少ない印象を受ける。そもそも1年違いで「先輩」「後輩」とわける文化がないので、相手が少し年上だろうが年下だろうが気にしないうえに、じゃあ10歳年上ならどうなのかとなっても「好きなものは好きなんだ」で完結しているイメージ。フランスのマクロン大統領とブリジット、ピケとシャキーラ、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ、ということなのかもしれない。
さらにマレナは、ハビエルにこう説明している。
「たぶん、日本人は私たちとは違う愛し方をしているんだと思う。だって、誰かが道でキスをしている姿を見た? それどころか手を繋いでもいない……。彼らは直感的というよりプラグマティック(実用的)で、ロマンチックというよりもっと頭で考えているんだと思う」
さらに、ハビエルが「でも愛し合ってるカップルはいるでしょ?」と聞くとこう答える。
「うん、でも私は知らない。日本人の女の子の友達は3、4人いるけど、みんな独身だし、仕事に夢中だったり忙しかったり、男の人と知り合いたいと思ってないみたい」
このカップルのスキンシップ量の違い、さらにさかのぼれば恋人同士になる以前のアプローチの仕方の違いには、日本とラテン系カルチャーの違いが顕著に現れる。もはや対局にあるといっても間違っていないと思う。
それで思い出したのが、日本の『テラスハウス』とスペインのリアリティー・ショー『La isla de las tentaciones(誘惑の島)』だ。(つづく)
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