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2024年、大学院休学、振り返り

新年のご挨拶


皆様、明けましておめでとうございます。

今後もブログや小説など投稿していくので、これからもよろしくお願いいたします。

今回の投稿では、2025年早々、昨年の出来事を振り返ろうと思います。(絶対に2024年の内にやるべきだった(^^;))
2024年までの私の身の上については、過去の投稿を読んで頂けますと幸いです。


2024年振り返り


2024年の1月、特にすること(できること)もなく、散歩や祖母の様子を見に行くなど、ゆっくりと過ごした。(2023年12月から2024年3月末まで病欠手当を申請している状態)
そんな中で自分なりに考え、やはり留年したくないと言う思いや、研究活動に対する未練から、4月から修士2年(M2)として大学院に復活することを目標に動き始めた。
そのため3月から、本調子ではない中での就職活動を開始した。
しかし動きだしたは良いものの、一番苦しかった期間から改善した点と言えば、少しだけ外出(スーパーや行き慣れた寿司屋など)が可能になったくらいであった。
その為、県外に行くにはまだ身体的にも精神的にも辛く、母を連れて面接に向かうなど、ギリギリの状態で就活を進めた。
そして何と、無事に第一志望であった会社から内定を頂けた。
正直、自分を誇らしく思ったし、迷惑をかけた両親を安心させられると喜んだ。
これが5月のことだ。

就活も一段落ついた為、コアタイム制である研究室に本格的に戻ることに。
しかし、この頃の私の体調では研究室のコアタイムである平日9:00-17:00をこなすことは不可能であると感じ、
『病欠申請をして週3回から研究に復活したい』
と言う旨をボス(研究室の教授)に伝えた。
するとボスからは、
『俺はそんな奴に修士号はあげられない。
他の先生はどうかは知らないけど。』
と。
この言葉を受けた瞬間、自分の中で何かがぷつりと切れる音がした。
ボスが悪い訳ではない。
実際に、研究を十分に行わず修士号を獲得するのはおかしいと思う。
しかし、私の中で、これ以上ないほどに頑張っていたのだ。毎日、身体が言うことを聞かない中で、泣きながらも就活を進め内定を獲得し、研究に戻る未来を描いていたのだ。
それを全否定されたような気がして、完全に私は、無気力になった。
その後は、早かった。
診療内科の先生や、大学のカウンセラーと話を進め、第一希望の企業からの内定を辞退し、M2の約1年間の休学を決意した。

その後の私は、研究から完全に離れた生活を送った。散歩をしたり、配信をしたり、ジムに通ったり……。
自分の身体をたっぷりと労った。体調も万全とまではいかないが、趣味である音楽ライブに行くなど、少しずつ活動的になった。
さらに、10月から飲食店でアルバイトを始めた。週2回、1日4時間ほどの労働ではあるが、一年前の私からは想像もできないほど大きな進歩だ。
まだ、動悸や不安で身体がどうしようもない時があるが、様子をみながらシフトを入れアルバイトと向き合っている。


2024年で得たもの

以上がザックリとした2024年の振り返りだ。
半年ではあるが、私の中でタスクに終われない日々を過ごしたのは初めてであり、長い夏休みを過ごしているような感覚である。
そして何より、休学して心から良かったと思うことがある。
それは、休むと決めてから人と比べなくなったことだ。
ずっと私は、何かにしがみついてるような、そんな感覚だった。
振り落とされた、と言えば聞こえが悪いが、諦めたからこそ得られる心の余裕が間違いなくあった。(この余裕は、支えてくれる家族がいるから感じられていることは重々承知している)
また、人には人の事情があり、理解することは難しい。だから、それらを責めたり疑わないで、尊重できるようになった。
私はこれまで、表面上でしか理解していないのに、勝手に他人を推し量っていたことに気づけた。


最後に


現在、2025年。
今年は大学院に復活するのか。どうしようか。
まだ何も決まっていない。
でも、それでいい。
そう思えている。
焦ると、間違えてしまうし、壊れてしまうから。私は。
" 私は " ゆっくりとやっていく。


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